バリ島会社設立・解散日記

バリ島生活

バリ島会社設立・解散日記 【仕事に明け暮れたバリ島生活】


インドネシアでローカル会社を設立する場合、2名のインドネシア人役員が必要ですが、バリ島の場合はそのうちの一人がバリ人である必要がある必要があります。

日本で有限会社がなくなり1円から実質オーナー会社としての株式会社が設立可能になったのと同じように、インドネシアでもローカルCVがなくなりローカルPTのみ設立可能になりました。

インターネット環境

インドネシアで外国人が長期滞在するためには現地の法人のスポンサーが必要です。スポンサーがなければ自分で作るしかありません。

CV. DARIBALI NUSANTARAはインドネシア資本有限会社(CV)という形で社長はうちの嫁さんです。コスト的に最も割安な会社形態です。

さて会社の窓口であるホームページは日本のお客様と仕事をしていく上で重要視していました。前の会社でもほとんどの仕事はホームページを通じていただいたものです。

先日頻繁にダウンすることで有名なホスティング会社などと書いてしまいましたが、インドサイトには昔の勤め先の会社のサイトや個人のサイトなどを通じてかれこれ7年ほどお世話になっております。ダウンしてもメールでクレームを送ればシカトされることもなく早いときは即日、遅いときは1週間以内に対応してくれる未だに評価の難しい会社です。ただ日本と違ってインドネシアにはホスティング専門会社ってほとんどなく老舗の安心感というのはあります。

  • Basic Linux 500MB Rp. 1,100,000/年(税金10%込み)
  • Domain "balibee.com" Rp. 88,000/年(税金10%込み)

要はこのサイトを運営する固定費は年間Rp. 1,188,000になります。500MBというスペースを考えると日本で借りるよりも多少安いかもしれません。

最近はバリ島内にもホスティングサービス会社が出来ていますが、インドネシア国内回線事情を考慮に入れると日本からのアクセスを前提としたサイトの場合、やはりジャワ島の大都市のサーバーを利用したほうが気休め程度安心できるかもしれません。

  • Indosite(Web Hosting Provider)
    Graha Pratama BLD 6th, Jl, M.T. Haryono Kav. 15 Jakarta 12810
    Tel : 021-83793839
    Fax : 021-83793840

会社のホームページ開設にあたりインターネット環境を一新しました。そう、あのぼったくりで悪名高いTelkom Flexiでのダイアルアップ接続をやめてGlobalxtremというプロバイダーに加入しました。自宅の避雷針に取り付けたアンテナからルーターを経由してUTPケーブルでPCに繋ぎます。

(今回加入したサービスのスペック)

  • Set up Fee Rp. @Rp. 2,500,000
  • 接続スピード 32Kbps
  • Basic 100 hours Rp. 480,000/月
  • Overtime Rp. 6,420/時間
  • Max 2.5GB/月 add Rp.250/時間

要約すると「初期費用2.5jutaで月々48万ルピアの固定料金だが、月100時間越えたら一時間ごとに6,420ルピア追加料金かかりますよ、また月データ転送量が2.5ギガ超えたら1Mごとに250ルピア追加しますよ」というものです。

接続スピードは32Kbpsとダイアルアップと変わらないけどFlexiよりも体感速度は速いです。何と言ってもFlexiには毎月月初の支払いで泣かされてきました(今月1.7juta先月2.2juta)のでネット接続中の精神的負担が革命的に軽くなりました。

なにせここ最近の嫁さんとの喧嘩の原因はネットばかりでしたから。。。「お前使いすぎじゃ~、いくら請求されるかわからんだろうが~」みたいなの。

バリ島会社設立

天井の穴から屋根裏に上がります。私も屋根裏は大好きで思わずついていきたくなります。

バリ島会社解散

瓦を2個ほどずらして屋根の上に上がります。高いとこ苦手の私は下の景色が見えてしまうとダメなんですよね。

 

バリ島会社設立2

イマココ

バリ島会社設立日記

ノートPCで接続テストやってます。アンテナの向きを少しずつずらしながらベストな電波状態を探ります。デンパサールではなくサヌールのチェックポイントのほうが電波が良く1時間ほどかかって完了


おまけ2階から屋根上にケーブルを這わせる作業中、石のブロックが瓦を伝って落下。運悪く真下に私の軽自動車あり。

バリ島で会社設立手続き

まずバリ島で会社を作って移住するというのは結構簡単です。なぜなら当地には会社設立の手続きやビザの取得や各種政府機関への届け出など、いっさいがっさいの面倒な仕事を引き受けてくれる代理業者がうじゃうじゃいるからです。ただ設立時の最大の問題は名義をどうするかということに尽きると思います。

PMA(外国資本会社)の場合は役員は外国人である自分でもなることができますが、日本からバリ島に来て日本人を探して「一緒に会社をやりましょう」というケースは稀ではないでしょうか?

普通は「バリ島に移住しよう」と一大決心をするときは一人っきりの場合が多いと思います。バリに来ました、会社を設立したいと当地の代理業者に相談しました、ところが会社には「役員が必要なので探して来い」と冷たく言い放たれるのが普通だと思います。

ちなみに今年(2007年)から会社法が変わりPMA(外国資本株式外車)とPT(インドネシア資本株式会社)の垣根がなくなったようなので、そのあたりの事情は代理業者にちゃんと確認したほうが良いと思います。

私の場合は嫁さんがインドネシア人なので、自然の流れとして彼女が社長になり、もう一人の役員である相談役を誰にしようか・・・・というところで悩むことになります。

ちなみに会社形態はCV(インドネシア資本有限会社)です。ただこれも会社法の変更によりCVでは外国人を雇うことができなくなったようなので確認要です。大雑把な話で申し訳ないです。

ところで代理業者(エージェント)ですが、やはり大手で実績のあるところを選ぶほうが安心だと思います。エージェントは各種政府機関にコネもしくは友人関係を持つ実働部隊を抱えており、彼らは外国人がイミグレでサインや指紋押捺するときなどに付き添うコーディネーターとなります。

つまりこれらの実働部隊の質と量がエージェントの優劣に大きく影響してくると思います。なんせバリ島はコネとコミッションの世界ですから・・・・・。

最初に結構簡単なんて書いた割りにはごちゃごちゃした内容になってきましたが、実際にバリ島で会社を設立するには簡単なものほど困難が伴うという禅問答のような世界が広がっています。

さて、突然ですが監査役(コミサリス)を誰にしようかなーーー、と悩んでいても話が進まないので、強引ですがデンパサールの借家のオーナーさんにお願いしちゃいました。

「お願いしちゃいました」などと書いていますが、一般的にはココが一番危険なところで安易に他人を会社の役員に据えることはやめたほうがいいと思います。

私の場合は幸運にもこの人から何かしらの要求を受けたり、会社乗っ取りの企てをされたりすることはありませんでしたが、バリ島ではこの手の安易な役員選定のために起こった悪い噂をよく耳にします。

要は「今はいい人でも明日もいい人とは限らない」という言葉を肝に銘じよ、ということ。ちなみに役員のサインは会社設立時にも解散時にも必要になりますので、以後連絡がつかなくなる人物を勧誘するのはやめましょう。

役員がそろえば後は簡単、エージェントと一緒にノタリス(公証人?行政書士?)に行って書類を作ってもらいます。このあたりは エージェントがキチンと段取りしてくれますので問題ないでしょう。

会社が正式に発足すれば外国人である私の滞在許可、労働許可、などなどの手続きが可能になります。要は会社を設立するということは外国人のスポンサーができるということです。

前にも書きましたがバリ島での会社設立のポイントは役員の名義、これに尽きると思います。会社作って滞在許可(KITAS)をとれば、とりあえずは1年間は放っておいても猶予期間としてお咎めはありません。

さて、会社を設立して1年間は猶予期間として税務処理の面でもあまりうるさく言われないというエージェントのアドバイスに従い、うちも1年間は放ったらかしにしていました。

ただできれば最初から会計の経験のある従業員を雇うなり、コンサルタントを雇うなりしたほうがいいと思います。当地で外国人が生活する上で、形式上だけでも定められた規則にきちんと従ってますよ、と体裁を整えておくことは非常に重要だと思います。

規則を守れといいながら、そういえば私自身も車の免許が切れて3ヶ月ほど放ったらかしにしています。路上で検問に引っかかると間違いなく罰金というか袖の下を要求されるので早めに済ませたほうがいいのですが、いかんせん家から交通警察所が遠くて遠くて、、、、実際こんな私に「規則を守れ」、なんて言う資格はまったくありません。

バリ島で会社解散手続き

会社は作ったらちゃんと壊しましょう。外国人が働いている会社を税務署がそのまま放っておくはずがありません。下手すると追徴課税とられますので、会社を作ったときのエージェントに解散したい旨、相談しましょう。

手続きに必要なのは会社設立時の書類(AKTAとかSIUPとか)と社長と相談役のKTPのコピーで、作ったときと同じようにノタリスに行ってサインをします。

相談役をその辺に偶然居たインドネシア人に依頼したために、連絡がつかなかったり、サインするから金くれ、とか言われたりするという話も聞いたことがありますので、設立時の名義人は最後まで重要なポイントになります。

ちなみにCV(100%インドネシア資本有限会社)の場合、正式に解散手続きをとるのに500万ルピアかかりました。また解散手続きが済んだら、新聞に「弊社は何月何日に正式に解散しました」といった告知を出さなければいけないそうですが、私はやっていません。





おすすめ記事一覧

大統領選挙で考えたギャップにハマるということ 1

ギャップにキュンとするというのは人間の本能みたいなもので、ジョコウィの私利私欲のない素朴なおじさん像と、その実強力なリーダーシップを発揮する実務派という内面が、一見普通の人だが実はスゴイというギャップ好きのインドネシア人に大ウケして、大衆は一種の集団催眠状態にあるようです。

情報の質のレベル 2

見える化された結果を共有化することで問題点が共通認識されますが、共有化が進むことで情報の持つ希少価値が薄れて困る人間がいる場合、有益な情報を独占することでポジションを高めようという政治力が働きます。

インドネシアのスタバの店員にありがたい人生の教訓を教わった件 3

いつものスタバでいつものアイスコーヒーを注文していると、だいたいなじみの店員が「今日は珍しい時間に来たねー」とか「今日もいつものアイスでいいのかなー」とか馴れ馴れしくフレンドリーに話しかけてきます。

宗教によって異なる「死んだらどうなる」の考え方 4

キリスト教もイスラム教もともにユダヤ教から派生した宗教であり、それぞれイエス・キリスト(本人が神)またはアッラーという唯一無二の神を信じます。

株価操作なんてインドネシア株では当たり前 5

株価は売り注文と買い注文により変動し、大量の売り注文を買う注文がたくさん入れば、他の投資家達は「俺も俺も」と続くことで株価が上がります。

心臓に毛が生えたインドネシア人のずうずうしい転職活動を応援してみた 6

インドネシア人は秘密の話は誰かに暴露しないと精神の安定を保てない人が多いため、内緒の話に情報の希少性は少なく信憑性も低いことが多いので、「ここだけの話」という枕詞付きで聞かされる話は話半分に聞いておいたほうがいいかもしれません。

日系企業のインドネシアでの存在意義 7

今のまま日本の人口減が続けば、内需は縮小の一途をたどるわけで、そうなると日本国内市場だけで生き残るのは難しいと判断する国内企業が、海外市場に活路を見出そうとするのは必然です。

チャンスはあるが勝てる分野を見つけるのが難しい 8

実際にインドネシアに住んでみて、自分で動いて人と話しをして、現地の事情を少しずつ理解していくにつれて、インドネシアで起業することが意外と手強いことに気づき、その難しさの原因は、高い送料と関税であったりローカル企業との競争であったり、就労ビザ(IMTA)や外国人技能開発基金(DPKK)などのランニングコストの高さであったりします。

インドネシアのシステムインテグレーション業界 9

先日JETRO(日本貿易振興機構)さんと、インドネシアの中小企業のIT投資について意見交換させていただく機会をいただいたのですが、そこで「システム投資のコストメリットはどのように説明できるのか」という、システムインテグレーターの存在価値にも関わる重要な問題提起がありました。

肉体と精神と心と魂 10

「Body and Soul」といえば、昨日の内閣改造に伴う人事で内閣府政務官に内定した自民党の今井絵理子参議院員がメンバーだったSPEEDのデビュー曲であり、インドネシアの老舗女性ファッションブランド名でもあります。

ジャカルタのラーメン市場 11

僕がインドネシアに初めて来たのが1997年10月、インドネシア語は分からないし、仕事は辛いし、周囲の人間は理不尽だし、一時期日本に帰りたくて仕方がない時期がありましたが、当時自分をかろうじてインドネシアに繋ぎ止める心の支えとなっていたのが、協栄プリンスビル(今のWisma Keiai)の日本食レストラン「五右衛門」であり、ここでキムチラーメンを食べることが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんでした。

ブランド力、技術力、資金力の3要素 12

1998年のジャカルタ暴動後、ルピアが暴落し海外からのドル建て債務を抱えた国内企業が利子の支払いに苦しんでいた頃、僕は外貨が獲得できるインドネシアでの新しいビジネスを探していました。

日本とインドネシアの間でのタイムマシン経営が通じなくなっている件 13

先進国と後進国との間にある流行のタイムラグを利用して、先進国での成功例を後進国で実践するビジネスモデルをタイムマシン経営といいますが、インターネットの普及に伴い情報がフラット化してしまい、モノと情報のタイムラグが限りなく小さくなった今、先駆者である中小零細同業他社が乱立し市場が出来上がったところに、後発の大手が参入し先発零細を駆逐していく、という典型的な負けパターンにはまります。

サリナデパートとマクドナルド 14

本日5月10日を最後にインドネシアのマクドナルド第1号店であるサリナデパート店(Sarinah)が閉店になりますが、ジャカルタのショッピングモールが新しいコンセプトでモダンにリニューアルされ続ける中で、僕がインドネシアに来たばかりの20数年前には、若者の待ち合わせ場所の定番でもあったサリナデパートやブロックMのパサラヤ(Pasaraya)などは完全に時代に取り残されてしまいました。

不景気の歴史 15

僕がインドネシアに来てからこれまで何度か経済不況を見てきましたが、今回の新型コロナウィルスの感染拡大により、間違いなく景気後退しますので、数年後にはこれがコロナショックとかコロナ不況とか呼ばれるようになるのかもしれません。

日本のバブル経済崩壊後とインドネシアの通貨危機後 16

自分が大学に入学したのがバブル経済末期の1991年、土地も株価もMAX爆上げして、三菱地所がアメリカの象徴であるロックフェラーセンタービルを買収し、ジュリアナ東京でワンレンボディコン(登美丘高校ダンス部のバブリーダンスみたいなやつ)のお姉さん達が扇子振って踊っている時期でした。

内需と外需の自国経済に及ぼす影響 17

公共事業投資を行っても、お金が企業内や個人の貯蓄に滞留してしまい国内消費が増えないのが日本の状況であり、国内消費は増えても消費材の輸入品比率が高く、国内資産が海外に流出しているのがインドネシアの状況です。

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい 18

来年の大統領選挙(Pemilu Pilpres Pileg Indonesia 2019)に向けての選挙運動(Kampanye)を解禁するにあたり、投票用紙に印字される順番はジョコウィ現職大統領・マフル副大統領候補組が1番、プラボウォ大統領候補・サンディアガウノ副大統領候補組が2番と決まりました。

コーヒーをもっと楽しくもっと美味しく 19

インドネシアは北回帰線と南回帰線をはさむコーヒーベルトに位置するコーヒー栽培に適した国で、1602年の東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が300年以上続き、その間アラビカ種のコーヒーが持ち込まれ、気候のいい高原地帯で栽培が開始されました。

インドネシア人の悪魔祓い 20

人間誰しも自分の中に悪魔が潜んでおり、それが何らかのきっかけで表面に出て来るという考え方自体には、背景に宗教が有るか無いかの違いだけで、基本的に理解できる話であり、それを信じるか信じないかは別として、そういう考えがあることを認めることは大切なことだと思います。

-バリ島生活

© 2020 バテラハイシステム Powered by STINGER