インドネシアのロンボク島で考えた「劇場型」という言葉

インドネシア生活

インドネシアのロンボク島で考えた「劇場型」という言葉 【国王が主催主、僧侶が監督、庶民が観客を分担する上下関係のない劇場国家】


リゾートホテルは劇場そのもの

先日はじめてロンボク島に遊びに行って感じたことは、マタラム空港が廃止され2011年にロンボク国際空港が開港した現在でも、ロンボク島はとにかく田舎であるということ、そしてオーシャンビューのホテルに泊まりたければバリ島よりもロンボク島のほうが10倍コスパが高いということ。

実はロンボク島はバリ島のすぐ右横にある島だから当然ヒンドゥ教の島なんだろうと勝手に思い込んでおり、空港に到着すると女性のジルバブ率が非常に高いことに気づき、はじめてここがイスラム文化圏であることを理解しました。

ロンボク島から西にわずか50km、飛行機で30分程度で到着するバリ島は、ホテル敷地内はもちろん道路や観光地も、人間によって完璧に作られた世界的リゾート観光地ですが、ロンボク島の場合はリゾートホテル敷地内はバリ島と同じく宿泊客が非日常空間をリアルで体感できる手厚いサービスがあるとはいえ、海や山はまだまだ人手がつかない自然の雄大さが感じられ、その辺の道路も田舎の素朴臭がぷんぷんします。

Katamaran Resort

そして今回泊まったスンギギのはずれにあるKatamaran Resortというリゾートホテルは正真正銘のリアルなオーシャンビューであり、砂浜までの距離はわずか30mほど、大地震が来たら猛ダッシュで裏山に逃げないと津波に飲まれそうなロケーションにあり、バリ島の海沿いのホテルをAgoda.comで探して、高いお金を払ってオーシャンビューの部屋を予約しても、実際部屋について見ると通りを挟んだはるか遠くに海がちょこっと見える程度でがっかり、という心配はロンボク島ではないかもしれません。

オープンテラスにあるソファーベッドに寝転がってビール飲みながら外を見わたすと、ジャカルタの渋滞の車中で疲弊しきった足腰がほぐれ、PCモニターを見過ぎて低下した視力が徐々に回復していくほどの雄大な海が広がっており、2日間一歩もホテルの外に出ないまま、部屋のオープンデッキとプールサイドとカフェでひたすらゴロゴロしながら考えたのは、リゾートホテルというのはまさに劇場そのもの、宿泊客が快適さMAXで主役を演じられるように、部屋の雰囲気やレセプションにつながる石畳の小道、そこに植えられた植物でもって芝居の演出がなされます。

よって主役扱いされるものと期待してやってきたハネムーン客や富裕層の旅行者が、リゾートホテルから脇役級のサービスを受けた場合には、期待の反動でホテル予約サイトのAgodaのコメント欄が荒れることになります。

マジョリティであるイスラム文化の中に残るヒンドゥ文化


インドネシアの小学校SD(Sekolah Dasar)、中学校SMP(Sekolah Menengah Pertama) 、高校SMA(Sekolah Menengah Atas) では、愛国教育という観点から自国の歴史は結構重点的に勉強されます。

東西に連なる島々のあちこちに小王国が建国される時、必ず何らかの宗教が土台となっているのがインドネシアの歴史の特徴であり、おおまかには15世紀までがヒンドゥ教と仏教中心の王国、15世紀以降に少しずつイスラム化が進みインドネシア全土に広がっていきました。

これらの宗教は、小王国が誕生して間もなく始まるインドや中国との交易の中で、海外からもたらされたものであり、王国の維持のために重要な役割を果たしました。

インドネシアが誇る2つの世界遺産であるヒンドゥーのチャンディ(寺院)であるプランバナン遺跡(Candi Prambanan)と仏教のストゥーパ(仏塔)であるボロブドゥール遺跡(Candi Borobudur)の距離はわずか30kmしか離れていません。

  • 5世紀頃:クタイ王国(Kerajaan Kutai)がカリマンタン島東部に、タルマヌガラ王国(Kerajaan Tarumanagara)が西部ジャワに建国(ヒンドゥ教)。
  • 8世紀~9世紀:シャイレーンドラ朝(Wangsa Syailendra)が中部ジャワに建国されボロブドゥールを建立(仏教)。
  • 8世紀~10世紀:古マタラム王国(Kerajaan Mataram)が中部ジャワに建国されプランバナン寺院を建立(ヒンドゥ教)。
  • 929年:クディリ王国(Kerajaan Kediri)はジャワ島東部に繁栄していた古代王朝(ヒンドゥ教)。
  • 1222年:シンガサリ王国(Kerajaan Singhasari)はクディリ王国後にジャワ東部を本拠に栄えた王朝(ヒンドゥ教)。
  • 1293年~1478年:マジャパヒト王国(Kerajaan Majapahit)はジャワ島中東部を中心に栄えたインドネシア最後のヒンドゥー教王国。
    ただこのあたりでイスラムへの改宗が認められるようになり影響力が強くなっていく。
  • 15世紀~16世紀:ドゥマク王国(Kesultanan Demak)がジャワ島北岸に栄える(イスラム国家)。

そして現在ではインドネシア全土がマジョリティとしてのイスラム圏の中にあり、その中にヒンドゥ教のバリ島やクリスチャンのパプアなど非イスラム圏が残存しており、特に15世紀以前まであれほどインドネシア全土で隆盛を誇っていたヒンドゥ教が、現在ではバリ島にしか残っていないという事実は非常に奇異に感じられます。

国家は大衆の支持を得るために劇場型になりやすい

インドネシアはよく「劇場型国家」と言われますが、国家体制を維持していくためにはよほどの強力な独裁政権でないかぎり、どんな政治体制でも新聞やテレビなどのマスコミを通じて、大衆に強烈に支持を訴えるポピュリズム的手法をとらざるを得ないと思います。

かつてのユドヨノ大統領の「テロの撲滅」とか現職ジョコウィさんの「汚職根絶」などは、誰が聞いても分かりやすく賛同を得られやすいスローガンですし、日本であれば郵政民営化に対する抵抗勢力、築地市場の豊洲移転の再検証に対する反対勢力を悪役に見立てて、自分は正義の味方として戦いを挑むといった構図を作ることで大衆の支持を集めます。

また最近では犯罪事件報道すら劇場化する傾向にあり、Grand IndonesiaのOlivierカフェの名前をインドネシア中に知らしめたコーヒー毒殺事件など、実行犯が主役、警察が脇役、大衆が観客という「劇場型犯罪」という構図で報道され、これは「他人の不幸を喜ぶ」という人間の本性を利用したマスコミによるコマーシャリズム手法です。

さらに自意識過剰でいつも被害者的立場からあたかも弱者の代弁をしているように意見を言う脳内お花畑的な人のことを「劇場型人間」と呼んだりしますが、これは心の中では演劇の主人公として注目されたいけれども、それを表現する勇気がなかったり、悲劇のヒロインとして振る舞うことに快感を覚えてしまった人がなるようです。

アメリカの政治人類学者のクリフォード・ギアツが1980年に自著「ヌガラ-19世紀バリの劇場国家」 の中で展開した「劇場国家」という国家概念は、バリ島に栄えたいくつかの小王国(ヌガラ)では、祭儀の日がハレの日でそれ以外の日常はケの日であるという考え方の元に、祭儀こそが国を成立させる条件であり、国王が主催主、僧侶が監督、庶民が脇役、舞台装置係、観客を分担する劇場のように機能する上下階層のない国家だったというものです。

バリ島ではやたらとウパチャラ(ヒンドゥの儀式)が多く、チャンディに向かうウパチャラ行列が引き起こす渋滞にハマることが日常茶飯事でしたが、このように生活のすべてが祭事優先で回るバリ人の社会性、価値観こそが、イスラム教に主流を奪われたインドネシアの中にあってバリ島だけでヒンドゥ教がしぶとく生き残った要因なのだと思います。





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