インドネシアの中古車市場

インドネシア時事問題

インドネシアの新車市場と中古車市場のコロナ禍による影響【ファンダメンタルズに影響されず価格が上がり続ける名車がある】


現在中古車価格の下落率が上昇している

新型コロナウイルスの影響で自動車の販売市場であるジャカルタも、生産拠点であるブカシ、カラワンのある西ジャワ州もPSBB(大規模社会制限)が施行され、需要と供給の両方が停滞したことで、2020年4月のインドネシアの自動車の生産台数が前年同月に比べて79.6%減(104,847台⇒21,434台)、国内販売台数は90.6%減(84,059台⇒7,871台)と大幅に減少しました。

インドネシアの自動車出荷台数は、2013年の122万台をピークに下降気味であり、2019年が103万台で、コロナ禍の影響を受ける今年は目標の108万台から60万台と大幅下方修正されましたが、それでも達成するのは厳しいようです。

中古車市場での取引が盛んなインドネシアでは、日本車のミドルクラスから下の大衆車は価格が下落しずらく、初年度で10%下落しその後少しずつ落ち、ミドルクラスから上の車は初年度で15%程度落ちるのが相場です。

ところがここ数年インフレ率が年平均3.5%くらいと低い水準を推移しているのと、コロナ禍による企業の資金繰り対策と個人の生活費捻出のために供給が増加する一方で、先行き不安感からくる買い控えにより需要が減少した影響で、車の売却価格の下落が激しくなっており、大衆車を5年乗った後の売却価格は取得価額の25%-30%落ちのイメージだったのが、今は35%-40%落ちくらいになっています。

今僕が乗っている大衆車の代表格、Toyota Avanza Veloz 1.3 ATは、2016年に202jutaで買ったものですが、2020年現在の中古売買価格は、これまでの感覚から見積もると150juta前後で売却できるはずなのですが、現在の相場では130juta前後まで下落していました。

一方で同クラスの新車価格は230juta前後まで値上がりしているため、Tukar tambah(新車の支払い代金として現在の車を売却して差額の現金を支払うこと)するとしても100juta以上の持ち出しが発生し、こんな相場では益々買い替え需要が下がるものと考えられます。

2016年までは下落率(償却率-インフレ率)が年平均5%くらいだったのに、ここ数年はインフレ率が平均が3.5%程度まで低水準だったところに、コロナ禍から来る買い控えが重なり年平均8%くらいまで上昇している計算になります。

インフレの影響を受けず価格が上がり続ける名車がある

日本は長期のデフレ傾向で20年前から物価はほとんど上がっていないようですが、インドネシアに住んでいると、不動産や車などの資産の購入の際には自然とインフレや金利の影響を気にするようになります。

かつて「車は買ったときより高く売れる」のが当たり前の時代があり、これは車の価格下落率(償却率-インフレ率)をプラスに押し上げるくらいインフレ率が高かった1998年~1999年頃の話で、確かに中古車市場で取得価額より高く売れていました。

ところが償却率ともインフレ率とも無関係に、古ければ古いほど価格が上がり続けている車がたまにあって、一例がToyota FJ-40ランドクルーザーです。

2007年にバリ島からジャカルタに移転する際に泣く泣く手放したこの車は、オーストラリア人から買った時の値段が65jutaでしたが、同モデルの現在の相場を見ると200juta~250jutaで取引されているようです。

中古車エージェントを営むバリ人の友人が「ハードトップ(Toyota FJ-40ランクルの通称)は時代遅れしない(tidak ketinggalan zaman)」と言っていたように、4Lのモンスターエンジンを搭載するこの車は、現在でも事故車の牽引や発電機の搬送などに使用され、東ジャワのブロモ山ツアーでは急こう配の山道や悪路を軽々と走破してくれます。

そして特筆すべきは、リッターあたり4km~5kmしか走ってくれないというエシカル(倫理的=環境保全や社会貢献)の時代を逆行する燃費の悪さを補ってあまりある非の打ち所がない外観、直線と曲線が交差する芸術的なフォルムは、130年という自動車の歴史の中で、世界のToyotaによって奇跡的に産み落とされた最高傑作であると今でも信じて疑いません(おおげさ)。





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