インドネシアの歴史

インドネシアの歴史

反共産主義の象徴であるパンチャシラ・サクティ記念碑と「共産党の裏切り」博物館【政治のパワーバランスが変わった9月30日事件】

2020/7/11  

インドネシア共産党によるクーデーター未遂である9月30日事件でスカルノ大統領を支えた共産勢力と民族主義勢力とのパワーバランスが崩れ、3月11日政変後のスハルト政権でインドネシアは完全に反共産路線に傾くことになりました。

サリナデパートとマクドナルド

インドネシアの歴史

マクドナルド1号店閉店とサリナデパートの歴史的背景【インドネシアを題材とした代表的小説「ガルーダ商人」】

2020/5/10  

サリナデパートは初代大統領スカルノの乳母の名前を取ってつけられたインドネシア最初の大型デパートチェーンであり、その建設プロジェクトの受注を巡って、日本の戦後賠償引当の借款を資金として、日系商社が日本政府とスカルノ政権との間で激しく利権争いを繰り広げました。

インドネシアはどこから独立したのか

インドネシアの歴史

インドネシアはどこから独立したのか?【日本からの独立か植民地主義からの独立か】

2019/8/17  

インドネシアの独立は、時系列的には日本からの独立であっても、オランダによる350年間の植民地支配、3年半に渡る日本軍政による支配という屈辱の歴史の中で形成された民族主義の勝利であり、インドネシア人の心の奥底には自力で独立を勝ち取ったプライドがあります。

インドネシア大統領選挙結果に対する抗議デモと暴動

インドネシアの歴史

インドネシア大統領選挙結果に対する抗議デモと暴動【1998年5月のジャカルタ暴動との違い】

2019/5/25  

9月30日事件後の共産主義イデオロギーの脅威から国を守るという大義名分による暴動、スハルト体制終焉に事変の再現を狙い中華系インドネシア人をターゲットとした扇動による暴動、今回の暴動では同じ手法での扇動が民主主義国家インドネシアでは通用しないことが証明されました。

オランダ東インド会社の拠点となった旧市街地コタ地区

インドネシアの歴史

オランダ東インド会社の拠点となった旧市街地コタ地区【ジャカルタの発展の歴史を語るには外せない観光地】

2019/5/4  

ジャカルタの観光地としての魅力は、地政学的にヨーロッパや周辺アジア諸国との交易上、重要な役割を果たしていた歴史にあり、旧市街地コタ地区はオランダ統治時代の商業の中心地で、ファタヒラ広場付近にはバタビア時代のコロニアル様式の建造物が多く残っています。

ジャカルタで会える昔の日本人の足跡

インドネシアの歴史

ジャカルタで会える昔の日本人の足跡【平成から令和への変わり目にインドネシアで活躍された先達をお参り】

2019/4/30  

じゃがたらお春はバタビアでオランダ人とのハーフと結婚して富を築いた勝ち組だったようです。女衒に騙され売り飛ばされて来たからゆきさんはインドネシアの各地に根を下ろして生活していました。敗戦後にインドネシアに残った日本人兵士がインドネシア人と共にオランダ軍・イギリス軍と戦いました。

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい

インドネシアの歴史

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい【1997年以降のインドネシアの歴代大統領】

2018/9/26  

初代大統領スカルノは1965年の9月30日事件と3月11日事変後にスハルトに政権を委譲。1998年の暴動による社会混乱を機に副大統領のハビビが大統領に昇格。1999年の自由な政党活動の下での総選挙では闘争民主党が第一党となりましたが大統領指名選挙でワヒド大統領が誕生しました。

中部ジャワの仏教寺院遺跡群ボロブドゥール

インドネシアの歴史

中部ジャワの仏教寺院遺跡群ボロブドゥール 【インドネシアを代表する世界遺産】

2018/9/17  

インドネシアのジャワ島では、15世紀まではインドとの交流によりヒンドゥ教と仏教を中心とした王朝が栄え、それ以降にアラブとの交流によりイスラム化が進みましたが、ボロブドゥールは8世紀~9世紀の大乗仏教を崇拝するシャイレーンドラ朝時代に建てられました。

インドネシアのロンボク島で考えた「劇場型」という言葉

インドネシアの歴史

インドネシアのロンボク島で考えた「劇場型」という言葉 【国王が主催主、僧侶が監督、庶民が観客を分担する上下関係のない劇場国家】

2017/5/20  

ヒンドゥ文化のバリ島の東わずか50kmにあるロンボク島はイスラム文化圏であり、インドネシアでは15世紀までがヒンドゥ教と仏教中心、15世紀以降にイスラム化が進みました。

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