すべては時代の流れとともに栄枯盛衰を迎えますが、廃墟はかつて栄えていた場所が衰退した状態です。栄光とのギャップが大きいほど、廃墟を目の前にしたときに思い巡らすかつての活気との対比で、諸行無常をより強く感じます。
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この記事でわかること
- ジャカルタのThamrin通りにあるKosgoroビルは火災で廃墟化しています。
- Kosgoroビルの火災鎮火には13時間かかり、アジア新記録となりました。
- ビル管理会社は地下駐車場で仮設オフィスを運営し続けています。
- Kosgoroビルは取り壊され、40階建ての新ビル建設が計画されています。
- 2020年9月、Kosgoroビルは取り壊され、跡地には新しい建物が建設される予定です。
ジャカルタ都心に残る火災廃墟ビルの現状と再開発計画の行方
ジャカルタの中心、Thamrin通りでは、午後の渋滞が続き、地下鉄MRT工事のクレーン車と資材が雑然と置かれています。秋篠宮ご夫妻が宿泊された旧日航ホテルの新館を引き継ぐプルマンホテルの白い外観が美しく映え、プラザインドネシアのルイヴィトンのロゴが一層洗練されています。
その一方で、右手後方に見える16階から上が黒焦げのコスゴロ(Kosgoro)ビルは「時間が止まった感」が際立っています。約1年ぶりに7階オフィスのデスクに残してきた荷物を取りに、廃墟と化したビルに潜入しました。
火災の原因については様々なゴシップが流れていますが、ビル管理会社の担当者によると、16階のペントリー付近から焦げ臭いニオイが立ちこみ、セキュリティが駆けつけたときには既に煙が立ち込めていたそうです。
事例:「鎮火まで13時間かかったのはアジア新記録だ」との自慢話もありましたが、火事で封鎖された後もビル管理会社は地下駐車場の仮設オフィスで、各関係省庁への対応やテナントの荷物管理、債権債務の管理などの残務処理を続けています。社員や警備員、掃除スタッフへの給料の支払いも続いています。
しかし、収入がない状態で費用だけがかさむ状況が続き、予算は2016年10月までで尽きる見込みです。それ以降の取り壊し作業の開始時期は、ビル管理会社にも知らされていないとのことです。すべては政治的に進んでいるようです。
当初は数百ミリアル(数十億円)をかけて改装する予定でしたが、改装後の営業許可が10年しか得られないため、回収は不可能と判断されました。このため、取り壊して40階建てのビルを建設する構想があるようです。
時間が止まった廃墟の内部に残る記憶と美しさ|火災鎮火直後の記録
3機あるエレベータも2つは既に取り外され吹き抜け状態であり、デスクやキャビネットなどの大きな荷物を降ろすために、1機だけかご室がつるされている状態です。しかし、電気は来ていないので、かご室の上げ下げは人力作業になります。

封鎖されたビルの内部に潜入してみると、黒焦げの外観から想像する以上に、薄暗い室内に残されたデスクの上に放置された書類や、ペントリーの棚に置かれたままの食器やグラスからは、人間の活動の痕跡が生々しく感じられます。2015年3月10日で完全に時間がストップしているとはいえ、電気さえ通じて半日ほど掃除と片付けをすれば、すぐに火災前と同じようにオフィスとして使えるのではないかとすら思えます。
二度と再現できない崩壊の過程、オフィスで動的に感じられる活気と同じものが、廃ビルの中では痕跡として静的に感じられるところが、廃墟の恐ろしさでもあり美しさでもあるのかもしれません。
一通り自分の荷物は取り出したので、このビルに足を踏み入れることはもはやないと思われますが、思い入れのある建物だけに、これからどんな風に取り壊されていくのかは非常に気になります。
事例:2020年9月、Kosgoroビルはいつの間にか取り壊されていました。対面の日本大使館の警備員によると2020年9月頃の出来事だったとのこと。
