インド体験が導いたインドネシアでの運命的な仕事

2020/08/29

インド体験とインドネシアでの仕事の関係を示す構造化した図解

学生時代に経験したインドでの強烈な体験が、インドネシアでの仕事に繋がっていることは、運命の必然性を感じさせます。インドネシアは、植民地時代の東インド会社を通じた交易によって、インド文化の影響を受けています。

インドネシア生活での感情と合理的思考の技術を示す構造化した図解

インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり

感情に流されず合理的な思考を訓練することが重要である。他人と自分を比較しないことで自己肯定感を高められる。理性を働かせることで推論を構築し、過去の経験がその確からしさを裏付ける。

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この記事でわかること

  • インドでの強烈な体験がインドネシアでの仕事に繋がりました。
  • インド音楽のラーガは時間帯ごとに感情を表現します。
  • インドネシアのダンドゥット音楽はインドの影響を受けています。
  • インドネシアの通貨ルピアはインドのルピーに由来します。
  • インドとインドネシアは人口の多さと国土の広さが共通しています。

インド旅行がもたらした価値観の変化と人生への深い影響

大学生になってすぐ、沢木耕太郎の「深夜特急」や蔵前仁一の「ゴーゴーインド」を読み、アジアに対する興味が湧きました。特に藤原新也がガンジス川で見た犬と人間のエピソードに感銘を受け、パキスタン航空の格安チケットを購入し、那覇、高雄、バンコクを経由してカルカッタに到着したのが大学2年生の夏休みでした。

事例:印度に行けば人生観変わる!と信じて那覇⇒台北⇒バンコク経由の超激安1か月Fixdのチケットでカルカッタに降り、安宿街サダルストリートまでの途中のバス停で干からびたじいさんを見て1か月は無理!ってなった。でもそれで初インドネシア時のハードルが地表近くまで下がったのが確か。

要点:異文化体験は予期せぬ驚きや困難を伴うことがあるが、その経験が他の新しい文化への適応を容易にすることがあります。

空港でのしつこい勧誘に抗いきれず乗ったタクシーは、知らない場所で停車し、数人の仲間に囲まれるという恐怖体験から始まりました。幸い、空港で警察のおじさんがタクシーの運転手を脅してくれていたので助かりました。安宿街サダルストリートに向かう途中、炎天下で行き倒れている老人を見て唖然とし、ドミトリーの相部屋とは聞いていたものの、案内されたのは屋上のコンクリート床で、インド上陸後2時間以内に「ここで一か月とか絶対無理!」と半泣きになりました。

事例:そこでA型肝炎を患って静養中の大学8年生のお兄さんが弾いていたシタールの音色に感動し、バラナシのガンジス川沿いには弾き方を教えてくれる道場があるという情報を信じて、バラナシ行きの夜行列車のチケットを購入しました。市場で知り合った絨毯屋のおっちゃんの店でチャイを飲んだ後、強烈な睡魔に襲われ、本能的にバッグを抱えて市場から脱出し、ホテルまでたどり着くという体験をしました。

要点:異文化の地での予期せぬ出会いや体験は、新たな興味や行動を促し、個人の成長や新たな学びにつながることがあります。

インド音楽は映画のダンス音楽とは異なり、古典音楽の特徴はラーガ(Raga)という旋律の型が時間帯ごとに感情を表現します。そこにTeen Taal(16拍子)、Ek Taal(12拍子)、Jhap Taal(10拍子)などのターラ(Tala)が加わり、ラーガの基本メロディ(ガット Gat)の最初の音とターラの1拍目が絶妙に出会い、自由な即興演奏が展開されます。これは仏教の輪廻転生のような世界観を構成しています。

茶色く濁ったガンジス川のほとりのゲストハウスからは、インド各地から集まってきた人達の死体を焼く煙が見える部屋で、夜な夜な鐘と太鼓のリズムとともにヒンドゥの祈りの歌を聴きながら、シラミや南京虫を駆除しつつベッドの上でラーガのガットを練習していました。あの時は「人生観が変わった」とは感じませんでしたが、20年以上経ち、社会人経験を積んだ今、あの光景を思い出すと、自分を縛り付けている鎖が解けるような感覚があり、鳥肌が立つほどです。

「運命は偶然よりも必然」──インドとインドネシアを結んだ私の人生の導線

インドネシアはASEAN最大の経済大国として、G20サミットにも参加するなど国際的に存在感が高まっています。しかし、1990年代は観光地として人気だったバリ島の知名度は高いものの、それがインドネシアに属するということまで知っている人は少数派で、「インドと何が違うの」といった反応が多かったように記憶しています。

インドという表記は中国語の「印度」に由来するという説が有力ですが、英語ではIndiaなので、日本語でも「インディア」だったら混乱も減るはずです。インドネシアではIndomobilやIndomieなどの企業名やブランド名でIndoという短縮形が多く使用され、インドネシア人からWhatsAppのメッセージの中で自国のことを「indo」と表現されて「はぁ、インド?」と戸惑った経験がある人は多いでしょう。

インドは英語でIndia、中国語で印度だから、WhatsAppでインドネシア人から自国のことをindoって書かれて「はぁ、インド?」「啊、印度?」ってなるのは日本人と中国人だけなのかな?

また、1602年にジャヤカルタ(Jayakarta)と呼ばれていたジャカルタ近辺を、香辛料貿易の基地として首都バタビア(Batavia)と呼んだオランダ東インド会社(East India Company)の「インド」とは、ヨーロッパ、地中海沿岸地方以外の地域を指していたようです。インドネシアの通貨ルピア(Rupiah)は、当時インドから流入してきたルピー(Rupee)から来ているようです。

私が1997年にインドネシアに来たばかりのころ、「インドネシアの中のインド」を感じたのが大衆音楽のダンドゥット(Dangdut)でした。街中でもタクシーの中でも頻繁に耳にするダンドゥットを聞いて、インドネシアでもボリウッドが人気なんだなあと勘違いしたくらいです。インド音楽に親しんだ人間ならタブラの音が入るだけでインドの雰囲気を感じてしまうと思います。

人口の多さと国土の広さという共通点を持つインドとインドネシアですが、人種も宗教も異なる大国です。私にとっては学生時代の強烈なインド体験が、結果的に海外で仕事をするきっかけにもなりました。それが一度も来たことがなく予備知識も少ないインドネシアだったのは、芥川龍之介の名言「運命は偶然よりも必然」「運命は性格の中にある」だったような気もします。