ジャカルタ市内と郊外を結ぶLRTとKRL Commuter Line

インドネシア時事問題

ジャカルタ市内と郊外を結ぶLRTとKRL Commuter Line【MRTフェーズ1後のジャカルタ首都圏の新交通網】


ジャカルタの新鉄道交通網の概要

今月ジャカルタ市内に大量高速交通MRT(英語のMass Rapid Transitまたはインドネシア語のModa Raya Terpadu)南北線が開通しましたが、市内から郊外を結ぶ軽量軌道交通LRT(英語のLight Rail Transitまたはインドネシア語のLintas Rel Terpadu)は、LRT Jabodebek(Jakarta-Bogor-Depok-Bekasi)とLRT Jakartaの2つのプロジェクトが進行中で、北ジャカルタKelapa Gading Mall前から東ジャカルタRawamangunのVelodromeまでは近日開通予定です。

そしてLRTとは別に西ジャカルタのコタ(Kota)駅(コタが西ジャカルタということを初めて知った・・・)からチカラン(Cikarang)までを結ぶCommuter Line(Kereta Rel Listrik=KRL 電車)の建設プロジェクトが現在進行中で、ジャカルタから東の工業団地方面へのアクセスは、LRTでTolに沿って東ブカシまで、電車(KRL)で既存の鉄道に沿ってチカランまでという2本立てで確保されることになります。

MRTのフェーズ2となるBundaran HIから北上してKotaまでの区間の工事は2019年中に開始され、2022年7月運用開始が予定されていますので、これら全部開通すれば日常生活でも仕事でジャカルタ郊外に行く際にも、車を使う場面が確実に減るものと見込まれるわけで、新交通網整備事業が当初から目指していた慢性的な渋滞の解消という目的が達成されるはずです。

これまでジャカルタが抱えていた渋滞問題による潜在的な経済損失が解消されるだけでなく、車社会ではなく新交通網をベースにしたビジネスとライフスタイルが形成されるわけで、駅周辺の都市再開発やジャカルタ郊外の住宅地開発がより一層活発になり、経済効果は計り知れないものになります。

モノレールの残骸を尻目にLRT建設は進んでいきます。

LRT Jabodebek

ブカシなどジャカルタの東の郊外、チブブールなどジャカルタの南の郊外からのジャカルタへの車の流入量を減らし、Tol Jakarta-CikampekとTol Jagorawiの渋滞を緩和するために、国営建設会社(BUMN=Badan Usaha Milik Negara Konstruksi) であるPT ADHI KARYA(ADHI)が請負い、土地取得の必要がなく既存の交通システムの妨げにならないように、基本は支柱による高架鉄道(Lintasan Elevated)方式を採用し、2019年中には完成を予定しています。

LRT Jabodebek フェーズ1

  • Cawang-Dukuh Atas : 11,05 km
  • Cawang-Cibubur : 14,89 km
  • Cawang-Bekasi Timur : 18,49 km

工事進行中のLRT Jabodebekは、Cawangから東にBekasi Timurまでの紫線と、Cawangから南にCibuburまでの赤線と、Cawangから西に向かってRasuna Saidから北上してDukuh Atasまで至る3本がフェーズ1の建設中案件であり、進捗状況は2019年4月現在でCawang~Cibubur間が85%、Cawang~Bekasi Timur間が60%、Cawang~Dukuh Atas間が40%ということです。

フェーズ2としてDukuh Atas~Palmerah~Senayan間、Cibubur~Bogor間、Palmerah~Grogol間が予定されており、これにより現在でもKuninganのRasuna Said通りやSenayanのAsia Afrika通りに残るモノレールプロジェクトの支柱の残骸がすべて撤去されることになります。

これが完成した暁には、西ブカシ在住の僕はジャカルタに車で行く理由がなくなりますし、仕事でボゴール方面の工業団地に行く際も、LRTの最寄駅からタクシーまたはGO JEKが使えるので、自家用車は街乗り専用のシティーカーに買い換えようかと考えています。

建設中の最寄駅となる西ブカシ駅、手前は建設中の高架式Tol

Gatot SubrotoからRasuna Saidへの直角カーブ部分

Kuningan Sentralから南方向をのぞむ

LRT Jakarta

2016年6月から国営建設会社であるPT Wijaya Karya(WIKA)が建設工事を請負い、車両は韓国のHyundai Rotem社製を採用しており、インドネシアで最初に採用された連結式ボギー台車システム(Articulated Bogie)により、急な旋回でも安全に柔軟に走行できるように設計されています。

本来は2018年8月18日から開催されたアジア大会(Asian Games 2018)で、競技会場に向かう選手がLRT Jakartaを使用する予定でしたが、ジャカルタ州知事であるアニス氏(Anies Baswedan)が運行の安全が確保されないという理由で中止を決定しました。

  • Boulevard Utara(Kelapa Gading Mall)-Velodrome : 5,8 km(所要時間約15分)

4月19日現在、北ジャカルタMal Kelapa Gading前から東ジャカルタRawamangunのPemuda通り近くのVelodrome間の建設工事は100%完了しており、あとはVelodrome駅でのTransjakarta(ジャカルタバス高速移動システム)のバス停とSky Bridgeの接続工事を待つのみです。

LRT Jakarta保有の8セット(2セットは予備)の車両セットLRV (Light Rail Transit Vehicle) でもって、平日は6:00から22:00まで、土日は7:00から23:00の時間帯を、ラッシュ時は5分間隔、通常時は15分間隔で運行を予定しています。

第2フェーズとしてKoridor Kelapa Gadingから中央ジャカルタのDukuh Atasまでの17.3 kmが予定されており、LRT-JabodebekとLRT-JakartaはDuku Atasで接続されることになります。

Duku Atasは今月開通したMRT南北線への乗り継ぎ、2017年末に開通した空港鉄道であるRailink(Kereta Bandara)へもBNI CITY駅で乗り継げるため、ジャカルタの新しい都市交通システムのハブ的存在になるものと考えられます。

Kelapa Gading Mallの対面です。

Bundaran Kelapa Gadingでクロスに交差します。

Bundaran Kelapa GadingからMOI方面をのぞむ。

KRL Commuter Line(KRL Jabodebek)

PT Kereta Commuter Indonesiaより(クリックで拡大)

国営鉄道会社PT Kereta Api Indonesia(KAI)が、ジャカルタ、ボゴール、デポック、タンゲラン、ブカシ(Jabodetabek)およびその周辺地域からの、汽車(Kereta Api)ではなく電車(Kereta Rel Listrik)の運行および非旅客輸送事業の運営のために、2008年9月に子会社PT KAI Commuter Jabodetabekを設立し、2017年にPT Kereta Commuter Indonesia名称変更しました。

Kelapa Gadingから東に向かうJl. Raya Bekasi通りのPurogadung過ぎからCakung付近は、ただでさえ道幅が狭く、大型トレーラーが行きかう埃っぽいエリアなのに、KRL Commuter Lineの支柱建設工事がはじまってから平日土日問わず絶賛渋滞中です。

北ジャカルタからブカシ方面に向かう地域はジャカルタ周辺部でも最も開発が遅れた地域で、住民数に比べて道幅が狭く舗装道路が傷んでいることによるノロノロ運転による渋滞も酷く、Commuter Line建設とあわせて駅周辺での公共交通指向型都市開発(Transit Oriented Development=TOD)が最も期待される地域だと思います。

Jl. Raya Bekasi通りTol入り口への曲がり角付近

Cakungバス停付近は渋滞ポイントになっています。

まだPulogadungのJIEP工業団地入り口手前までしか着工されていません。





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