宗教によって異なる「死んだらどうなる」の考え方 【天国への帰り方、地獄への逝き方】

本記事の概要

キリスト教もイスラム教もともにユダヤ教から派生した宗教であり、それぞれイエス・キリスト(本人が神)またはアッラーという唯一無二の神を信じます。

死んだあとは天国の主の元に帰るか地獄に逝くかの二択であり、あの世に逝ってまた戻ってくるという仏教の輪廻転生という宗教観とは異なります。

死んだあとの地獄逝きさえ回避できれば、この世で生きる上での死への不安が和らぎ、地獄逝きが判っていれば自殺はできないというのが、クリスチャン的見解です。

死んだあと「逝く」か「帰る」か


先日、末期ガン患者の死に立会いました。

人の死に立ち会うのはこれが2回目ですが、例え相手が初対面の人であるとはいえ、関係者が涙ながらに祈りをささげる姿を見るのはつらいものがあります。

心電図が「ピッ・・・ピッ・・・ピッ」と脈拍87を刻み、そのうち少しずつフラットになる頻度が増え、最後に脈拍0となり「ピーーー」という音に変わると、ドクターが粛々とペンライトで対光反射を確認し臨終を告げます。

集まったクリスチャン仲間は最期の時まで涙ながらに祈りをささげ、ドクターが心電図のフラット音を停止させるのを待ってから、関係者に電話で臨終の報を伝えていました。

  • Dia surah pulang ke rumah(彼はたった今、家に帰りましたよ)

「家に帰る」とは「人間を創造した神の元に帰る」という意味です。

死んだらどこか知らない死後の世界に「逝く」と考えていた自分にとって、クリスチャンの「帰る」という発想は新鮮であり、どうせ死ぬなら「逝く」よりも「帰る」ほうが、なんか安心感があっていいかもしれません。

クリスチャンの場合、死んだら上空にある主の元にあるSurga(天国)に「帰る」か、地底深くで炎が燃えさかるNeraka(地獄)に「逝く」のどっちかであり、通常僕のような無心論者は、問答無用で地獄逝き決定らしいのですが、幸いなことにうちの嫁さんが、日々祈りをささげることによって、異教徒用の天国「帰り」チケットを取得してくれているそうですので、安心して死ねます。

仏教には輪廻転生という言葉のとおり、死んだ人はこの世に生まれ変わってまた死んで生まれ変わるという宗教観があります。

イスラム教徒の友人
「逝く」からには必ず「帰る」があるはず、「何度もこの世に生まれ変わる」仏教観からすると死んだあと「逝く」と表現するのは当然のことだろうね。

イスラム教徒の友人がこう話すのを聞いてなるほどと思いました。

キリスト教とイスラム教はユダヤ教から派生した宗教


そもそもキリスト教もイスラム教も、紀元前から存在したユダヤ教から「派生」したものであり、イエス・キリストの誕生日の年を西暦0年として今に至るのがキリスト教で、500~600年後に「派生」してアラブの生活習慣が反映されたのがイスラム教ですから、双方の教義の根っこは同じです。

根っこが同じなら、双方が信仰する唯一神も同じもののようにも思えますが、うちの嫁さん曰く、Tuhan(神)はイエス・キリスト本人であり、使徒ムハマンド(Mohammed)が伝えるイスラムの神アッラーとは別ものだそうです。

またユダヤ教からの「派生」というのは、旧約聖書を自分の宗教に都合がいいように、新約聖書またはコーランとして書き換えたとも言えるわけで、この辺が宗教間対立の根になっていると思われます。

神はアダムを創り、一人ぼっちでかわいそうだからイブも創って、その間に生まれたのが人類になったという考えはキリスト教もイスラム教も同じであり、僕のように人類の祖先はサル(類人猿)だと考えている平凡な日本人の感覚からすると、どうしても違和感があります。

クリスチャンであるうちの嫁さんからすると「ダーウィンの進化論」なんてあり得ないわけです。

宗教は死への不安を和らげる


インドネシアではイスラム教、カトリック、プロテスタント(クリスチャン)、ヒンドゥ教、仏教のうち、どれか一つの宗教を持つことが義務付けられており、KTP(住民登録証 Kartu Tanda Penduduk)にも宗教の記載があります。

インドネシア人は、日本人は無宗教だということを知ったとき、必ずこう聞いてきます。

インドネシア人
死ぬとき不安じゃないの?

これは「この世で何をすれば地獄ではなく天国に帰れるのかを知らないというのは不安でしょ?」と言い換えられます。

キリスト教徒もイスラム教徒も、とりあえず死んだあとの地獄逝きさえ回避できれば、この世で生きるうえで「死への不安」は和らぐわけです。

イスラム教徒の友人が言うには、天国に帰るか地獄に逝くかの決定の際に、それほど厳しい審査があるわけではなく、天国に帰るための一番の近道は、唯一神であるアッラーを信じることだそうです。

これはキリスト教でも同じで、クリスチャンであるうちの嫁さんによると、唯一神であるイエス・キリストを信じることでとりあえずは天国に帰れます。

ややこしいのは天国にもランクがあって、この世での行いが悪いと「地獄よりはぜんぜんマシだが監獄のような天国」に帰り、熱心に教会で祈りを捧げたり、他人を助けたりすると「最上の天国」に帰ることができるようで、天国に帰っても格差社会の枠組みからは出られないようです。

いちばん良くないのが自殺で、自殺すると問答無用で地獄逝きが決定し、地獄ではエンドレスなsiksa(拷問)が待ち受けているのでクリスチャンは基本的に自殺しないらしい。

日本人の自殺が多いのは無宗教が原因であり、地獄逝きが判っていれば自殺なんてしないはずだ、といううちの嫁さんの見解にも一理あると思います。