インドネシアは東カリマンタン州バリクパパンまたはサマリンダ近郊のクタイカルタネガラ県と北プナジャムパスル県の両県にかかる地域への政府機関の移転を2024年中には開始する予定です。自然災害が少ない、国土の中央に位置する、地方都市近郊に位置するなどが選定の理由です。 インドネシアの政治・経済・社会 日本人のインドネシアについてのイメージはバラエティ番組で活躍するデヴィ・スカルノ元大統領夫人の知名度に依存する程度のものから、東南アジア最大の人口を抱える潜在的経済発展が見込める国という認識に変遷しています。 続きを見る
浮上しては消滅することが多いインドネシアの経済政策案
「最低でも県外」というのは2009年7月に鳩山総理が普天間基地移転先問題について演説の中で述べた迷言ですが、4月29日にインドネシア政府は首都をジャカルタから「最低でもジャワ島外」へ移転する方針を発表しました。
数年前には首都の移転先はジャカルタから50kmほどの距離で移転費用も節約できる西ジャワのカラワン(Karawang)だ、いや古くはマタラム王国分裂後にジョクジャカルタ王国が成立し、独立戦争時の臨時首都とされた中部ジャワのジョクジャカルタ(Yogyakarta)こそがふさわしい、とか首都移転計画はこれまで何度か話題になったことがありますが、今回は明確に「ジャワ島以外」が強調されて報道されているようです。
思い起こせばインドネシアでは政治経済活動に重大な影響を及ぼしうる基本計画案が浮かんでは消えてきた経緯があり、例えば2012年5月には現在3つあるタイムゾーン、ジャワ島で適用されるWIB(Waktu Indonesia Barat GMT+7)、バリ島で適用されるWITA(Waktu Indonesia Tengah GMT+8)、パプアで適用されるWIT(Waktu Indonesia Timur GMT+9)、これらをシンガポールや香港と同じWITAに統一すると経済調整相が発表しました。
シンガポールや香港より1時間早くインドネシア証券取引所とインドネシア商品先物取引所で取引開始されてしまうことが機会損失に繋がっているということで、経済活動上の利便性と経済効果の向上を狙ったものですが、資本市場のパフォーマンスの向上はタイムゾーンに影響されるものであってはならず会社の生産性、効率性、信頼性の向上によって発展すべきものであり、現にニューヨーク市場とロンドン市場の間には5時間の時間差があるにもかかわらず、2つの資本市場は非常に良い成長を遂げているという意見のほうが優勢のようです。
なによりも首都ジャカルタを含むジャワ島全域で1時間ずれることによる、お祈りの時間への影響、通学と通勤時間への影響、とりわけシンガポールや香港に比べて安全と言えないインドネシアで子供たちは暗い時間から通学しなければならなくなるという問題も提起されています。
タイムゾーン統一案以外にも、桁が増えたルピア紙幣の下3桁をカットして、市中に溢れるルピア紙幣を新札に交換することでインフレを抑制するデノミネーション案も過去に何度も浮上してきましたが、ここ数年インドネシアのインフレ率は3.5%前後と比較的落ちついた推移をしているためか、最近はあまりトピックに上がらなくなってしまいました。
インドネシアは今回こそ本気で首都移転を実施しようとしているのか?
2019年4月29日のインドネシア内閣官房(Sekretariat Kabinet Republik Indonesia)Twitter公式アカウント @setkabgoid でジョコウィ大統領の言葉として次のように連投しています。
- 1. Pertama, gagasan untuk pemindahan Ibu Kota sudah lama sekali muncul sejak era Presiden Soekarno sampai di setiap era Presiden pasti muncul gagasan itu. Tapi wacana ini timbul tenggelam karena tidak pernah diputuskan dan dijalankan secara terencana dan matang.
首都移転計画はスカルノ大統領の時代から大統領が変わるたびに毎回浮上してきましたが、計画的かつ成熟的に進められなかったため消えていきました。 - 2. Kedua, dalam membicarakan soal ini, tidak boleh hanya berpikir yang sifatnya jangka pendek ataupun dalam lingkup yang sempit. Tapi harus bicara ttg kepentingan untuk bangsa & negara, kepentingan visioner jangka panjang sebagai negara besar dalam menyongsong kompetisi global.
この問題の議論においては短期的または狭義的に考えてはなりません。国益と国際競争の中の大国として長期的利益について議論されなければなりません。 - 3. Ketika sepakat akan menuju Negara Maju, pertanyaan yg pertama dan terutama yang harus dijawab adalah: apakah di masa yang akan datang DKI Jakarta sebagai ibu kota negara mampu memikul 2 beban sekaligus yaitu sebagai pusat pemerintahan dan layanan publik sekaligus pusat bisnis?
先進国になる過程で最初に回答すべき質問は、将来ジャカルタは首都として、政府・公共サービスそしてビジネスセンターという2つの負担を負うことができるか?ということです。 - 4. Beberapa negara sudah mengantisipasi perkembangan negaranya di masa yang akan datang dengan memindahkan pusat pemerintahannya: seperti dilakukan Malaysia, Korea Selatan, Brazil, Jepang, dll. Jadi sekali lagi, Presiden mengajak semuanya berpikir visioner untuk kemajuan negara.
マレーシア、韓国、ブラジル、日本などのように首都移転によって自国の発展を予測している国もあります。それでもう一度大統領は国の発展のためにビジョンを考えるよう促しました。 - 5. Ketiga, memindahkan ibukota memerlukan persiapan yang matang dan detail. Baik dari sisi: pilihan lokasinya yang tepat termasuk dengan memperhatikan aspek geo-politik dan geo strategis kesiapan infrastruktur pendukungnya dan juga soal pembiayaannya.
首都移転には慎重かつ綿密な準備が必要です。移転場所はインフラ支援と資金の準備を考慮の上、政治的視点と地理的視点から選択する必要があります。 - 6. Tapi Presiden meyakini kalau dari awal dipersiapkan dengan baik maka gagasan besar ini bisa diwujudkan.
しかし大統領は、最初から十分に準備されていれさえすれば、この壮大な計画は実現できると信じています。
インドネシア内閣官房のサイトを見ると首都移転方法として考えられる3つの代案があるようです。
- 首都はジャカルタのまま、大統領宮殿とモナス周辺地域は政府機関専門区域(distrik khusus untuk pemerintahan)とする。
- ジャカルタから50~70 kmの距離に移転。たとえばスハルト大統領の時代に議論された西ジャワBogorのJonggolまたはBantenのMaja地域。
- 現在GDPの58%を占めるジャワ島以外へ移転。
そして国家開発計画相(Menteri Bappenas=Badan Perencanaan Pembangunan Nasional)から「ジョコウィ大統領も3番目を支持している」と発表されたことにより、従来よりもジャワ島以外へ移転案がより有力になったことは間違いないようです。
ただしインドネシアの場合、先月2019年4月に開通したばかりのジャカルタMRT南北線も、2004年に着工され2014年に中止が決定されたモノレールプロジェクトの前科があったため、直前まで本当に開通するのか半信半疑だったように、重大な影響を及ぼしうる経済政策がたびたび覆されてきた歴史があり、今回ジョコウィ大統領が再選したタイミングで任期5年の中で具体的に移転を進めることができるかどうかが注目されます。
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ジャカルタ市内と郊外を結ぶLRTとKRL Commuter Line
ジャカルタ中心部ドゥクアタスから南のチブブールと東のブカシを結ぶ軽量軌道交通LRTと、西ジャカルタのコタ駅からチカランまでを汽車ではなく電車(Kereta Rel Listrik)で結ぶKRL Commuter Lineの建設プロジェクトが進行中です。
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ジャカルタから首都を移転する理由と有力候補地パランカラヤ
ジャカルタ在住日本人なら現在の首都ジャカルタが抱える問題を日々体感していると思いますが、毎回首都移転案が浮上するたびに取り上げられる理由はおおよそ決まっています。
交通渋滞による経済損失が年70億4000万ドルにのぼること、毎年雨季の洪水を受けやすく被害を防ぎようないこと、ジャカルタは世界でも地盤沈下が最も激しい都市であること、人口の一極集中で国の発展が妨げられていることなどで、現在カリマンタン島のパランカラヤ(Palangka Raya)など数カ所を候補地として調査中で、最大466兆ルピア(約3・6兆円)の費用が必要で移転には5~10年かかる見通しです。
首都移転最有力候補として挙げられているのは、カリマンタン島の中部カリマンタン州の州都パランカラヤでは、首都移転後を見越して既に土地価格が上がりつつあるようですが、カリマンタン島の熱帯雨林はオランウータンの最大の生息地であり、自然破壊による影響を心配する声も出ています。
パランカラヤは実はスカルノ初代大統領が1957年に首都をジャカルタから移転する計画提示していたため、それを見越してインドネシアの8大島であるジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島、カリマンタン島、バリ島、ヌサ・トゥンガラ諸島、ニューギニア島を表す8本の道路が交差する大環状交差点(Bundaran Besar)がシンボルとして作られているくらいですから、移転するとしたらパランカラヤになる可能性は高いのではないでしょうか?
今回「ジャワ島以外」という具体的な形で言及された首都移転問題ですが、現在ジャカルタにある中央政府がカリマンタン島に移転したとしても、経済活動で必要になる許認可等の問題はジャカルタ地方政府で出来れば問題ないわけで、経済活動にそれほど支障が出るとは考えにくく、それよりも大統領宮殿を含む政府関連施設が保護区や博物館になって、ジャカルタの歴史的魅力を押した観光地化が進み、渋滞が緩和されることで市民生活がより快適になるメリットのほうが大きいのではないかと考えます。
※2019年8月追記
8月8日にジョコウィ大統領が首都をカリマンタン島の中部または東部、南部へ移転すると表明しました。そして8月26日に首都移転先を、東カリマンタン州クタイカルタネガラ県と北プナジャムパスル県の両県にかかる地域と発表し、2024年には政府機関の移転を開始するとしています。自然災害が少ない、国土の中央に位置する、地方都市近郊に位置する、インフラが比較的良好、利用可能な用地があるなどが選定の理由です。
カリマンタン島が首都移転先に選ばれた理由
インドネシアはユーラシアプレートの一部であるスンダプレートの下に、インドオーストラリアプレートが潜り込むことによって、たびたび大きな地震が発生する地震大国であり、その中でも環太平洋火山帯とプレートの沈み込み帯から外れた場所にあるため圧倒的に地震が少ないのがカリマンタン島であり、これが首都移転先に選ばれた一つの理由ではないかと考えられます。
上の地図を見てもカリマンタン島の地震の少なさが際立っていますが、その一方で川が多く熱帯泥炭湿地帯が広いため、開発された地域ではたびたび洪水の被害を受けており、2021年1月には南カリマンタンにて2万戸が住宅浸水する大規模な洪水が発生しています。
2024年には首都移転作業が開始される予定ですが、首都機能整備に必要な都市開発と、森林破壊による動物生態系への影響や河川氾濫地帯では避けられない洪水という、開発とリスクのバランスの保ち方が問われることになります。
※2022年1月追記
東カリマンタンへ移転される新首都名ですが、インドネシア議会は1月17日にNusantara(ヌサンタラ=インドネシアの島嶼群)と決定しました。インドネシアという国家を形成する列島群の全体像を意味するヌサンタラは、多くの企業名や商品名で使用されていることから、これを首都名にすることで混乱が生じるのではないかという懸念も出ています。
新首都であるヌサンタラという名前
今回の新首都名決定のニュースは海外メディアで大々的に報じられる一方で、国内メディアでの取り扱いはそれほど大きなものではなく、国民の関心もニュースの社会性の大きさに比べるとそれほど大きくないように感じました。
日本で首都が東京から福岡辺りに移転し、新首都名が「島嶼群」ならぬ「列島群」とか名付けられたら大騒ぎになると思われますが、特に今まで福岡の名前に愛着を感じていた人々から反発が出るかもしれません。
今回新首都となる場所は、東カリマンタンkutai kartanegara地区のSambojaという地域であり、今のところジャカルタの中央政府からNusantaraという名前の都市に強制変更させられることへの反発の声は現地住民の間から聞こえてきませんが、一部には現地住民のアイデンティティを尊重した命名と開発という視点が欠けているのでは、という指摘の声が上がっています。
僕が中学生の頃に、現在のパプア(Papua)地域はイリアンジャヤ(IrianJaya)と習った記憶があるのですが、この「偉大な東の地」という名前はスハルト政権下での国家統治政策上命名されたものであり、2007年に元の名前であるパプアに戻され、インドネシア領西パプア州となっています。
同じように古くはタイ南部、マレーシア、シンガポール、インドネシア列島、ブルネイからフィリピン南部にかけての島々を、ジャワ島以外という意味のジャワ語でヌサンタラと呼んだという歴史的経緯があり、中央政府の意向に沿った政治色の強い名前であるという解釈もされることがあり、新首都名としてふさわしくないのでは、という意見もあります。
個人的には、2001年から7年近く運営していたバリ島の会社はDARIBALI NUSANTARAと言いまして、会社名を決める時に最初からNusantaraを含む前提で名前を考えたくらい好きな単語です。
中央政府が都市名や道路の名前を決定する際には政治的意図があることは普通のことであり、それが地元民にも受け入れられ愛され定着していくかどうかは、今後の政権の在り方次第と言えるわけで、外国人である自分達が口を挟む問題ではないのかもしれません。