インドネシアを代表する世界遺産であるボロブドゥール遺跡は、カンボジアのアンコールワットと並ぶ歴史上最大規模の仏教寺院群です。中部ジャワのジョクジャカルタの北西約40kmの山間の街、マゲラン(Magelang)に位置しています。
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インドネシアの歴史年表と時代区分|王朝・植民地支配・独立・大統領政権の全体像
5世紀頃、中部ジャワに仏教のシャイレーンドラ王朝やヒンドゥ教のマタラム王朝が誕生し、ラーマーヤナやマハーバーラタが文化として浸透しました。1602年、オランダは東インド会社を設立し、植民地支配を拡大しました。行政の中心地バタビアは現在…
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この記事でわかること
- ボロブドゥール遺跡は8世紀から9世紀にかけてシャイレーンドラ朝により建設されました。
- 2023年6月、天皇陛下の訪問によりボロブドゥール遺跡の知名度が日本で向上しました。
- ボロブドゥール遺跡は安山岩で作られ、三層の円壇と釣鐘上のストゥーパが特徴です。
- 2020年2月にボロブドゥール遺跡の上層部への立ち入りが禁止されましたが、2024年には規制が緩和される見込みです。
- ボロブドゥールの浮彫図は仏教経典の物語を描き、訪れる人々に仏の教えを説く役割を果たしています。
天皇陛下の訪問で話題に!ボロブドゥール遺跡の魅力と注目度の変化
2023年6月、天皇陛下がインドネシアを訪問し、バティックをお召しになりサンダル履きでボロブドゥール遺跡を登られる様子が報道され、日本でのボロブドゥール遺跡の知名度が大きく向上しました。

ボロブドゥールは、8世紀から9世紀にかけて大乗仏教を崇拝するシャイレーンドラ朝(Wangsa Syailendra)時代に建てられたとされ、約75年の歳月をかけて完成しました。
- 8世紀にシャイレーンドラ朝が中部ジャワに建国されボロブドゥールを建立。
- ヒンドゥ教のマタラム王朝が中部ジャワに建国されプランバナン寺院を建立。
- 15世紀以降にマタラム王朝がイスラム化。
- 18世紀にイスラム教のマタラム王朝がジョクジャカルタのSultanとスラカルタ(ソロ)のSusuhunanに分裂。
インドネシアでヒンドゥ教を受け継いでいるのはバリ島のみで、当時の小王国(ヌガラ)は「劇場国家」として歴史学の研究テーマとなっています。ヒンドゥ教や仏教は多神教で偶像崇拝を行い、霊廟を建立するのが一般的です。仏教の場合、丸みを帯びた円形の仏塔(ストゥーパ)が山頂などに建立されます。

日本の神道でも、八百万の神々を信仰し、山の奥の石像や神社に氏神様を祭るように、多神教は祖先に感謝し、農耕文化から生まれた宗教です。
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ボロブドゥール遺跡の構造と建築美|三層の円壇と精緻な浮彫図の配置




ボロブドゥール遺跡は、安山岩で作られた石造建造物で、最頂部の釣鐘上のストゥーパを囲むように三層の円壇が配置されています。これらの円壇の下には、5層の基壇の廻廊があり、内側の主壁と外側の欄楯には有名な浮彫図が施されています。
事例:浮彫図には仏教経典の物語が描かれており、訪れる人々に仏の教えを説き、心を清める法施を目的としています。特に、釈尊ことゴータマ・シッダールタの生涯が描かれ、彼が苦行を経て悟りを開くまでの過程が詳細に表現されています。
要点:ボロブドゥールの浮彫図は、仏教の教えを視覚的に伝える重要な役割を果たしています。

参拝者は東側入り口から浮彫図が施された4層の廻廊を歩き、多くの仏像に出会います。長い年月を経て破損や盗難に遭った仏像もあり、首のない仏様がムラピ山麓の景色に向き合う姿は、観仏供養として心を清める機会を提供します。


