日本の慢性的なIT技術者不足から、エンジニア単価が上昇しつつあり、増え続ける需要に対応するには海外人材の活用なしでは難しく、インドネシアもオフショア開発拠点としての候補に挙げられます。
高度技術人材の地方都市への分散化により、インドネシアで開発管理を行う上位者にとって、益々リモートを前提としたマネージメントスキルが求められます。 インドネシアのビジネス インドネシア市場でのビジネスで重要な要素は価格とブランド、コネの3つと言われますが、必ずしもこれらを持ち合わせない日本人はどのように戦えばよいのか。これはインドネシアに関わり合いを持って仕事をする人にとっての共通の問題意識かと思います。 続きを見る
インドネシアでのオフショア開発
オフショアとは「国または本土の沿岸から遠く離れた地域」という意味で、2012年現在のオフショア開発と言えば、同じ漢字文化圏で日本語を話すIT人材が豊富な中国がメインでしょうが、近年では人件費の高騰が激しくコスト削減のメリットが小さくなっているようです。
もっとも最近ではインドネシアも後追いで同じ状況になっている訳ですが、新興国が発展する過程では必ず同じことが起こります。
中国以外に世界のオフショア基地として名高いのはベトナムやインドであり、インド人は「ゼロを発明した民族」なのでITの素養が高く人材も豊富という話ですが、僕の知人でインドでオフショア経験のある人曰く「仕事がいい加減で結局自分で全部やり直しになり余計疲れる」とのことです。
昔、派遣先の英国系金融システム会社のボスがとんでもなく優秀な技術営業のインド人で、例えて言えば「壊れた洗濯機もバケツとして売り切る」くらいの勢いがある人でしたので、もしかしたら民族的な性格からしてインドでインド人を相手に仕事をするのに比べたらインドネシアは天国なのかもしれません。
インドネシアのジャカルタも近年オフショア開発の拠点として注目されるようになって久しいですが、アンドロイドやiPhoneアプリなどのモバイル系か、WEB開発が中心です。
インドネシアはスマートフォーン王国なので、この分野の技術者の数が多いというのは容易に理解できますし、派手好き、格好いいもの好き、見栄っ張りのインドネシア人にとって、スマホアプリ開発技術者は憧れの職業なのかもしれません。
一方で、旧来型のクライアントサーバー型の業務系システムのオフショア開発というのをあまり聞かないのは、開発期間中に日本側とのコミュニケーションの絶対数が多いため、テスト環境やステージング環境の共有という点で業務委託がやりにくいのではないかと思います。
※2012年当時の日本とインドネシア間のインターネット回線速度は遅く、遠隔でのWEB会議のためのツールとしてはWebEXやSkypeに限定され、2023年現在のように高速回線でZoomやMicrosoft Teams、Google Meetなどを使って、快適なリモートワークが出来る環境はまだありませんでした。
インドネシアでのオフショア開発の成否は、日本からの日本語ベースの仕様をインドネシアの開発者に対して、インドネシア語で噛み砕いてブレイクダウンできるブリッジSEの能力に依存するところが大きく、それは日本人に比べて相対的に時間にルーズなインドネシア人技術者を管理し、スケジュールどおりにプロジェクトを推進できるコーディネート能力です。
これには日本語堪能でシステム開発に知見のあるインドネシア人がいれば最強だと思いますが、そんな人材はめったにいませんし、それだけ優秀な人は既に独立して自分でビジネスをやっています。
安定志向で自分でビジネスを起こすほどのバイタリティはないが、日本語ができるかもしくはIT技術があるかのどちらかのインドネシア人材をブリッジSEとして育成し、文字通り日本とインドネシアの架け橋に育てるようなビジネスができれば最高だと思います。
日本とインドネシアが逆転する日
2012年現在、好景気に伴うインフレにより優秀なインドネシア人技術者の人件費は高騰し、インドネシアがオフショア開発拠点としての魅力が薄れているのが現実ですが、インドネシア国内向けのWEB・モバイル開発需要に対してリソースの質量ともに供給不足であるので、技術移転という意味も込めてインドネシア人IT技術者育成に繋がるビジネスが日印尼双方にWIN-WINであり理想かもしれません。
2012年の名目GDPは日本が世界第4位、インドネシアが第16位ですが、2035年頃にはこれが逆転するとも言われており、そうなれば今とは逆にインドネシア企業が日本でオフショア開発を検討するという状況になっている可能性は十分あるでしょう。
オフショア開発の基本は「人件費の安い国で開発コストを下げる」ですから、下手したら今既にジャカルタの技術者の給料が、デフレ下の日本の会社の給料のよりも高額に跳ね上がっているケースもあるくらいですから。
2014年の日本の一人当たりGDPでも、日本はアジアの中でもシンガポール、香港、ブルネイに続く4位であり、これからもジリ貧になっていくと予想され、新聞や雑誌で「日本が危ない」的な危機感をあおる記事を頻繁に目にすると日本の将来に不安を感じることもありますが、GDPというフローの面だけから見て順位を気にする必要は全くないと思います。
むしろ日本の蓄積された資産や技術力を、インドネシアの若年労働人口のレベルアップに繋げるようなビジネスの育成こそが、日印の理想的な共存共栄の姿だと考えるわけですが、一方で益々経済成長を遂げて中国や韓国などとの協力関係を一層深めたインドネシアが、必ずしも「日本こそが最良のパートナーだ」と思ってくれるかどうかは未知数な訳です。
インドネシア人エンジニアのマネジメントで重要なマインドセット
インドネシア人と言ってもジャワ人、スンダ人、ミナン人、中華系インドネシア人などが混在する多民族社会であり、宗教も風俗も異なります。
人口の9割近くを占めるイスラム教徒は一日の5回のお祈りがあり、金曜日お昼には特別な礼拝があり、ミーティング中でも宗教ルーティーンに合わせて休憩時間を入れたりするなど、日常的に彼らの宗教行為に配慮する必要があります。
毎年に一か月間は断食月となり、早朝から水も飲まず食事もしていないエンジニアは確実にパフォーマンスが低下するため、想定の範囲とした緩めのスケジュールを組む必要があります。
また夕方は家族と一緒に断食明けの食事(Buka Puasa)をするために早く帰宅したいエンジニアの意向は極力尊重し、引き止めないよう気を使います。
日本人のマインドに一番近いのは中華系エンジニアですが、非常に優秀な人材が多く向上心も強いため、年次や仕事量に応じて強気に賃上げ要求を受ける場合があります。
また近年は少なくなったとはいえ、優秀な中華系インドネシア人を優遇しすぎることで、ジャワ人など他の民族のエンジニアとの軋轢が生まれがちになるため一定の配慮が必要です。
エンジニア職に就くレベルのインドネシア人の英語力は、日本人が英語でコミュニケーションを取る上で十分ですが、彼らの宗教や民族特有の風俗を理解し、懐に入って本音を引き出す付き合いをするには、インドネシア語が出来たほうが良いと考えます。
インドネシア人は基本的に幸福と調和を重視し、家族を大切にする人が多く、感情的になったり無理強いをするのはNGであり、優秀なエンジニアは多いものの自由な性格の人が多いため、オフィス勤務のほうがコントロールはしやすいと言えます。
日常生活で感じるインドネシアの民族の行動様式や思考様式の違い 民族とは言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団であり、歴史的運命とか同族意識とか、解釈でどうにでもなる主観的基準でグループ化されたものに過ぎません。 続きを見る
過去に経験したインドネシア人エンジニアのマネジメントで、印象に残っているエピソードは以下のようなものがありました。
- 優秀な中華系エンジニア同士が足を引っ張り合い、社内に派閥ができ、間を取り持つ日本人が板挟みになる。
- 優秀なスンダ人エンジニアのパフォーマンスが落ち突然音信不通となる。しばらくして一家全員黒魔術にかけられたと連絡があったが、実際はコロナの家庭内クラスターではないかと推察される。狭い村内でコロナに掛かると村八分にされるため。
- 毎週のように親族の不幸、雨、渋滞、空気が体内に入って苦しい(Masuk Angin)など、さまざまな理由で仕事を休まれるため調整に苦労する。エンジニアには感情的に強く怒れない、しかし客からは強く怒られる、管理者である日本人は精神的タフさが必要となる。
2000年前後は日本とインドネシアの1人当たりGDP格差は30倍、今は5倍程度にまで縮まり、生活コストはジャカルタのほうが日本より高く感じる場面すらあります。
インドネシアは、歴史的にオフショア開発が盛んだった中国やベトナムに比べて、オフショア開発拠点として能力やコストの面で優位点が少ないと言われますが、ジャカルタなど都市部ではなく中部ジャワ、東ジャワのエンジニアをアサイン(ニアショア開発)することで、コストの優位性を出せます。
その場合、インドネシア語が堪能なブリッジSEが居たほうがコミュニケーションはスムーズになります。
オフショア開発拠点としてのインドネシア
2020年から始まったコロナ禍下で参加した、AWS上でのLaravelを使ったPHPによるWEBアプリケーション開発プロジェクトの中で、インドネシア側のエンジニアのマネージメントを行う機会があり、インドネシア人エンジニアだけでなく日本人のエンジニアともお付き合いする機会が増えました。
経験値の高い日本人のエンジニアと、20代前半のイケイケの若手インドネシア人の間に居る立場として、技術力の問題以前にインドネシアならではの民族と宗教で育まれた気質が、プロジェクトの進捗に与える影響がいかに大きいかを痛感しています。
贔屓なしで日本のIT技術者は超レベル高いし、品質や納期に対するマインドセットは比較にすらならない。日本国内が人材不足で技術者のガラパゴス市場みたいに見えて本当にもったいないと思う。
インドネシアで20年以上インドネシア人技術者と仕事をしているので慣れてはいたつもりですが、コロナ禍の影響のためほぼフルリモートでのマネージメントは初めての経験で、コロナウィルス感染による長期離脱、肉親の病気、大雨による回線不良など、さまざまな理由で音信不通になるという、リモートならではの見えない敵との闘いに神経を擦り減らされました。
今から10年以上前の2012年に、インドネシアの人件費の上昇と技術力が比例せず、インドネシアにおけるオフショア開発は、中国やベトナムに比べてメリットが少ないと考え、将来的にIT人材市場は国内回帰し、インドネシアでのオフショア開発の機会は縮小していくものと予測していました。
ただし最近は日本のIT業界は慢性的な人手不足で、エンジニア単価が上昇しつつあり、今後増え続ける需要に対して日本国内でのエンジニア不足は解消される見込みはないため、必然的に海外でのオフショアによるフルリモートのプロジェクトが増えていくものと予想されます。
経済発展著しい東南アジアはインフレ率も右肩上がりなので、必然的にオフショア拠点としてのコスト上昇は避けられないところですが、ベトナムのような国策としてオフショア開発に力を入れている国や、ラオス・カンボジアといったコスト的に割安な国々に対して、インドネシアが競争優位性を発揮するとすれば、エンジニアを束ねる上位者のマネージメントスキル向上による差別化と、国内での単価の低い地域へのニアショアリングによるコストダウンしかないと思うのです。
国策でオフショア支援しているベトナムや、コストが更に安いラオスやカンボジアより優位性を保つには、上位者のマネージメントスキルを上げて、地方の技術者をフルリモートで雇用するしかないのでは?但し大雨、親族が病気(たくさん居る)、泥棒など様々な理由で音信不通のリスクが高まる。
インドネシア地方都市におけるニアショア開発
2020年から2021年のコロナ禍下のジャカルタで発動された活動制限では、業種によるグループ化の基準である必須(esensial)分野と重要(kritikal)分野のどちらにも属さない一般企業で、社員のオフィスへの出社が50%以下に制限され、多くの社員にとって在宅勤務が1年半以上も続いたことで、良くも悪くも業務のリモート化が進み、人材の地方への分散化が進みました。
多民族社会であるインドネシアには、親元を離れることが好ましくないとされる民族もあり、これまで様々な民族のインドネシア人と一緒に仕事をしてきた経験の範囲で言えば、西ジャワのスンダ人エンジニアは、ことあるごとに理由を付けて田舎に帰省するため、ジャカルタに戻る日がズレこむことが多く、マネージメント泣かせの傾向がありました(もちろんそれを補って余りある技術力を持つ人も居る)。
IT技術によって製造業の生産性と品質を向上させ、経済成長率を現在の5%から6~7%まで押し上げることを目標としたメーキングインドネシア4.0の柱の一つに、高度技能人材育成による国内産業の付加価値化がありますが、約18,000の島々が東西5,100kmに渡って広がる巨大な島嶼国家において、バランスの取れた地域の持続可能な発展は重要な課題であり、2024年から開始される予定のカリマンタン島への首都機能移転は、地域経済間の格差是正に向けて大きな意味を持ちます。
ジャカルタの賃金も物価も抑えが効かなくなっているので、今後中部ジャワや東ジャワへの国内ニアショア業務受託ビジネスが増えるのではないだろうか。
ジャカルタ特別州や工業団地が位置するブカシ県やカラワン県の最低賃金が、中部ジャワや西ジャワ州の一部より2倍近く高い現状では、インドネシア国内でのニアショア(開発業務を部分的もしくは全部を、比較的近い距離の場所にある企業に外注すること)化が進むことが予想され、上位者にとってはリモートを前提としたエンジニアのマネージメントスキルが益々求められることになります。