インドネシアの歴史

インドネシアのオランダ植民地支配の期間【コロナ禍下での2回目の独立記念日】

2021/08/17

オランダによる植民地支配350年とは、東インド会社の船がBantenに到着した1596年から1945年までの349年間を指し、実際には地域ごとに王国が降伏させられた時期が異なります。スカルノ大統領がナショナリズムを喚起し国家の連帯を築くためのスローガンとして、この350年という期間を用いたのですが、実際に350年という数字は多くの血と汗と涙を犠牲とした植民地支配への抵抗の歴史です。

76回目のインドネシア独立記念日

独立記念日に行われるパン食い競争ならぬクルプック食い競争(lomba kerupuk)

8月10日から16日まで再延長されていたジャカルタのレベル4社会活動制限(PPKM Level4)ですが、ここ1週間の感染者数の減少傾向から見てレベル3に緩和されるのではないかという期待もある中で、コロナ禍下で迎える2回目の独立記念日である今日17日から23日まで、レベル4のまま延長されることになりました。

(2021年8月24日追記)
ジョコウィ大統領は、新規感染者数の減少などを理由に、ジャカルタ首都圏、バンドン都市圏、スラバヤ都市圏などのレベル4社会活動制限を、24日から30日までレベル3に下げると発表しました。

レベルについては感染状況を見ながら毎週見直されることになりますが、ジャカルタの場合モールは収容人数を25%から50%へ引き上げての営業を許可し、テナントのレストランは全席数の25%またはテーブルに最大2人まで着席という条件付きでイートインが可能になり、入館時には政府公認の専用アプリを使ったワクチン接種証明が必要になります。

インドネシアは350年間と言われるオランダ植民地支配を経て、約2年半の日本軍政下を経験した後に、1945年8月15日の日本の敗戦の2日後に、中央ジャカルタのスカルノ邸前でスカルノにより独立宣言書が読み上げられました。

この長年に渡る帝国主義支配との闘争の末に勝ち取った独立を祝う式典は、インドネシアで最も重要な国家的行事と言えるわけですが、今年の地方政府での行事に関しては、社会活動制限を考慮してオンラインで実施されるところもあるようです。

17日の独立記念日の展示飛行の練習のため、轟音を響かせながら戦闘機が飛びまくっています。

— やまぞう(@yamazou)Sat Aug 14 04:02:33 +0000 2021

毎年恒例の大統領宮殿で行われる国家的式典では、インドネシア34州から68人の高校生が、パスキブラPaskibraka(Pasukan Pengibar Bendera Pusaka)という学生名誉職に任命され、式典の国旗掲揚を任されるのですが、今年はコロナ禍下ならではの騒動がSNS上で話題になっています。

西スラウェシ州代表としてパスキブラ(大統領宮殿での式典メンバー)に選ばれていた女の子がコロナ陽性結果が出たためキャンセルされてしまったものの、その後の再テストで陰性が判明したことから陰謀論が出て騒ぎになっているが本人が一番可哀そう。 twitter.com/kompascom/stat…

— やまぞう(@yamazou)Mon Aug 16 11:33:32 +0000 2021

去年は75回目というキリ番だったことから75,000ルピアの記念紙幣が発行され話題となりましたが、今年はコロナ対策に対する意識を高めたまま、国民の気が緩まないように、敢えてお祝いムードを抑えている感じすらします。

オランダ植民地支配の期間が350年というのは正しいのか?

オランダ植民地支配350年とは、東インド会社の船がBantenに到着した1596年から1945年までの349年間を指し、実際は地域ごとに統治された時期が異なりアチェは1904年、バドゥンは1906年。350年という数字はスカルノ大統領が政治的スローガンを掲げるために設定したものらしい

— やまぞう(@yamazou)Mon Aug 16 08:05:23 +0000 2021

インドネシアの歴史が語られるとき「オランダによる350年の植民地支配」という言葉を頻繁に目にしますが、この数字は1596年にオランダ東インド会社(Verenigde Oost-Indische Compagnie=VOC)の商船が初めてバンテンに到着してから1945年の独立までの349年を指すものと思われますが、そもそもVOCが来たことをもって植民地支配の始まりと考えて良いのかという問題があります。

これについてはVOCは世界初の株式会社と言われ、商業活動以外に条約の締結権、軍隊の交戦権、植民地経営権などの特権を与えられた勅許会社で、帝国主義の先駆けを果たしたという意味において、東西に連なる島々に王国が存在した状態で物理的な資源の搾取等は始まっていなかったとはいえ、オランダ領東インドとして植民地支配される最初の一歩だったと言えるかと思います。

アチェ王国がオランダ軍との戦いで降伏したのが1903年、バリ島のバドゥン王国が征服されたのが1906年ということは、植民地支配の期間が40年ほどしかない地域もあり、1596年にVOCのオランダ商人がジャワ島西部バンテンの港に到着し、周辺地域を勝手に首都バタビアと決めて以来、350年という長い期間をかけて植民地支配が進んでいったということになります。

オランダ統治時代の首都バタビアの雰囲気を今も残すコタ地区

実際のところ350年という長期間に渡って、今のインドネシアの国土全体が植民地支配されていたわけではないとしても、東インド諸島各地の王国は黙って従って国土を明け渡したわけではなく、支配されても抵抗し独立を勝ち取るために、多くの血と汗と涙を流した植民地支配への抵抗の歴史であることに変わりはなく、初代大統領スカルノがナショナリズムを喚起し国家の連帯を築くためのスローガンとして、この350年という期間を用いたのが世間一般での共通認識になっていったようです。

インドネシアはどこから独立したのか
インドネシアはどこから独立したのか?【歴史上日本からの独立か植民地主義からの独立か】

インドネシアの独立は、時系列的には日本からの独立であっても、オランダによる350年間の植民地支配、3年半に渡る日本軍政による支配という屈辱の歴史の中で形成された民族主義の勝利であり、インドネシア人の心の奥底には自力で独立を勝ち取ったプライドがあります。

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