2019年インドネシア総選挙の開票状況

インドネシア時事問題

2019年インドネシア総選挙の開票状況【ジョコウィ現大統領がプラボウォ氏を抑え優勢】


ジョコウィ現大統領2期目突入の可能性高まる

本日4月17日(水)の大統領選挙で、調査会社(Libang Kompas, Indo Barometer, LSI Denny JA, Median, Kedai Kopi)のクイックカウントによると10ポイントほどの差をつけてジョコウィ現大統領が優勢、DPR-RI(国民評議会)も与党第一党のPDI-Pが優勢の状況です。

直前でのMRT正式開通、選挙戦終盤の公開討論会でのジョコウィ氏の優勢、今回はジョコウィ大統領が終始押し気味に選挙戦を進め、プラボウォ氏は5年前の一騎打ちで6ポイント差まで詰め寄った終盤のまくりがまだ見られていません。

2014年10月
ジョコウィ新大統領パレードを控えたHI広場前

5年前の一騎打ちでは、ジョコウィ氏の持つ「私利私欲のない普通のおじさん」のイメージと「その実強力なリーダーシップを発揮する実務家」というギャップにキュンときた一般大衆が一種の集団催眠に陥ったことによる勝利だったと思います。

そして今回は催眠の解けたインドネシアの有権者の支持を得るために、前回の投票結果を踏まえて、双方の副大統領候補は非常に戦略的に選ばれました。

ジョコウィ氏側の副大統領候補は、インドネシア最大のイスラム組織ナフダトゥル・ウラマー(NU Nahdlatul Ulama)の元議長マルフ氏で、これは5年前の大統領選挙で予想に反して僅差の接戦になった最大の原因である、イスラム主流派の影響力が強い地域、有権者の78%が住むジャワ島とスマトラ島で票を伸ばすことが目的です。

一方のプラボウォ氏はいくら軍出身のコワモテとはいえ、今年で御歳67歳になるわけで、女性や若年層の支持を得るためには元ジャカルタ州副知事で『イケメンの若い事業家』であるサンディアガ・ウノ氏の爽やかイメージが必要で、投票前のニュースを見るとプラボウォ氏の支持層は狙いどおり若年層に集中しました。

1998年ジャカルタ暴動当時に子供だった20代~30代のインドネシア人有権者にとっては、プラボウォ氏の昔のダークサイドの印象、スハルト大統領の娘シティと結婚し、陸軍特殊部隊コパスス(Komando Pasukan Khusus=Kopassus)のトップとして、スハルト政権に批判的なイスラム指導者(Kyai キアイ)の連続失踪事件や、暴動時の略奪の煽動に関与した疑惑などのマイナスイメージよりも、排外的保護主義でナショナリズム色が強いとはいえ強力な指導者という面に惹かれるのだと思います。

選挙期間中に3回行われた討論では、ジョコウィ氏は5年間の実績を強調し、プラボウォ氏は力強さと情に訴える戦略をとりましたが、民主的な直接選挙が始まって20年ほど経った今回、有権者はインドネシアの今後5年間のリーダとしてふさわしい人物が誰なのかを冷静に考えて投票を行っているように感じます。

インドネシア在住日本人の9割9分多くは、表立って口に出さずとも心の中でジョコウィ現大統領の再選を願っていたと推測されますが、その理由はプラボウォ氏が大統領になった場合の過剰な国内企業優遇政策による日系企業の投資環境の制限など、ビジネス環境の悪影響を心配してのものでした。

正式な選挙結果(リアルカウントに基づく)は来月に判明するとのことですが、仮にこれから5年間、またジョコウィ政権が続く場合には、懸案事項として考えられるのは、SBY大統領の2期目に見られた政権周辺人物の汚職に引きずられる形での政権のレームダック化や、ジョコウィ政権1期目で見られた労働組合への忖度による最低賃金の暴騰、そして特定宗教組織への過度な配慮による人権問題への対応不足などです。

インドネシア人の選挙に対する関心の高さ

今回大統領選挙が注目されますが、同日に国会DPR(Dewan Perwakilan Rakyat)議員選挙、地方代表議会DPRD(Dewan Perwakilan Rakyat Daerah)議員選挙、州議会DPRD kelas I(Dewan Perwakilan Rakyat Daerah Provinsi)議員選挙、県市議会DPRD kelas II(Dewan Perwakilan Rakyat Daerah kabupaten/kota)議員選挙があり、日本で言えば首相指名選挙と衆参ダブル選挙と県会議員選挙、市会議員選挙を一気にやってしまったようなもので、インドネシアで民主的な選挙が行われるようになった1999年以降で初めてのことでした。

1999年に政党活動が自由化され、多くの政党が乱立する中で行われた総選挙は、インドネシア全土での一大お祭り騒ぎとなり、オフィスでもタクシーの車内でも夜のブロックMでも、話題はいつも『どの政党押し』かと言っても過言でありませんでした。

DPR RI(国民代表議会)は議員数560人から成る立法府であり、日本の衆議院に近いもので、DPD(地方代表議会)は35州のDPRDから各4名ずつ選出された議員数132名からなる日本の参議院に似て非なるものであり、DPRD(地方国民代表議会) はkelas I(州)とkelas II(県)ごとの地方議会であり日本の地方議会みたいなものです。

インドネシアは上から下まで直接選挙であるため、国民の政治に対する関心は非常に強く、しかも平日の今日4月17日(水)を選挙のため公休日にしてまで、国民に選挙に行かせようとする努力は日本も見習うところもありますが、これだけ多くの人物の中からマニフェストに基づいて選ぶことは難しいため、芸能人やスポーツ選手など知名度の高い人が圧倒的に優位になります。

タバコは体に悪いと判っていても止められないのと同じように、汚職も悪いことだと判っていても止められない、だから政治家は汚職の甘い蜜を知らない若い人に世代交代することでしかインドネシアから汚職はなくならないんだ、というように、国民が政治家に最も期待するのはクリーンな政治であるようです。





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