インドネシアの労働法の適用範囲と雇用関係を終了させるプロセス

2017/11/07

ジャカルタの警察

インドネシアの労働者は労働法によって手厚く保護されているとはよく言われる理由は、勤続年数によって大きく膨らむ退職金や会社都合での解雇の難しさにあります。

2018年インドネシアの最低賃金

DKIジャカルタRp 3,648,035(30,915円 1円=Rp118)なので、ジョクジャカルタ特別州Rp 1.454.154(12,323円)の2.5倍、それは出稼ぎに来るわな。

2018年のUMP(Upah Minimum Provinsi 州が定める最低賃金)は8.71%アップ、2017年が8.25%だったので若干景気上向き傾向とも言えるわけですが、ジャカルタ特別州(Daerah Khusus Ibukota Jakarta)がRp 3,648,035(30,915円 1円=Rp118)なので、ジョクジャカルタ特別州(Daerah Istimewa Yogyakarta)Rp 1,454,154(12,323円)の2.5倍、それはみんな出稼ぎに来たいと思いますわ。

ところでこの最低賃金引き上げで民間企業の正社員(karyawan tetap)の給料が上がりそうなのは理解できますが、契約社員(karyawan kontrak)や日雇い社員(karyawan harian)、カフェの店員さんとか、ブティックのSPG(Sales Promotion Girl)、按摩屋のお姉さんとかはどの程度恩恵を受けられるのでしょうかね?

これは労働法(UU No 13 Tahun 2003)91条に定義されている「経営者と労働者または労働組合との間の合意により定められる賃金に関する規則は、現行の法律規則に定められている賃金規定(89条 州または県/市地域の最低賃金)を下回ってはならない。」という条文の適用範囲が誰なのか、どの程度の強制力があるのか、という素朴な疑問です。

労働法の適用範囲

労働法を遵守すべき主体は「 法人の形態を取る取らないに係わらず、個人、パートナーシップまたは法人が所有する事業体であり、私企業・公営企業の別なく、賃金または別の形態の報酬を支給して労働者を雇用するあらゆる事業体(一般規定)」側にいる雇用主(Employer=Pemberi Kerja)であり、「個人、経営者、法人または他の形態の者で、賃金または他の形態の報酬を支払って、労働力を雇用する者」を指します。

そしてその事業体がたまたま会社法に基づく必要な書類を揃えた法人(Badan Hukum)であれば会社(Company=Perusahaan)となり、経営機能を持ち、賃金または別の形態の報酬を支給して労働者を雇用します。

一方で労働者(Pekerja/buruh=Worker/labor)とは、「賃金または他の形態の報酬を受け取り仕事をするすべての者」を指すわけですから、会社は社員に対して、ショップオーナーはSPGに対して、按摩屋はお姉さんに対して、最低賃金を支払う義務を負います。

労働法の適用範囲

ただし労働法の90条に「最低賃金を支払うことのできない経営者には、猶予を行なうことができる」と定義されているとおり、現実には来年以降ジャカルタのすべての事業体の雇用者が最低賃金であるRp 3,648,035を払えるわけでなく、労働者(被雇用者)も最低賃金以下でもとにかく仕事がしたい、という事情があるわけで、需給の関係から現実に労働法の規定が守られているとは限らないわけで罰則もありません。

まあ日本もブラック企業とブラックバイトで残業代なしとか普通にあるのと同じで、雇用主側から最低賃金以下でこき使われたあげく、不満を言ったら「嫌ならやめろ」の一言でクビを切られると、前職を辞めて今の仕事に就くのにかかった時間とコスト分、次の仕事を探すための時間とコスト分の損失を被るため、労働者側は労働組合を作り、労使紛争(ストライキ)を起こすことで対抗します。

就業規則と労働協約

事業主が労働者を雇用する際の条件となるものが就業規則(PP=Peraturan Perusahaan)であり、「10人以上の労働者を雇用する経営者はいずれも、就業規則を作成する義務を負い、その規則は大臣または指名された政府高官の承認(Pengesahan Menteri Ketenagakerjaan)を受けた後に発効」されますの、事業体の経営者はジャカルタに7箇所ある最寄の労働移住省(Dinas Tenaga Kerja dan Transmigrasi)、通称DISNAKERに提出する必要があります。

労働法111条に就業規則に記載する内容として以下が定義されています。

  1. 雇用主の権利と義務
  2. 労働者の権利と義務
  3. 労働条件
  4. 服務規律
  5. 就業規則の有効期限(最高2年間)

事業主はこれに従って就業規則を作成し、Disnakerに提出し承認を得る必要がありますが、経営者と労働組合との間で別途労働協約(PKB=Perjanjian Kerja Bersama)がある場合には就業規則は必要ありません。

解雇(PHK=Pemutusan Hubungan Kerja)された労働者が、不当解雇だとして雇用者をDISNAKERに訴え出た際の争点となるのが、この就業規則や労働協約の解釈の仕方の相違になります。

クビにするには正当な理由と手続きが必要

最近、ある会社の従業員Aが経営者の方針に反対したことで怒りを買い、経営者は感情に任せてPHK(Pemutusan Hubungan Kerja 解雇)を宣告してしまい、従業員Aはこれが不当解雇であると弁護士を立てて訴えたことで、経営者はその解雇の理由が警告書(Surat Peringatan)を出す猶予もないほど悪質であったということを証明しなければならなくなったという事例に偶然出会いました。

従業員Aは不当解雇だとして労働省DISNAKER(Dinas Tenaga Kerja dan Transmigrasi)に訴え出たり、弁護士を雇って法廷闘争に持ち込む権利がありますが、お互いにとって時間と費用の浪費になるため、事前に金銭で手打ちするのが一般的です。

インドネシアで従業員を解雇する際には、労働法UU No 13 Tahun 2003(労働に関するインドネシア共和国法律2003年第13号)に定義されている正等な理由が必要であり、いざ退職が決まった場合には労働法に定められた正当な金銭を支払う必要がありますが、たくさんもらいたい被雇用者側とできるだけ払いたくない雇用者側との間には意見の相違が出てきます。

  1. 就業規則への違反を元に解雇
    まず規律違反が解雇に相当する正等な理由になるものかどうかというところで揉め、次に警告書の有無で揉め、最後に退職手当金額で揉めるといういちばんややこしいパターンです。
    犯罪を犯したりよっぽど重大な就業規則違反でもしない限り、退職手当(uang pesangon)と勤続功労金(uang penghargaan masa kerja)と損失補償金(uang penggantian hak yang seharusnya diterima)の3種類を支払う必要があります。
  2. 警告書(Surat Peringatan)3回後に解雇
    いわゆるSP1、SP2、SP3の順番に3回食らうと正当な解雇理由になりますが、SPには有効期限があり1回目の警告後なら6カ月間、2回目の警告後なら9カ月間、3回目の警告後なら12カ月間が経過すると無効になります。
    本来の手続きとしてはSP1、SP2、SP3という段階を経て、最終的な解雇通告になるのですが、事と次第によってはいきなりSP3を通告することも認められています。
  3. 試用期間3ヶ月内に能力不適格として解雇
    一度雇用契約を結んでしまうと労働者の権利が強くなる代わりに、雇用者側に3ヶ月間の猶予として見極め期間が与えられます。
  4. 自主退職
    退職手当と勤続功労金を支払う必要がないため、雇用者側にとっては一番都合がよい方法です。長年会社に尽くしてきた会計部門のマネージャーを、いきなりカリマンタン島の工場のIT現場担当(本人はIT未経験)に配置換えしたり、勤務態度の悪い運転手を会計部門に配置換えして自主退職を強要するといった陰湿な事例をインドネシアの日系企業でも見たことがあります。

インドネシアの労働法の基本はUU No 13 Tahun 2003(労働に関するインドネシア共和国法律2003年第13号)であり、JJCのサイトに日本語訳があります。

退職金制度が会社の重荷になる

インドネシアでは「労働者の権利が手厚く保護されている」と言われる場合の最大の理由が、この退職金制度にあると思います。

  • 1年未満:退職手当1ヶ月分
  • 1年~2年未満:退職手当2ヶ月分
  • 2年~3年未満:退職手当3ヶ月分
  • 3年~4年未満:退職手当4ヶ月分+勤続功労金2ヶ月分
  • 6年~7年未満:退職手当7ヶ月分+勤続功労金3ヶ月分
  • 8年~9年未満:退職手当9ヶ月分+勤続功労金4ヶ月分

この退職金制度があるため、会社は正社員(karyawan tetap)を抱えることに積極的になれず、しかもバイトやパートは雇用形態として認められていないので、契約社員(karyawan kontrak)や日雇い社員(karyawan harian)の割合を増やそうとします。

ちなみにインドネシアでは外国人が人事関連役職には就くことができませんので、人事担当者は必ずインドネシア人になるのですが、雇用に際しての面接等は収賄の格好の機会になりうるため、日本人駐在員が直接行うことが多いようです。

Adu Domba(内部分裂工作)とは

さて、先の元従業員Aは会社に残っている従業員BとCから、裁判の証拠となる経営者X側の情報を収集しようと画策する一方で、経営者Xはクビにした従業員Aの悪行を探そうと従業員BとCをしつこく追及し、それに耐えかねた従業員Bは自分に降りかかってくる火の粉を払うために、経営者Xに対して

  • CはAと一番仲が良くて、いまだに頻繁に情報交換し合っているみたいですよ。

と情報を流す一方で、元従業員Aに対しては

  • CはXにお前の過去の行状をあることないこと告げ口しているぜ。

と情報を流すことで、元従業員AとCの関係を悪くすると同時に経営者Xの追及をCに集中させ自分だけ逃れようとします。

このように腹黒い人間が行う内部分裂工作のことを、インドネシア語でadu dombaすると言います。