インドネシアは製造業の脱中国化の受け皿になるか

2020/08/06

ジャカルタ

製造業の脱中国の受け皿としてインドネシアがベトナムに劣る点は、賃金割高、土地割高、投資手続が複雑という3つですが、インドネシアも中部ジャワのBatangに工業団地を造ったり、2020年10月にDPR(国民議会)で可決されたオムニバス法で投資環境を改善したり海外直接投資を増やす努力をしています。

チャイナプラスワン以降のインドネシアの投資環境

2010年以前の日系企業の東南アジア進出の拠点はタイ、シンガポールあたりが中心で、インドシナ半島のいずれかの国に既に生産拠点、販売拠点を持っている会社からすると、インドネシアは東南アジアの次の前線基地として注目されるケースが多かったと記憶しています。

他方でこれまで中国を中心に海外展開していた製造業が、チャイナプラスワンという観点から初めて東南アジアにリスク分散先を求めるとき、インドシナ半島を飛び越してインドネシアに拠点を構えるというケースも増えました。

少子高齢化が進み人手不足が深刻な日本とは対照的に、インドネシアは2億7千万人(2024年現在)の人口を抱え、東南アジアの生産拠点を支えるために大量の雇用を必要とする日系製造業にとって非常に魅力的ですが、近年のUMK(Upah Minimum Kabupaten 最低賃金)の値上がり、頻発する労働争議が、インドネシアのカントリーリスクとして常態化してしまうことは、労働市場における雇用機会の創出という点からも、インドネシアにとって大きな痛手になり得ます。

2010年以降、数年間日本向けのオフショア開発案件をインドネシアでこなすビジネスが注目されていましたが、2024年現在それがほとんど聞かないのは、人件費の値上がりにより、他のベトナムやタイなどの東南アジア諸国に比べて人件費が相対的に高くなってしまったのが最大の要因です。

脱中国化の動き

2015年以降、中国でスパイ活動に関与した疑いで、情報公開のないまま拘束された15人以上の日本人のうちの1人が、7月1日に刑期満了となり帰国されましたが、中国に関しては武漢が発生源とされる新型コロナウイルスに関する情報操作の疑い、6月30日の中国全人代常務委員会で可決され即日施行された香港国家安全維持法(香港国安法)がもたらす言論統制、尖閣諸島周辺の領海外側の接続水域に80日連続で中国海警局の船が航行するなど、2020年上半期は何かと物騒なニュースが続きました。

チャイナリスクという言葉が聞こえ始めたのは、2010年9月の尖閣諸島での中国漁船衝突事件から、2012年9月の中国反日デモの頃だと記憶していますが、中国を中心に海外展開していた製造業が、当時からチャイナプラスワンという観点で、東南アジアにリスク分散先を求め、2016年11月には米中貿易赤字の解消を公約に掲げてアメリカ大統領に就任したトランプ氏が、2018年3月以降中国製品への関税引き上げを発動し、これに対して中国も報復関税をかけるという米中摩擦が発生し、アメリカ向け製品を中国で製造する工場の間で、追加関税の回避のために東南アジアへ製造拠点をシフトする、脱中国化の動きが加速しました。

インドネシアの経済発展と日本の凋落

2020年にHSBCホールディングスが発表した「各国の駐在員が住みたい国ランキング」で、日本は調査対象33カ国中32位というショッキングな結果がネット上をざわつかせ、偶然にも1つ前の31位がインドネシアだったこともあり、インドネシアに関係する日本人が見れば「ついにインドネシアにも抜かれたか」と悲しい思いをしたものと想像しますが、そもそもスイスのIMDが毎年発表している世界競争力ランキングで、1989年に1位だった日本は、最新の2019年では30位にまで下落していることからも、世界の中での評価としては妥当なのかもしれません。

インドネシアでは、新型コロナウィルス感染拡大の影響で450万人の労働者が職を失い、400万人が再び貧困層に落ちる可能性があると言われていましたが、2020年7月に世界銀行が発表した、所得レベルに応じた国の分類によると、前回の下位中間所得(lower-middle income)から上位中間所得国(upper middle-income country)に格上げされ、これは一人当たり国民総所得GNIが2019年には4,050ドルに上昇し、2018年の3,840ドルから上位中間所得である4,046ドル~12,535ドルの国に収まるようになり、過去数年にわたってGDP成長率を平均5%前後に維持してきたことが評価された結果であり、インドネシア経済に対する外国投資の信頼が強化されることに繋がります。

インドネシアは、過去15年間で貧困率が10%を下回り、中産階級人口は7%から20%に増加し5,200万人に達すると報告されていますが、人口の45%の1億1500万人が貧困から脱出したものの、まだ完全な経済的安全を保障されていない中産階級予備軍と見なされており、政府は引き続き国際競争力を高め、産業能力を向上させ、経常収支赤字を削減するための構造改革を推進する必要があります。

2019年の日本の出生率は1.36であるのに比べて、インドネシアは2.3と高い水準を維持しており、10年後の2030年にはGDPで日本を追い抜くとも言われていることは仕方のないことかもしれませんが、日本人が心の奥で思っている「経済的には落ちても世界で最も安全で環境がよく暮らしやすい国が日本だ」というQOL(生活の質)の面で優っているという自負までも、上の駐在員のランキングを見る限りでは認識を改めなくてはならない時期に来ており、インドネシアに長く住み事業を行う身としては複雑な気持ちになります。

インドネシアは1999年以降、四半期ベースのGDP成長率で初のマイナス

2020年、コロナ禍により各州政府が実施した行動制限や企業活動の縮小の影響で消費や投資が減少し、インドネシアは1999年以降、四半期ベースで初めてのマイナス成長を記録し、これはスリ財務大臣(Sri Mulyani)が事前に予測していたマイナス5.08%を上回るマイナス幅でした。

2020年第四半期GDP成長率は前年比5.32%マイナス、コロナによる移動制限が最大の原因。
景気対策として6、7月と政策金利を下げたので今は低金利。
一方で通貨危機時はドルとの固定相場維持のための高金利政策、更にIMFに高金利を約束させられた結果、定期は年利30%以上というとんでもない水準だった。

インドネシアの不景気の話になると1998年の通貨危機を起点とする不景気と比較されますが、当時はヘッジファンドの空売り(現物なしの売り契約を入れること)でインドネシアの外貨準備が底をつき、ルピア相場暴落に繋がったことが起点であり、今回は通貨も金利も比較的安定している中での経済活動の一時的停止に伴う不景気ですので、教科書どおりの中央銀行による金利を下げる景気浮揚策や、移動制限による影響が大きかった旅行産業や運輸産業を支援するためのキャンペーンなどが実施されていくことになります。

ベトナムとインドネシアの投資環境

中部ジャワのBatang

2003年のSARS、2005年の鳥インフルエンザ、2009年の豚インフルエンザ、そして2020年の新型コロナウィルス、最近ではブニヤウィルスで7人死亡というニュースが流れており、わけのわからないウィルスを次から次への発生させるわ、インドネシア人船員遺体を海中投棄するわ、ガラパゴス島沖ではフカヒレ狙いの漁業船団が押し寄せるわ、Black Lived Matterに乗じたデモの暴徒化を中国領事館が扇動するわ、アメリカや日本に得体の知れない種を送り付けるわ、これだけ世界中を騒がせればさすがに産業の脱中国化の動きは加速せざるを得ないわけで、各国の製造業が移転先としてインドネシア、タイ、ベトナムなどを検討しています。

今後の発展性を考えると最大のライバルはベトナムになることが予想されますが、ベトナムはマレー半島にあり近隣国へのアクセスが容易という地の利に加えて、ベトナム北部は中国の王朝の支配を受けることが長かった影響で、漢字や儒教などの中国文化圏に属するわけで、これにインドネシアが勝つにはそれ以上の投資環境の魅力をアピールする必要があります。

ベトナムの案件に関わる中で分かったことは、オフショア開発拠点として発展した経緯があるため、優秀なベトナム人技術者の数は多く日系IT企業も多く進出していますが、製造業の拠点としての歴史はインドネシアのほうが長いため、製造業システムの技術者の質と数はインドネシアのほうが圧倒的に上です。
製造業の脱中国の受け皿としてベトナムが選ばれてインドネシアがパスされるのは賃金割高、土地割高、投資手続が複雑という3つの理由から。インドネシアも中部ジャワのBatangに工業団地造ったりオムニバス法で投資しやすくなるよう努力はしているようですが。

2020年のインドネシアの平均土地価格である1平米あたりRp. 317万は、タイのRp. 303万、ベトナムのRp. 127万に比べてはるかに割高であり、賃金水準もタイとほぼ同じであるもののベトナムよりもはるかに割高であるため、誘致競争に勝つために各国ともに土地と最低賃金が安い地方県に、工業団地を整備する動きは共通しています。

在アジア日系製造業の作業員・月額基本給(Jetroより)

インドネシア政府は労務コストや土地価格の割安感が、海外企業にとって魅力ある投資環境の重要な要素であると考え、誘致先の最重要候補地として中部ジャワのBatang工業団地を推薦していますが、地図上で見ると国際貿易港であるスマランに近く、メーキングインドネシア4.0の中で提示されている北部ジャワ自動車産業ベルト構想の重要な拠点になる予定です。

投資家にとってインドネシアの最大の魅力は「今後も成長が続く分厚い国内消費市場」であることは間違いないと思いますが、2019年のベトナムの人口も9,621万人と一億人に迫る勢いで、既に巨大な国内市場を形成しつつあり、海外投資の誘致競争においてもインドネシアは内需頼みではいられない状況になっています。