インドネシアの経済高度化とブローカー文化の変遷

2021/08/16

インドネシアのブローカー

産業の高度化のプロセスとは、付加価値を生まないブローカー的機能をIT技術に置き換え、より大きな付加価値を生み出す社会を築くことです。この過程で、経済活動のチェーンに入り損ねた人々を切り捨てるのではなく、救済する共生社会を目指すことが重要だと考えます。

インドネシアの政治・経済・社会の成長構造と戦略を示す図解

インドネシアはなぜ発展するのか?政治・経済・社会を支える構造と成長戦略

スカルノ大統領時代は共産主義政策が推進され、西側諸国からの投資が減少しました。スハルト大統領は西側諸国との関係を強化し、工業化を進めましたが、石油依存から脱却できませんでした。1998年のアジア通貨危機後、インドネシアは民主主義国家と…

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この記事でわかること

  • インドネシアでは、ブローカー的なビジネスが一般的で、calo(チャロ)と呼ばれます。
  • 2020年に可決されたオムニバス法案は、付加価値産業の育成を目指し、労働条件を緩和しました。
  • インドネシアの川下化戦略は、原料輸出を止めて国内で加工し、付加価値を付けることを目指しています。
  • 1997年頃のインドネシアでは、KKN(汚職、談合、縁故主義)が日常的に話題に上がっていました。
  • トヨタ生産方式は、ジャストインタイムの生産を基本とし、在庫コストを下請けメーカーに負担させています。

インドネシアでよくある「怪しいビジネス話」に注意

2021年当時、旧知のインドネシア人から「話があるから」と呼び出され、嫌な予感がしながらも話を聞いてみると、案の定怪しいビジネス案件を持ちかけられました。

時節柄、インドネシア人からコラボ話をいただくことが多く、最初に立派な会社案内を見せられ、大きなお金の単位と政府機関とのコネの話が出てきた時点で眉に唾がつきます。商品が何かだけ分かれば1個当たりの儲け、何個売れば回収できるかはこっちで勝手に計算するので、相手の武勇伝はスルーします。

輝かしい実績満載の会社案内は、どうやら前職の会社の時のものらしく、彼自身は政府や民間企業のニーズを取りまとめ、効率よく割り振っていくのが仕事で、営業会社を経営していると言われれば聞こえがいいですが、要は「ブローカー」「せどり師」のことで、インドネシア語でcalo(チャロ)と呼ばれます。

以前は駅や自動車試験場などにチャロがたくさん居ましたが、発券や更新の手続きのシステム化により禁止されました。

「インドネシア人はすぐにブローカーになりたがる」というのは昔の友人が言ったセリフで、私の周りのインドネシア人の中にも、友達とか兄弟、親戚(saudara)のコネを使ってビジネスをしているという人が居ますが、内容は右から左へ横流しする過程で中抜きするブローカー的な話ばかりです。

確かにインドネシアは血縁社会で、saudaraが指す範囲が異常に広いため、紹介されたsaudaraについて詳しく聞いてみたらほぼ他人だろ、と突っ込みたくなるケースが多々ありますが、普通に考えてビジネスに使える有力なコネを持っている人間がそこら中に居るとは考え難いのです。

今スバン県が熱い!都市開発関係の日本人が一杯だ、スバン県にはコネがあるから何でも俺に相談しろ、とスバン県在住のスンダ人に言われたので、俺日本の福岡出身でブカシ在住で仕事しているけど福岡にもブカシにもコネなんか一つもないよと遠まわしに皮肉を言ったがたぶん伝わってないと思う。

昔バリ島でアロワナ愛好者の会で集まったバリ人メンバーの3割近くが中古車販売のブローカーだったときは驚きでしたが、もしかすると本当に有力なコネを持っている人間にとっては、元手なしの電話一本でお金儲けできる商売なのかもしれません。

経済活動の中で卸売業や小売業は、生産者と消費者との間に入って、生産者が継続的に生産のための投資ができるように、消費者が購入する前に生産者にお金を払うことで、生産者にとっての売れ残りのリスクを吸収してあげる金融機能を担っていますが、中間業者の数が多いほど経済活動は複雑になり、消費者が負担するコストは増えることになります。

ブローカーが生み出す付加価値とは、消費者が欲しい商品を探すために要する時間コストを削減する調達機能と言えるのかもしれませんが、本来ならより安く商品を買いたい消費者がブローカーに支払うコミッションは、より商品を探しやすい効率的な社会であれば、本来払う必要のなかった機会損失とも言えるわけです。

付加価値を積み上げる経済活動の基本形

インドネシアでは2021年7月から始まった緊急活動制限(PPKM Darurat)とレベル4社会活動制限(PPKM Level-4)により、消費者の物理的な移動が制限され、消費支出が減少しました。製造業では消費者市場からの需要減少に加え、出社人数制限により生産が落ち込み、特に二輪四輪部品市場を中心に停滞が顕著です。

WFHで自宅で過ごす時間が長くなった消費者は、TokopediaやShopeeなどオンラインマーケットプレイスで買い物し、GoFoodやGrabFoodなどのオンラインデリバリーで食事を調達するようになりました。これにより消費行動が非接触型のオンライン中心にシフトし、多くの実店舗がオンラインに参入しました。インドネシアのB2C(企業個人間取引)とD2C(消費者直接取引)市場は群雄割拠の様相を呈しています。

コロナ禍ではマスク着用や公共場所への入館時の検温、物理的距離の維持、パーティションの設置など、生活様式が大きく変化しました。消費者と生産者がインターネットを通じて直接取引し、消費者が生産者となって食べ物を販売するなど、オンライン上にモノと食べ物が溢れた時代として記憶されるでしょう。

市場にモノと食べ物が溢れたことで消費者が飽きっぽくなると、市場に溢れる製品のライフサイクルは短くなります。日進月歩で変化する消費者の需要に応えるために次々と新しい製品が市場に出てきますが、一般的にはサプライチェーン上の川下側である消費市場の需要変動の振れ幅は、川上である製造側に行くほど波及効果が大きくなります。

無駄な在庫を一切持たないことで世界的に有名なジャストインタイムの生産を基本とするトヨタ生産方式ですら、部品を供給する側の下請けメーカーの在庫コストや、遅納が許されない運送業者の負担の上に成立しています。

事例:ムチがしなるように需要変動の振れ幅が先端に行くほど大きくなる現象をブルウィップ効果と言います。製造側では製品ライフサイクルの短命化に合わせて製造ロットが細分化され、製造業を顧客とする材料やスペアパーツのサプライヤーは多品種少量生産に合わせて、多頻度少量ロットの納品を要求されます。

要点:サプライチェーン上の川上から川下へと付加価値を積み上げながらモノや情報が流れていく様子を経済活動とすれば、経済活動の安定は川上で水が溢れないように懸命に努力する人々の苦労の上に成立しています。

インドネシアが進める「川下化(Hilirisasi)」と付加価値産業の育成戦略

2019年に第二次ジョコウィ政権が始まってから、「hilirisasi(川下化)」というインドネシア語が頻繁に耳にされるようになりました。これは、原料輸出を止めて国内で加工し、付加価値を付けることで最終製品の製造・販売を行う川下産業を育成し、経済活動の付加価値化を目指すという戦略です。

ジョコウィ大統領

メーキングインドネシア4.0: 技術集約型経済への転換

メーキングインドネシア4.0は2018年にジョコウィ大統領が発表した国家戦略です。この戦略は経済成長率を5%から6~7%に引き上げることを目指します。製造業GDP寄与率を2030年までに25%にすることを目標としています。

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2020年10月にDPR(国民議会)で可決されたオムニバス法案(UU Cipta Kerja=雇用創出法)は、付加価値産業を国内に育成するために、海外直接投資を阻害する要因だった労働者の権利重視の雇用条件を緩和する法律です。この法改正は、国内で付加価値を付けて経済活動を高度化するためのものでしたが、労働者にとっては改悪とされ、連日のように過激なデモが発生しました。

労働組合のデモはイスラム団体と結びつき先鋭化しやすい。

私がインドネシアに来た1997年頃、Korupsi(汚職)、Kolusi(談合)、Nepotisme(縁故主義)の頭文字をとったKKN(カー・カー・エヌ)という言葉が日常生活で頻繁に話題に上がり、政治経済の中に不正が蔓延るのは仕方がないといった雰囲気がありました。しかし、スハルト長期政権が崩壊し、2003年には汚職撲滅委員会(KPK)が発足し、汚職摘発のニュースがテレビで放映されるようになると、国民の意識は明らかに変わっていきました。

インドネシア独立記念塔

インドネシアのKKNと不動産取引の透明化

KKNはスハルト政権時代に日常化した汚職、談合、縁故主義を指します。不動産取引では、コミッションとマークアップの違いを理解することが重要です。SAMSATでの手続き代行エージェントのマークアップは違法ではありませんが、謝礼は汚職に該当…

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経済活動の中でブローカー的行為が調達機能を果たすことで、モノと金の循環を活性化する面もありますが、インドネシアの歴史的経緯としてブローカー行為がKKNとセットで語られることが多く、本来であれば中間業者が少なくて済む経済基盤が理想です。

産業の高度化のプロセスとは、付加価値を生まないブローカー的機能をIT技術に置き換え、より大きな付加価値を生み出す社会を築き上げていく過程です。経済活動のチェーンに入り損ねた人々を切り捨てるのではなく、救済する共生社会を目指すことが重要だと考えます。