好きなことをやって生きていくのと嫌いなことを好きに変えるのはどちらが簡単なのか?

インドネシア生活

好きなことをやって生きていくのと嫌いなことを好きに変えるのはどちらが簡単なのか?【オモロないをオモロイに変える】


楽して儲かるおいしいだけの話は存在しない

好きなことを仕事にして、お金を稼いで生きていけたらどんなにすばらしいだろうと、誰もが考えていると思います。

しかし、個人の能力は平等には与えられておらず、偏在化しているため、能力の足りない大多数の人々は、生活の糧を得るために、好きでもないことをやらざるを得ないのが現実かもしれません。

そもそも能力の足りない人々も、一部の能力のある人と同じように好きなことだけやっていたら、それこそ労働力が偏在化して社会が成り立たなくなります。

だからみんな社会で生きていくために、好きなことをするのを我慢して、社会の中で生活費を稼ぐことができる空席を探すことを優先します。

その結果「この空席では自分がやりたいことが出来るわけではないけれど、自分の興味のある分野の仕事なのでまあいいか」と妥協できればまだ御の字です。

不本意ながらも生きるために、全く興味のない仕事に就かざるを得ない人も多くいる中にあって、最初は興味がなかった仕事に慣れて、奥の深さを感じ取り、そこに面白さを見出せた人は十分勝ち組だろうと思います。

そうやってみんなが妥協しあうことで、社会に用意された空席がすべて埋まり、労働力が均等化されて、はじめて社会の歯車が動き出し回っていきます。

しかしこう言ってしまうと、好きなことだけやって生きていける人は、一部の才能のある人だけに限定されてしまいますが、世の中には才能はなくとも、好きなことをやるためには、努力を惜しまない「努力できる才能」を持った人がいます。

例えばギタリストとして食べて生きたいと考える人の大多数は、自分には才能が足りないことを自覚した上で、それを努力で補って上手くなろうとする人々であり、レッドオーシャンである音楽業界で生きていくために、寝食忘れて練習に没頭した結果、タイミングと運を味方につけた人だけが努力が報われます。

そして当たり前ですが、好きなこともやりすぎると苦痛になります。

いくら肉好きでも高級霜降り肉は油っぽくて大量には食べられませんし、車の運転が好きでもジャカルタの渋滞に毎日はまると、うんざりするのと同じで、好きなことでも過度な努力は苦痛となります。

好きなことを仕事にしようとしても、実現するには結局は人並み外れた努力が必要になる、でもやりすぎると好きなことも嫌いになる、だったら最初から嫌いなことを好きにするほうがまだ簡単ではないか?という問題意識が浮かんできます。

  • 好きなことをやるために、死ぬほど努力して低い確率で夢を実現する。
  • 嫌いなことを好きに変えてしまい、高い確率で現状に満足する。

低い山に登っても、山頂からの景色はせいぜい街の様子が一望できる程度ですが、高い山に登ればより大きな苦労した分、山頂から見える壮大な雲海や幻想的な夕焼けが見られるのであり、好きなことをやって生きている人は、高い山の高さ分の苦労をした上で、楽しく生きているのであって、楽して好きなことだけやっているとか、楽して儲かる話とかは、この世には存在しません。

自分が嫌いなことはおおよそ他人も嫌いであるという真理

20数年前の大学受験の経験から悟ったことですが、数学の難問にぶち当たり試験場で頭をかかえて、絶望に打ちひしがれたとしても、その問題は他人も同じように頭をかかえ、絶望に打ちひしがれているのであり、最終的に部分点の勝負となったときに、合否を分けるのはこれまで積み重ねてきた努力の量です。

嫌いな仕事も同じように、自分が嫌いな仕事は、往々にして他人にとっても嫌いな仕事であり、そしてこれは嬉しいニュースになりますが、そこはある意味ブルーオーシャンである可能性が高いのです。

  • 手間がかかって面倒くさいこと
  • キツイ割りに見返りが少ないこと

突き詰めて考えると、嫌いなこととは「面倒くさくてキツイ」ことなのですが、実はこういう仕事は得てしてブルーオーシャンの市場にあるという真理に気が付いた瞬間、今まで嫌いだったことも、競合が少ないのなら成功するかも、じゃあやってみようという、前向きな気持ちに自然と変わっているわけです。

例えば技術力や資金力では他社との競争に勝てないのであれば、サポートの手厚さやレスポンスの素早さなど、手間がかかって面倒くさいと敬遠されがちなサービスの品質を向上させれば、勝てるかもしれないということ。

嫌いなこと自体を好きに変えることは至難の業であるため、これらをやるとお金が稼げるとか、これらをやっている自分は客観的に見てイケているとか、ある意味ポジティブシンキングで 「思考そのもの」を変えてしまうことで、現実を変えることを目指すほうが、好きなことをして生きていけるための近道ではないかと思います。





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