インドネシアでメイドを雇うという文化

2015/10/14

インドネシア

GO-CLEANやGO-MARTなどスマホからオンライン上で掃除や買い物を格安で頼めるサービスが普及していること、情報のフラット化で田舎の女の子がメイドさんよりももっと都会の洗練された仕事に就きたいと考えるようになったことから、メイドへのなり手自体の絶対数が少なくなりつつあります。

カキリマ

インドネシアの生活

ネットで何でも情報は収集できる時代ですが、他人からの情報は基本的に点でしかなく、点と点を繋げることは自分の頭の中でしかできません。また新しいアイデアを生み出したり複雑なことを考えるためには、過去の経験に基づく知識が頭に記憶されている必要があります。

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インドネシアではメイドさん雇うのがあたりまえ

先日ある単身赴任のお客さんと話していたとき、昼飯は自宅から弁当持参されていると聞いて思わず「えっ、早起きして作っているんですか?」と聞いてしまったのですが、「メイドに作らせているに決まっているじゃないですか」と言われて思わずハッとしました。

インドネシアですからメイド(Pembantu)を雇うのはいたって普通なんですが、自分が最後にメイドを雇ったのが10年以上前なので、そういうシステムがあること自体ぱっと思い浮かばなかったくらいです。

今はアパート暮らしなので掃除面積も狭いし、嫁と2人だから炊事洗濯もたいしたことないし、唯一の重労働だったアイロン掛けもランドリーのサービスに組み込まれているのでメイドを雇う必要性が皆無です。

GoFoodやGoCleanなどのスマホアプリサービスの発展により、アイロン代行、掃除代行、害虫駆除代行、ケータリングサービスなど、あらゆる家事がプロダクト化されてしまった今では、メイドの絶対数自体も10年前に比べて圧倒的に減っているんじゃないでしょうか。

そもそも携帯とスマホの普及で情報がフラット化された現在、10代の若い女の子がメイドになりたがる訳はなく、ジャワの田舎からジャカルタに出て来て仕事探すとしたら、まずはショップのSPG(Sales Promotion Girl)とかでしょう。

昔はジャカルタに駐在で来た外国人がメイドとイケナイ関係になるという話しもザラにありましたが、今はそういうゴシップネタすらほとんど聞かなくなりました。これは単身赴任者がメイドを雇う必要性がないほど、今は外部委託サービスが充実しているということだと思います。

メイドさんの思い出

以前バリ島で大きな家に大型犬4匹と住んでいたときは、さすがにメイドなしでは厳しいものがあり、雇ってはクビにし、また雇っては失踪されたりを繰り返しながら、長くて半年短くて2日という定着の悪さ。いろんなメイドを雇いましたが、金は盗まれるわ、商品はパクられるわ、さんざんな目に会い、肉体的疲労よりも精神的疲労で参りました。

仕入先への支払いのために鍵付きの引き出しに入れていた7jutaほどをそっくりそのまま持っていかれドロンされたときの衝撃、メイドを恨む気持ちが8割、自分のアホさを嘆く気持ちが2割、今思い出してもやりきれない脱力感を感じます。

あまりにも使えないメイドに嫁がクビを言い渡した数時間後、旦那にお礼参りよろしく殴りこみをかけられ、近所中大騒ぎになったこともあります。運悪く僕はウブドゥで仕事しており、嫁さんの携帯ごしの悲壮な声。

  • いま%#&$の旦那が玄関の鍵を壊そうとしている、助けてー

この後のデンパサールの自宅まで猛スピードで帰宅するまでの時間が長かったこと。

そして次のメイドは初対面の朝、朝食を食べていないということで、仕事始めるどころかいきなり棚を開けて食料を物色しだしたツワモノ。会って早々雇い主の家の引き出しからIndoMieの袋を探し出し、いきなり茹ではじめたときには何て軽率なヤツだと思いながらもたくましささえ感じてしまいました。

ジャムゥ売りのおばちゃん

最近はジャムゥ売りのおばちゃんを見かけることも少なくなりました。

メイドのいない期間のモップがけとか草刈とかの重労働は僕の仕事になりますので、ただでさえ朝のルーティーンワークとして犬の餌やり、糞の始末、水槽の水替えとかがあるのに、これに床のモップがけが加わると、腰と腕が疲れて午前中だけでヘロヘロになります。

それでも毎日頑張っていたモップがけが3日に1度になり、そのうち1週間に1度になり、終いには上半期下半期になり、自宅床は犬の毛玉だらけという悲惨な状態になりました。

だいたい掃除が億劫になる根本の要因は「今日掃除しても3日で同じ状態に戻るから」というようなことなんですが、これを考えはじめると掃除も苦痛でしかなくなります。

20年後くらいにインドネシア人の間でもメイドを雇うという文化は「そういえば子供の頃、実家にメイドっていたよねぇ」とか過去の文化遺産みたいな思い出話しになってしまっているかもしれません。

都会のジャムゥ(インドネシアの民間薬)の行商人おばさんがまさにそうなりつつあるのは寂しい限りです。