サボテン

インドネシアの植物

乾燥地帯で生き残るために進化したサボテン【水のやりすぎによる根腐れに注意】


サボテンの栽培は想像以上に難しい

うちではアロカシア(Alocasia)やアンスリウム(Anthurium)、アグラオネマ(Aglaonema)など、主に熱帯雨林の地表近くに生育する植物を多く栽培しておりますが、リビングの窓際や中庭に面したテラス、玄関前など、直接雨にさらされない場所には多くのサボテン(Kaktus)のポットを飾っており、これらはインドネシア国内で栽培されたものもあれば、タイ、日本、韓国、ブラジル等からの輸入品種もあります。

一般的なサボテンに対するイメージとしては、過酷な乾燥地帯にたくましく生育するだけの生命力の強さから、水やりの手間のかからない植物というものだと思いますが、実際に栽培してみると水のやりすぎにより茎の根元が黄色く変色し、触るとブヨブヨと柔らかくなるいわゆる根腐れをおこしがちです。

人間の本能として乾いた植物や土壌を見ると水を撒きたくなるのは仕方ないのですが、サボテンにとってみれば有難迷惑な行為なのです。

サボテンのトゲは、乾燥地帯の過酷な環境に適応するために葉から進化したものであり、そこには動物に食べられるのを防ぐ、温度調節をする、繁殖しやすくする、水分を吸収しやすくするなどの機能があり、光を吸収して水を分解し酸素を発生させ二酸化炭素を有機物を生成する光合成は太い茎で行います。

サボテンと言えばメキシコの荒野で昼は強烈な直射日光、夜は霜が降りるほどの寒気にさらされても平然と生存しているイメージがありますが、ここ西ブカシの強烈な直射日光の下にサボテンを置くと、数時間で日焼けしてしまいますし、そうかといって室内で栽培すれば、逆に光量が足りず元気が無くなるので、うちでは高価なサボテンは植物育成ライトの下で室内栽培にしています。

サボテンの種類と栽培に適した土壌

葉、茎または根の内部の柔組織に水を貯蔵している植物の総称をSukulen(多肉植物)と呼び、多肉植物には葉のような花びらがある一方で、サボテンは葉がとげの形に進化し葉の組織の機能を果たしており、すべてのサボテンは多肉植物ですが、すべての多肉植物がサボテンであるとは限りません。

サボテンを学術的に分類しようとすると種類が多くて大変ですが、見た目から分類した場合にはトゲを持つもの、花びらのような平べったいもの(Sukulen)、生きた石と呼ばれるもの(Lithops)、変わった形をしたものといった特徴に分けられます。

サボテン栽培用の土壌(media tanam)として一般的な配合物は、東ジャワの高原都市マラン(Malang)で採れるpasir malangをベースに、稲の籾殻を焼いたsekam bakar、牛の糞(pupuk kandang)を混ぜたものが使われます。

うちの場合、高価なサボテンにはbatu apung(軽石)を砕いたものとバーミキュライト(vermiculite=農業や園芸に使われる土壌改良用の土)に、通気性、保水性、保肥性に優れた赤玉土(akadama)を混ぜたものを使っています。

サボテン生産の中心地であるレンバン(Lembang)

西ブカシから車で2時間半、バンドゥン近郊の高原地帯のレンバンは、ジャカルタの南にあるボゴール(Bogor)、東ジャワのバトゥ(Batu)と並んで、涼しい高原の気候と肥沃な土壌を利用した、観賞用植物の一大供給地となっており、山間部には村全体がサボテン栽培を生業としているような地域もあります。

4月のPSBB(大規模行動制限)発令前にレンバンの生産者のハウスを訪問しましたが、新型コロナウイルス感染拡大を懸念したジャカルタの住宅地や地方の村が、地域レベルで道路を封鎖し自主ロックダウンしたため、ジャワ島内での物流が滞っているそうです。

生産者のハウスは山間の村の路地の奥にあったりしますが、栽培に必要な土地や水にかかる固定費を極力抑えることができますので、売上原価を抑えた利益率の高いビジネスと言えそうです。

生産者のハウスでは真剣な顔で植物の写真をしている人に出会いますが、彼らはInstagramやTokopediaを通してインドネシア各地に植物を販売する個人事業主であり、ここでは写真だけ撮影してオーダーが来たら生産者から直送してもらうというドロップシッピングによる商流が出来上がっています。

僕が知る限り生産者が直販している例は少なく、販売者との役割分担が出来上がっており、中には1998年の金融危機で職を失ったエンジニアが、趣味のサボテン栽培をビジネス化し、今はいくつものハウスを管理している例もありました。





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