インドネシアにおける邦人ワクチン接種と帰国事情

2021/08/14

在住日本人の一時帰国

日本での海外在留邦人向けワクチン接種のために、インドネシアからの一時帰国が増加しています。これにより、日本人駐在員の一時帰国が増え、日系製造業では担当者の不在や多忙が問題となっています。弊社の営業活動にも影響が出ており、インドネシアは感染リスクの高い国と認識されています。

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この記事でわかること

  • 2021年8月、日本政府は海外在留邦人向けにワクチン接種事業を開始しました。
  • インドネシアでは、シノパックが主に接種可能で、アストラゼネカは在庫が少ない状況でした。
  • インドネシア政府は、8月11日からモデルナ製ワクチンの一般接種用供給を開始しました。
  • 日本大使館は、在留邦人向けにアストラゼネカ社製ワクチン接種の機会を提供しました。
  • インドネシアでは、ワクチン接種証明が商業施設入館の条件として義務化されました。

ワクチン接種証明が義務化される日常

2021年5月中旬、イスラム断食明け大祭の時期に、大都市と地方都市間で大規模な帰省とUターン移動が発生しました。この結果、コロナウィルスの変異種デルタ株がインドネシア全土に拡散し、感染拡大を防ぐための社会活動制限が続けられました。しかし、8月10日からジャカルタ、バンドン、スラバヤ、スマランの4都市でショッピングモールの営業再開が試験的に認められ、一部都市では学校での対面授業も認められるなど、規制緩和の試みが行われました。

当時、インドネシアには約20,000人の在留邦人がいました。日本では2021年8月から海外からの一時帰国者のためのワクチン接種事業が開始され、7月21日からは官民連携事業として特別便が運行されました。これにより、日本人の帰国ラッシュが続きましたが、現地に残ることを選んだ人々は、戦国時代のしんがりのような心境にあったかもしれません。

娯楽の少ないジャカルタで在宅勤務が続き、ゴルフやマッサージにも行けず精神的ストレスが溜まった人々も多く、社会活動制限が何度も延長される中、モールの再開を心待ちにしていた人も多かったでしょう。しかし、商業施設への入館にはワクチン接種証明が義務化され、彼らのささやかな望みが崩れ去ることになりました。

インドネシアのワクチンプログラムでは、中国製のシノパックが主に接種可能でしたが、在庫が少ないアストラゼネカの接種は受けにくい状況でした。日本を含む主要先進国で有効性が認められていないため、将来の渡航先での入国時のワクチン接種条件を満たさない可能性があり、駐在員の残留組はシノパックの接種に二の足を踏んでいました。

ワクチン接種証明は、政府の公式アプリ「プドゥリリンドゥンギ(PeduliLindungi)」でQRコードをスキャンするとスマホ画面に入館時刻が記録される仕組みでした。しかし、ワクチンを接種したにもかかわらず、接種会場の医療従事者による記録データの未入力やアプリの運営者側によるデータの未更新といった理由で、データが反映されていない事例もありました。

8月10日、政府公式アプリでの接種証明以外に、権限のある機関からの証明も有効とする決定がなされました。これにより、外国で接種済みの外国人に対しては、接種を行った国で取得したワクチン接種証明書がインドネシア国内でも認められることになりましたが、念のため身分証もしくはパスポートを持参することが推奨されていました。

ワクチン接種圧力が先鋭化していく雰囲気

2021年8月11日、インドネシア政府は医療従事者向けに接種されているモデルナ製ワクチンの一般接種用供給を開始すると発表しました。8月以降に到着予定の5,000万回分のファイザー製ワクチンも一般接種用に供給され、これによりインドネシア国内でのワクチン接種を見合わせていた外国人の接種も進みました。

また、8月13日には日本での一時帰国者のためのワクチン接種事業でアストラゼネカ製ワクチンの接種が可能となりました。これにより、インドネシアで1回目を接種した後、日本で2回目を接種することが可能となり、日本で2回のワクチン接種を完了するために最低3週間滞在する必要がなくなり、ワクチン接種の選択肢が増えることになりました。

コロナ禍後のニューノーマルとして、マスク着用、公共施設入館時の検温、公共交通機関利用時のPCR検査陰性証明書の提示などが挙げられますが、レベル4社会活動制限(PPKM Level4)後の日常では、ワクチン接種証明の提示が標準となりました。

一方で、国民の間にはワクチンの有効性に対する疑念や副作用に対する不安が一定数存在しました。医学的見地からコロナ禍を終わらせるためにワクチン接種が必須であることを啓蒙する必要がありますが、ジャカルタでは『警察によってワクチン未接種の家に警告ステッカーを貼られるべき』という意見も出ました。

2004年のインドネシア初の大統領直接選挙から20年も経っていないこともあり、民主主義国家にそぐわない規制や法律が度々出てきて戸惑うことも多いです。しかし、差別や偏見を助長しかねないこの警察発表に対して、『諸事情によってワクチンを受けられない人間もいる』『ワクチン未接種は犯罪ではない』という国民の反応が出たことに、良心的な庶民感覚が感じられます。

新型コロナウィルス用ワクチンの種類

2021年8月3日から9日まで延長されていたインドネシアのレベル4社会活動制限(PPKM Level4)は、ジャワ島とバリ島では10日から独立記念日前日の16日まで、それ以外の地域では23日まで再延長されました。地域の感染状況に応じて、レベル4からレベル3またはレベル2に引き下げられました。

ジャカルタは引き続きレベル4を維持しましたが、レベル4のまま緩和されるという言葉が使用されるようになり、市内100カ所で行われていた通行制限が10日をもって解除されました。代替措置として12日から16日まで、8箇所の道路で6:00-20:00の間、奇数偶数規制が再開されました。

インドネシアのワクチン接種数推移(Our World in Data)

ジャカルタ、バンドン、スラバヤ、スマランの4都市のショッピングモールでは、12歳未満および70歳以上の入館が制限され、入館には専用アプリでのワクチン接種証明の提示が求められました。これは、自宅待機でストレスが溜まっているインドネシア人にワクチン接種を促す方法として一定の効果がありました。

当初、政府主導の無料ワクチンプログラムで使用されるワクチンは、不活化ワクチンである中国製のシノパック(Sinovac)の一択でした。時々、ウイルスベクターワクチンであるイギリス製のアストラゼネカ(AstraZeneca)の接種プログラムの日程と会場が発表されましたが、在庫に限りがあり、外国人が気軽に接種できる状況ではありませんでした。

インドネシアでは新型コロナ感染で亡くなった医療従事者が累計で1,000人近くに上り、その中で401人の医師のうち14人がワクチン接種を完了していたという事実から、デルタ株の流行に伴いシノパックワクチンの有効性に疑問が持たれました。7月9日に政府は医療従事者147万人を対象に、mRNAワクチンであるモデルナ(Moderna)製ワクチンでの追加接種を実施すると発表しました。

7月15日には、モデルナと同じmRNAワクチンである米ファイザー(Pfizer)ワクチンに緊急使用許可が出されました。日本人としては日本と同じワクチンを打ちたいと思うかもしれませんが、当時はまだファイザー製ワクチンを気軽に接種できる環境は整っていませんでした。

mRNAワクチン(ファイザー・モデルナ)、不活化ワクチン(シノパック・シノファーム)、生ワクチン(弱毒化ワクチン)、ウイルスの違いは以下の例えが分かりやすいと思います。

mRNAワクチン→敵の新型戦闘機の設計図が送られてくる
不活化ワクチン→エンジン外して武装解除した敵の新型戦闘機が送られてくる
生ワクチン→武装解除した敵の新型戦闘機が飛んでくる
ウイルス→フル武装した敵の新型戦闘機が飛んでくる

DNAからタンパク質が作られるときに、一度mRNAという設計図を介するため、新型コロナウイルスのタンパク質を作る過程で作られる設計図を投与することで、自分でウイルスタンパク質を作ってもらう仕組みを利用します。mRNAは構造的にすぐに分解されるため、注射された人の遺伝子に組み込まれ害を及ぼす心配はないようです。

日本とインドネシアのコロナ感染による死亡者数に大きな差がある理由

2021年5月中旬のレバラン休み(断食明け大祭)前後、大都市と地方間の大規模な帰省とUターン移動により、インドネシア全土で新規感染者が急増しました。7月下旬からは1日当たりの感染者数と死者数が急上昇しました。

インドネシアの一日当たり感染者数と死亡者数の推移(ロイター通信)

JALやANAの特別便が手配され、日本でのワクチン接種を目的とした一時帰国が進みました。現地駐在員の多くが日本に戻ったように感じられましたが、オリンピックが始まる直前には、インドネシアに残る日本人から「こんな時期に海外から選手や関係者を入国させるなんて、日本ではデルタ株の恐ろしさに対する認識が不足している」という声が上がりました。

特にインドネシアでは医療従事者の感染が深刻で、10万人の医療従事者のうち1,000人近くが亡くなりました。デルタ株が日本で蔓延したら同じことが起こるのではないかと心配されましたが、幸いにも日本ではインドネシアのように死亡者数が激増することはありませんでした。

2020年4月頃から、インドネシアでも高齢者や基礎疾患を持つ人、肥満気味の人が亡くなる傾向が強いのは日本と同じですが、20代から50代の比較的若い人の死亡例が多く見られました。これが食生活の違いなのか、気候の問題なのか、民族の遺伝子的な問題なのか、理由は不明です。

体内に侵入した新型コロナウイルスを認識したHLA-A24が、細胞性免疫機構に働きかけてウイルスを攻撃するという話です。日本人が新型コロナに感染しにくい理由として言われてきたファクターX(自然免疫と言われるもの)が、日本人の6割が保有していると言われるHLA-A24そのものなのではないかということです。

当時、インドネシアで日本人が気軽に受けられるワクチンは、デルタ株に対する有効性が疑われているシノパックしかありませんでした。3回目の追加免疫(ブースター)やアストラゼネカとの組み合わせ接種で、体内の免疫システムにウィルスをしっかり記憶させ、ウィルスが侵入してきたときにその記憶を頼りに攻撃する抗体をより多く作り出す必要があるかもしれません。

事例:考えられる仮説の一つとして、HLA-A24という細胞性免疫の有無が影響しているというものがあります。医療関係者の死者累計数もインドネシアは1000人近くに達しており、医療環境の違いもあるのでしょうが、HLA-A24が影響している可能性があります。デルタ株には無効という話もありましたが、それなりに有効なのかもしれません。

コロナで日本人駐在員の一時帰国決定56%の衝撃

日本政府は邦人保護の観点から官民連携事業を進め、2021年7月21日にはANAジャカルタ発成田行き特別便を運航しました。この特別便は連日運航され、インドネシア入国管理局によると、7月3日から8月12日の間にスカルノハッタ空港から出国した外国人25,932人のうち、日本人が最も多く4,373人でした。

8月1日から成田空港と羽田空港の特設会場で在外邦人向けのワクチン接種プログラムが開始され、一時帰国ラッシュを加速させました。ジャカルタ、ブカシ、カラワンを中心とした日系企業を主要顧客とする事業会社やサービス会社は、日々の営業活動に大きな影響を受けました。

ジェトロの調査によると、「駐在員の一時帰国を決定しているか」との設問に対し、55.9%が「既に決定している」と回答し、「検討中」を含めると82.7%が一時帰国に向けて対応中でした。このような状況下で、機械的な営業トークは心に響かないことが想像されます。

インドネシアは、外国人に対して入国時に接種証明書の提示を求めていましたが、8月11日の政府通達では、12歳から17歳の者や一時滞在許可(KITAS)・定住許可(KITAP)保持者でワクチン未接種の者は、入国後に隔離施設でワクチン接種を受けることが条件とされました。

以前は、インドネシアでシノパックを1回接種した後に日本に一時帰国した場合、日本でのファイザーやモデルナとの混合接種が不明確で、接種証明書を提示できずに入国できない問題がありましたが、この措置により、日本でワクチンを打たずにインドネシアに帰国することが可能となりました。

事例:特別便の運航やワクチン接種プログラムの開始により、多くの日本人駐在員が一時帰国を決定しました。

要点:コロナ禍における邦人保護のための官民連携事業が、日本人駐在員の一時帰国を促進しました。

新型コロナウィルス感染者・死者ともに激減中

インドネシアでは、2021年1月13日にジョコウィ大統領がワクチン接種第一号として接種キャンペーンを開始しました。9月20日までに1回目の接種率は約30%、2回目以上は約16%に達しましたが、新規感染者数と死者数は大幅に減少しました。この改善は、インドネシア保健省の努力が実を結んだ結果といえるでしょう。


2021年9月時点では、インドネシア入国後に政府指定のホテルで8日間の隔離を含め、到着日から14日間の自主隔離が推奨されていました。しかし、PCR検査陰性証明書とワクチン接種証明書を条件に隔離期間が短縮されました。

2021年9月20日、PPKM(レベル4活動制限)がジャワ島・バリ島で10月4日まで延長されましたが、最高危険度のレベル4地域はなくなり、モールへの12歳以下の子供の入館や映画、サッカーなどのイベントが段階的に許可されました。

Living Plazaでワクチン接種が行われています。

一般企業の経済活動では、必須分野または重要分野に該当しない業種でも出勤率25%まで認められるようになりました。ただし、出勤できるのはワクチン接種済みの従業員のみで、ワクチン接種管理用アプリPeduliLindungiによるスクリーニングが義務付けられました。

日本大使館主導の在留邦人向けワクチン接種

2021年7月下旬から、日本政府主導で一時帰国のための特別便が手配され、一般企業の駐在員によるワクチン接種のための一時帰国ラッシュが始まりました。しかし、自営業者やインドネシアで結婚し配偶者として滞在している方々には、ワクチン接種の機会を設定してくれる後ろ盾がなく、当地で自力で接種する必要がありました。

インドネシア保健省は接種率を上げようと努力していましたが、外国人として接種会場を見つけるのは意外と困難でした。診療アプリHaloDocで何度か予約を試みましたが、「要件を満たしていない(KTPがない)」という理由でキャンセルされ、ジャカルタの会場に行っても「インドネシア人オンリーです」と断られることがありました。このような状況に嫌気が差し、接種を諦めかけていたところ、日本大使館主導の在留邦人向けワクチン接種の案内メールが届きました。

接種会場は北ジャカルタのタンジュンプリオク港湾検疫で、距離はありましたが、日本大使館のお墨付きで、外国人として堂々とアストラゼネカ社製ワクチンの接種ができました。長年、インドネシア在住日本人にとって日本大使館の対応は満足のいくものではなかったと感じていましたが、2021年のインドネシア政府発表に関する迅速な情報提供や一時帰国のための特別便の手配などで、大きく心象が改善しているように思います。

ワクチン接種実現に際しても、日本大使館関係者によるインドネシア政府関係者との交渉などのご尽力があったと推測され、深く感謝申し上げます。