人間は暇になると何故自分の過去を振り返るのか?【10年以上前にバリ島で書いたMIXIの日記】


人間は暇になると自分の過去を振り返る

最近TwitterやFacebookを見ると、コロナ禍で多くの人が自由な時間を持て余しているようですが、人間は暇になるとこれまでの自分の生き方を反省したり、キャリアの棚卸したりと、過去を振り返りたがることがよく分かります。

犬や猫には喜怒哀楽はありますが、自分が何のどうやって生きてきたのか、生きてきた意味は何なのかといったことは考えません。一方で人間は犬や猫とは違って生きている意味を考える生き物で、そこで人間の中には煩悩が生まれるますが、これは仕方のないことなのだと思います。

忙しい時には今日明日の用事を凌ぐために精一杯で過去の自分に思いを巡らす心の余裕がありませんが、暇になると過去の楽しかったことや辛かったことを思い出して、今自分が置かれた立場と比較することで今まで生きてきたことに意味付けしたいのだと思います。

現在僕はコロナ禍のため客先訪問が出来ず、かなり暇しているので同じように過去の思い出ひふけったり自己啓発ぎみのブログを書いたりしているのですが、久々にMIXIにログインして当時自分が書いた日記を見ると、2007年頃にバリ島の会社を清算してジャカルタに引っ越すまでのモラトリアムの期間に、インドネシアに来るまでの経緯などを振り返った日記を書いておりました。

今と違って当時はバリ島で家具や石像を運んだり、体力勝負の仕事をしていた頃だったので、文体が自由で伸び伸びしているのが分かりますが、内容があちこち飛びまくって支離滅裂です。

中学時代から高校進学まで(MIXIからの転載)

中学生の時まではいわゆる優等生で、何もしなくても常に成績優秀だったにもかかわらず、高校入試のためにさらに血のにじむような努力をしてしまったがために、実力以上の進学校に合格してしまった。そのまま普通に公立に進学していれば、のちの苦労もなかったろうに。

九州一円の頭のいい連中が集まって来る男子校、毎年東大に30~50人受かってしまうという少し斜め上の連中(そんなことはないか)の中に紛れ込んでしまった僕。例えて言えばシロナガスクジラの群れの中に紛れ込んだツチクジラといったところか。

ちなみにシロナガスクジラとツチクジラって同じクジラでも種類が違い、それぞれヒゲクジラ類とハクジラ類に分類されるんですって。前者にはナガスクジラなど、後者にはマッコウクジラなどが含まれます。以前からホエールウォッチングに参加するのが夢だったのですが、嫁さんが船ダメなんでいまだに実現しません。

動物好きの僕としてはホエールウォッチングの他にコモド島でオオトカゲを見たい!でもコモド島へのアクセスには船に乗る必要があるらしいのでこれはボツ。あとburung hantu(ふくろう)を飼いたい!

ちなみに先日バリ島で鷹を飼っていた日本人が捕まりました。実は僕も動物市場の常連なのでなんども鷹を薦められたことがあります。偶然にも自宅には犬用の超デカイ小屋があるので、鷹を飼うたもの条件は完璧に満たしているのですがねえ。

ちなみに生後1ヶ月のライオンの子供(許可を貰えばOK)、ヤマネコ(絶滅種の禁止動物)、コモドオオトカゲの2mくらい(もちろん禁止)のヤツも薦められたことがあります。ライオンの子供は22Juta(当時のレートで25万円くらい)でした。

話が大分飛びましたが、とにかく僕は高校では落ちこぼれていました。具体的に言うと50人のクラスの中でピーク時に35位くらい、最悪時にはブービー(49位)、コンスタントで40位くらいですかね。学年全体(220人くらいか)で180位くらい。

大学生卒業後の日本での社会人生活(MIXIからの転載)

大学生活の最初の2年間は結構普通でした。サークル入って授業サボってバイトしてみたいな。ただ4年間は長すぎました。2年で十分。一刻も早く社会人になって独立したかった。

3年目くらいから大学が本当につまらなくなった。自慢することじゃないけど、4年生の1年間はゼミ以外には1コマも講義を受けていません。よくあれで単位そろったと不思議なくらいですが、いまだに大学を卒業できない夢を見ます。試験期間を忘れて掲示板で確認したら今その真っ最中だった、「これはヤバい」みたいな(笑)。10年以上だっていまだに過去の苦い夢を見る、こういうのをトラウマっていうんですかね。

まごうことなき文系人間の僕にとってパソコンなんてフェラーリと同じくらい縁遠い存在であり、アルゴリズムやシステム工学といった、システムの基本知識のない人間がシステム会社に就職すれば当然ながら苦労します。

しかも僕は物事を把握するスピードがものすごく遅いんです。自分を卑下しているわけでもなく謙遜しているわけでもありません。「頭が悪い」とまでは言いませんが「頭の回転が遅い」のは厳然たる事実だと認識しています。

ただ自分で言うのもなんですが、いったん物事のポイントを把握してしまった後の進捗度合いは人並み程度にはあると思います。

最初のMac研修では「ゴミ箱」が全く理解できなかった。ゴミ箱に捨てたものが何で取り出せるんだ、みたいな(笑)。一緒に研修を受けた6つくらい年下の専門学校卒の子に頭を下げながらひたすら教えを請いました。研修期間中は情報系出身の連中を横目にシステム会社に就職したことを一人後悔していました。

よくよく思い出すと新卒入社の日本の会社では何にも成果残せず、飲み会のセッティングや資料作りばっかりしていたような気がします。

バリ島からジャカルタに戻る前に愛車のジープとアロワナを売却(MIXIからの転載)

今日46Jutaで愛車を売った。この金額が高いのか安いのかよくわからんが、自分の予想していた金額とほぼ同じなのでとりあえず満足している。

購入者はオランダ人。なんでもここ2日間、ひたすらトヨタFJ-40(通称ハードトップ)だけを見て回っていたらしい。そこまでするハードトップ愛好家が、多くの候補の中から自分の車を選んでくれたということに対する満足感もあるにはあるが、それほど高く評価された車を手放すことに対する寂しさと悔しさが入り混じったしこりのようなものが心の底に沈殿しているのも事実です。

そして金運をもたらすという言葉を信じて3年半、ひたすら待ち続けていたものの結局大きな金運をもたらしてくれなったアロワナ君達は、昨日無事にサヌール在住のお金持ちインドネシア人に引き取られていきました。

まあ金運うんぬんは半分冗談で、ただ動物が好きなので飼っていたわけですが、冷血動物である魚とはいえ3年半も飼っていると情が移ってしまうもの。つらい選択でしたが、これまで僕が「アロワナ売りたし」の新聞広告を出すたびに250cm水槽の中で暴れだす彼らが、今回引き取られる間際には何か観念したかのようにおとなしかった。

僕の経済状況を察してくれたのか、新しい飼い主が気に入ったのか、理由はわかりませんが、いつものようにリビングの中央でダイナミックな水しぶきを立ててお互いに威嚇し合っていた体長50cmオーバーのアロワナ君達が居ない初めての夜です。

大きな水槽がなくなった後のリビングはやたらと広く(涙)。とにかく長い間ありがとう。サヌールで幸せに暮らしてくれ!今日は昨日の水槽積み込み作業の影響で手足と腰がガクガクです。