インドネシアは過去10年で大きく経済発展を遂げたとはいえ、日系企業進出数が1489社、うち製造業数は871社とB2B市場を形成するには少なく、中国やタイなどもそれ以上のスピードで発展したため、企業内での海外拠点としての重要度は相対的に変わっておらず、現地決済できる予算も大きく取れないという事情があります。
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インドネシアのビジネス
インドネシア市場でのビジネスで重要な要素は価格とブランド、コネの3つと言われますが、必ずしもこれらを持ち合わせない日本人はどのように戦えばよいのか。これはインドネシアに関わり合いを持って仕事をする人にとっての共通の問題意識かと思います。
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中国やタイでの成功パターンがインドネシア市場で通用しない事例
日本で多くの販売実績を誇る製造業向けソリューション製品があり、この製品は過去の実績から見て、1人当たりGDPが5,000ドルを超えた国で売れはじめるという法則があります。
アジアで日系製造業が比較的多く進出している国々の2019年の一人当たりGDPは、マレーシアが11,414ドル、中国が10,261ドル、タイが7,806、インドネシアが4,135ドル、ベトナムが2,715ドルとなっており、上記法則に基けばマレーシア、中国、タイはある程度の売上が見込まれる市場と言えるわけです。
これまで中国とタイで売上を伸ばし、アジアの販売拠点の足固めに成功したことで「営業の神様」と称えられるまでになった凄腕営業マンが、次のターゲットとして2億7千3百万人という世界第4位の人口を持ち、1人当たりGDPが4,000ドル超えを達成し、5年以内に5,000ドルを越えると言われるインドネシアに駐在員として派遣されたのは自然な成り行きでした。
インドネシア市場で事業展開する上で受ける外的影響
政治的要因
・2030年までの経済成長率を現在の5%から6~7%押し上げ、製造業GDP寄与率を現在の16%から25%に押し上げることを目標とした具体的な取り組みであるメーキングインドネシア4.0を推進。
・オムニバス法により労働法改正・法人税減税・事業許認可の簡素化。
・新型コロナウィルス感染拡大を押さえられない政府への不満
・アチェ州、パプア州、南マルク州など分離独立問題への対応
・ナトゥナ諸島近海EEZでの中国との領海問題
経済的要因
・株価・ルピア相場ともに近年安定。
・一人あたりGDPが4,135ドルで今後も上昇が見込まれる。世界銀行の定義で下位中間所得国から上位中間所得国へ格上げ。
・チャイナリスクを嫌う脱中国化による海外投資の受け皿としての役割。
・世界経済の約3分の1をカバーする国々との貿易協定を締結済
・北部ジャワ自動車産業ベルト構想、ニッケル精錬・加工によりEV用バッテリー生産拠点化。
・低い生産性と付加価値産業の少なさ
・一般家庭電力供給量が小さい
社会的要因
・多民族・多宗教の人々が織りなす行動様式や思考様式の複雑さ
・東南アジア最大の麻薬汚染国
・イスラム過激派によるテロ活動
・行政から民間まで根強く残る汚職
・コロナ禍による移動制限がもたらす貧困率と犯罪率の増加
・温暖化による海面上昇と地下水汲み上げ過ぎによる地盤沈下がもたらす洪水
・年間100兆ルピアにのぼるジャボデタベックの渋滞による経済損失
技術的要因
・ネットワークインフラ整備によりインターネット環境が向上。
・スマホでの電子マネーを使ったEC決済の普及、中小零細企業のデジタルプラットフォーム上での展開により消費拡大と雇用創出、地域間格差の是正。
中国の日系企業数は13,646社(2020年)うち製造業が5,559社と業種別で1位、タイの日系企業数は5,856社(2021年)うち製造業が2,334社と業種別で1位、これら二国に比べると大分見劣りするとはいえ、インドネシアの日系企業数は1,489社(2020年)うち製造業が871社あり、2030年まで人口ボーナス(15~64歳の生産年齢人口が、0~14歳と65歳以上の従属人口の2倍以上ある状態)が続くと言われる巨大市場は大きな魅力です。
ちなみにマレーシアの日系企業数は1,385社(2018年)うち製造業は691社と一人当たりGDPが高いとはいえ、人件費その他コストの問題、国内市場の規模、地政学的問題等で、日系製造業の東南アジア拠点としては、あまり適していないと判断されてきたものと考えられます。
さて、ジャカルタに赴任して早々に凄腕営業マンは、コールセンターからのテレアポにもとづく客先訪問という、中国やタイで実践した成功パターンをインドネシアでも踏襲し、毎日のようにLRT工事や高速道路高架化工事の渋滞の中、現地代理店の営業担当者と一緒に片道数時間かけて、ジャカルタの東に連なるチビトゥン、チカラン、カラワン、チカンペックなどの工業団地の日系企業を訪問しました。
しかしながら中国やタイで感じた手応えが、何故かインドネシアでは感じられない。
半年ほど経ったときのインドネシア市場での営業活動の感想として雲をつかむような得体の知れない感覚だと語っておられたのが印象的でした。
インドネシアのB2B市場が難しい理由
日本はもちろん中国やタイでの製品の評判は十分に高い、しかもインドネシア市場において製品には競合製品が皆無である、それにもかかわらず日系企業からの反応が芳しくない理由として以下の3つが考えられました。
- 中国やタイの売り方がインドネシアでは通用しない。
- 製品の機能や価格帯がインドネシア市場に合っていない。
- そもそもソリューション自体がインドネシア市場で必要とされていない。
あらためてインドネシア市場の中における自社が、顧客と競合とどのように関係し合いながら存在しているかをリスト化してみると、赤文字部分がそれぞれの立場の中でマイナスに働く要素となっており、中でもこの製品に対して影響が大きいのは価格の問題であると推測されます。
顧客(市場)
・日系企業数1,489社(2020年)うち製造業が871社。
・IT投資に関する現法決済権の拡大・予算の増加。
・国内市場の拡大・投資環境整備により日系企業の投資増加が期待される。
・東南アジアの日系製造業がIT投資に出せる金額は300万円が限度(コールセンターを使った独自調査結果)
・ローカル・中国企業の存在感が高まり益々厳しい競争。
競合
・なし。
・競合がないということは、製品機能や価格が市場に合っていない、製品が解決できると謳う問題が当地では大きな問題になっていない可能性がある。
・環境が整えば競合の参入の可能性あり。
自社
・製品の評価は日本でも海外でも高い。
・販促予算も十分ある。
・営業的にも技術的にもリソースは十分確保できる。
・ニッチな製品であるため相対的な価格比較が難しい(高いと言われる)。
つまり在インドネシア日系製造業の間で、このソリューション自体に大きな予算を組むほどの価値が認知されていないというのが売れない理由の一つであるという推論が立てられます。
また成功例である中国とタイに比べてインドネシアの弱い部分は、日系企業の数が少なく現法決裁権も小さい点であることが明らかですが、これら2つの問題は製品に限らず、日本のサービスプロバイダーがインドネシアでサービス展開する上で直面する、共通の問題と言えるのではないでしょうか?
ところで中国やタイに比べて予算が少ない、決済権が小さい、日系企業の数が少ないという話は、今になって出てきたものではなく、10年以上前から言われてきた問題がそのまま変わらず存在しているというだけの話であり、問題解決のための具体的な戦略と施策に目新しいものはなく、今後もインドネシアでのB2Bビジネスは難しい状況が続くのではないかと考えています。
- ソリューションの中身を正しく認知させる。
⇒セミナー・サービスサイトでの情報発信 - 価格を市場に合わせる。
⇒特別価格設定・月額払いのサブスク制導入 - アドオンなどの機能を追加し価格に見合うまで付加価値を高める。
⇒パッケージ化 - 日系企業が増えて現法決済権が強くなるくらい市場が成熟するまで待つ。
ローカル企業を相手としたB2Bビジネスは、短期間で確立することは難しいため、まずは日系企業をターゲットとしたサービス展開を検討するのは仕方のないところですが、将来日系企業のIT投資条件が改善されたことにより製品が売れ始めるようになると、必然的にベンチマークした競合製品が参入してくることが予測されます。
B2Bマーケティングの難しさ
営業活動を売上という明確な目標を掲げた対顧客の一連の活動と定義するならば、マーケティングは市場への新規参入時の競合企業のベンチマーク調査や業務提携パートナーを探す際の信用調査、その市場自体の全体像を把握するための市場調査など、対市場(マーケット)の一連の活動であると定義されます。
マーケティング活動では、市場に間接的に影響を及ぼす外的要因や、市場における自社の立ち位置を分析する必要があるわけですが、インドネシア市場の場合にも独特の行政ルールと商慣行、多宗教や多民族間での行動様式・思考様式の相違に関する理解が必要となります。
歴史的に見て日系製造業の東南アジアにおける生産拠点、販売拠点としてタイが選ばれてきた理由は、国内市場のみならず陸続きのベトナム、カンボジア、マレーシア、シンガポールなどのインドシナ半島全体を市場と見なすことができたからでした。
そして中国を中心に海外展開していた製造業の間で、2010年の尖閣諸島での中国漁船衝突事件、2012年以降の大規模反日デモ、近年の米中貿易摩擦に伴うアメリカの中国産製品に対する関税引き上げなど、一連のチャイナリスクによって脱中国化の動きが出ていますが、その受け皿となるべく海外投資誘致に積極的なインドネシアの一番のライバルはベトナムです。
イスラム教がインドネシアにおける製造業ソリューション製品のマーケティング活動にどのように影響しているかは想像しにくいのですが、中国とタイで実績を残した「営業の神様」にここまで言わせるほど、インドネシアB2B市場は伏魔殿のような存在なのかもしれません。