ロンボク島のリゾートとインドネシアの宗教変遷

2017/05/20

インドネシアのビーチ

歴史学では、かつてバリ島で栄えた小王国(ヌガラ)が「劇場国家」という概念で研究されています。現代社会の事象も、登場人物に役割を持たせることで、客観的に論じやすくなります。

インドネシアの歴史年表と王朝から大統領政権までの全体像を構造化した図解

インドネシアの歴史年表と時代区分|王朝・植民地支配・独立・大統領政権の全体像

5世紀頃、中部ジャワに仏教のシャイレーンドラ王朝やヒンドゥ教のマタラム王朝が誕生し、ラーマーヤナやマハーバーラタが文化として浸透しました。1602年、オランダは東インド会社を設立し、植民地支配を拡大しました。行政の中心地バタビアは現在…

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この記事でわかること

  • ロンボク島のKatamaran Resortは砂浜まで30mでオーシャンビューを提供します。
  • インドネシアでは15世紀までヒンドゥー教と仏教が中心でしたが、その後イスラム化が進みました。
  • 8世紀から9世紀にかけてシャイレーンドラ朝が中部ジャワに建国され、ボロブドゥールを建立しました。
  • マジャパヒト王国は1293年から1478年までジャワ島中東部を中心に栄えたインドネシア最後のヒンドゥー教王国です。
  • インドネシアの政治はポピュリズム的手法を用いて大衆の支持を集める傾向があります。

バリ島より圧倒的コスパ!ロンボク島のリゾートと本物のオーシャンビュー

2017年にロンボク島を訪れた際、ロンボク国際空港が開港したにもかかわらず、島全体が田舎の雰囲気を保っていることに驚きました。バリ島と比べて、ロンボク島のオーシャンビューのホテルは10倍のコスパがあると感じました。ロンボク島はイスラム文化圏であり、空港では多くの女性がヒジャブを着用していることに気づきました。

Katamaran Resort
正真正銘のオーシャンビューの部屋

事例:ロンボク島のKatamaran Resortは、砂浜までの距離がわずか30mで、正真正銘のオーシャンビューを提供しています。バリ島の海沿いのホテルでは、通りを挟んで遠くに海が見える程度のことが多いですが、ロンボク島ではその心配はありません。

要点:ロンボク島のリゾートは、自然の雄大さと手厚いサービスを兼ね備えており、バリ島よりも高いコストパフォーマンスを提供しています。

オープンテラスでのんびり過ごすと、日常の疲れが癒され、視力も回復するほどの美しい海が広がっています。リゾートホテルは、宿泊客が主役として快適に過ごせるように設計されており、期待を裏切るとホテル予約サイトのコメント欄が荒れることになります。

インドネシアの歴史における王国と宗教の関係:ヒンドゥーからイスラムへの変遷

中部ジャワ

インドネシアでは、歴史教育が愛国心を育むために重要視されています。特に、各地に小王国が建国される際には、宗教がその基盤となっていました。15世紀まではヒンドゥー教と仏教が中心でしたが、その後イスラム化が進みました。

事例:インドネシアの宗教は、インドや中国との交易を通じてもたらされ、王国の維持に重要な役割を果たしました。ヒンドゥーのプランバナン遺跡と仏教のボロブドゥール遺跡は、わずか30kmしか離れていません。

要点:宗教はインドネシアの王国形成において重要な役割を果たし、交易を通じて広まりました。

  • 5世紀頃:クタイ王国(カリマンタン島東部)、タルマヌガラ王国(西部ジャワ)建国(ヒンドゥ教)。
  • 8世紀~9世紀:シャイレーンドラ朝が中部ジャワに建国され、ボロブドゥールを建立(仏教)。
  • 8世紀~10世紀:古マタラム王国が中部ジャワに建国され、プランバナン寺院を建立(ヒンドゥ教)。
  • 929年:クディリ王国がジャワ島東部に繁栄(ヒンドゥ教)。
  • 1222年:シンガサリ王国がクディリ王国後にジャワ東部を本拠に栄える(ヒンドゥ教)。
  • 1293年~1478年:マジャパヒト王国がジャワ島中東部を中心に栄えたインドネシア最後のヒンドゥー教王国。イスラムへの改宗が進む。
  • 15世紀~16世紀:ドゥマク王国がジャワ島北岸に栄える(イスラム国家)。

インドネシアは、イスラムが多数を占めていますが、ヒンドゥ教はバリ島にのみ残存しています。この変遷は歴史的に重要な意味を持ちます。

ボロブドゥール仏教遺跡

ボロブドゥール遺跡の歴史と建築美|インドネシア

ボロブドゥール遺跡は8世紀から9世紀にかけてシャイレーンドラ朝により建設されました。2023年6月、天皇陛下の訪問によりボロブドゥール遺跡の知名度が日本で向上しました。ボロブドゥール遺跡は安山岩で作られ、三層の円壇と釣鐘上のストゥーパ…

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「劇場型国家」としてのインドネシア:政治・報道・社会に見る演出構造の実態

インドネシアは『劇場型国家』と呼ぶにふさわしい国です。国家体制を維持するためには、強力な独裁政権でない限り、どの政治体制もマスコミを通じて大衆に支持を訴えるポピュリズム的手法をとらざるを得ません。ユドヨノ大統領の「テロの撲滅」やジョコウィ大統領の「汚職根絶」などは、分かりやすく賛同を得やすいスローガンです。

事例:日本では郵政民営化に対する抵抗勢力や築地市場の豊洲移転の再検証に対する反対勢力を悪役に見立て、自分を正義の味方として支持を集める構図が見られます。

要点:政治的スローガンは、敵対勢力を悪役に見立てることで大衆の支持を集める手法です。

また、犯罪事件報道も劇場化する傾向があります。例えば、Grand IndonesiaのOlivierカフェでのコーヒー毒殺事件は、実行犯が主役、警察が脇役、大衆が観客という「劇場型犯罪」として報道されました。これは「他人の不幸を喜ぶ」という人間の本性を利用したマスコミの手法です。

さらに、自己中心的で被害者的立場から意見を言う人を「劇場型人間」と呼びます。これは、演劇の主人公として注目されたいが、それを表現する勇気がない人々のことです。

アメリカの政治人類学者クリフォード・ギアツは1980年の著書「ヌガラ-19世紀バリの劇場国家」で、「劇場国家」という概念を展開しました。バリ島の小王国(ヌガラ)では、祭儀が国を成立させる条件であり、国王が主催主、僧侶が監督、庶民が脇役として機能する国家でした。

私は7年間バリ島に住んでいましたが、オダラン(ヒンドゥの儀式)が多く、祭事優先で生活が回るバリ人の社会性が、ヒンドゥ教がインドネシアで生き残った要因だと感じました。