ジャコウネコの未消化かつ発酵済みの糞を原料とするルワックコーヒーは、食べた豆の産地独特の風味とまろやかなアロマの強さが評価の基準となります。ルワックは近年はケージで飼育されますが、自然の中で動物の本能で豆を選別して食べて排出された原料はより高価です。 インドネシアのコーヒー 「インドネシアのコーヒー」と聞いて思い浮かぶのはオランダ植民地時代に持ち込まれたコーヒーノキを起源とするプランテーション、北回帰線と南回帰線の間に東西に連なるコーヒー栽培に適した地理的風土、多数の高原地帯で栽培され風味も味わいも異なるご当地コーヒーなどです。 続きを見る
ジャコウネコの未消化の糞を精製した希少で高価なコーヒー
ルワック(Luwak)という動物がジャコウネコだと聞くと、なんかネコが陽だまりでコーヒー豆の上で気持ちよくお昼寝している様子を想像してほっこりするわけですが、実際には鼻が長くネコというよりネズミみたいなちょっと邪悪な顔をした動物です。
このルワックという名前はジャコウネコのご当地での呼び名であるため、ジャカルタのインドネシア人でルワックがどういう動物かと聞かれて答えられる人は稀であり、せいぜいイタチ(musang)のことではないかと言われるくらいです。
実際はイタチはイタチ科、ジャコウネコはジャコウネコ科、ネコ科よりも原始的な種類の動物らしいです。
見た目は悪魔の化身みたいで、実際に2014年から2015年に東ブカシのSukataniからTambun地域で、夜中にルワックコーヒーの香りとともに家の中のお金が消える事件が、2週間ほどの間に連続して発生し、これはルワックコーヒーの悪魔の仕業だ(Setan kopi Luwak)という噂が広まったくらいです。
「世界で一番高価なコーヒー」「幻のコーヒー」とか言われて、日本でも一杯1,000円以上するほどありがたがられるわけですが、コーヒーチェリーを精製するのではなく、コーヒーチェリーを食べたジャコウネコの未消化の糞を精製するという変わったコーヒーです。
生々しい写真で恐縮ですが、たぶん犬飼ったことある人なら誰でもわかる毛が混じった糞、こんなばっちいものをありがたく飲むという行為が文化的なのか原始的なのかわかりませんが、飽食で退廃した人類の欲望を満たすには、一周回って糞食に回帰せざるを得ないという予兆なのかもしれません。
このようにルワックコーヒーは正体不明のジャコウネコ科の哺乳類の糞の中にある未消化かつ発酵済みの豆から作られますが、近年はケージの中で飼育されたルワックの糞を集める「養殖もの」が主流であり、バリ島のコーヒー農園でもケージで飼われているルワックが見学できます。
実際に森の中に落ちている「天然モノ」の糞を探すよりも、ケージに入れて飼育しながら定期的に糞を採集したほうが効率が良いのですが、その飼育環境が劣悪だと問題視され、動物愛護団体から糾弾されることもあるようです。
コーヒー界の松茸的存在としてあがめられる一方で、毒にも薬にもならないような、名前だけLuwakを冠した廉価品がスーパーやお土産物名店に多く並び、商業主義が行き着く先には自然破壊と動物の生活環境の破壊があり、最終的には人間と動物の共存という難しい問題に行きつきます。
ルワックコーヒーの評価はまろやかで優しいアロマの強さで決まる
インドネシアは北回帰線と南回帰線の間の赤道付近に、東西に長く連なる国土に高原地帯が点在するという、コーヒー栽培に適した条件を満たす土地がたくさんあることから、まさにコーヒーベルト地帯に位置する国です。
1602年の東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が300年以上続き、その間にアラビカ種のコーヒーノキ(アカネ科コフィア属の植物を意味する学名に対する和名)をジャワ島に持ち込んでプランテーション栽培させたのが始まりと言われています。
栽培から流通までのサプライチェーンにおいて一貫して高い品質の管理を受けることによって提供され、厳正なカッピング(甘味や酸味、苦味、あとに続く余韻などといった味や香り、 品質の良し悪しを客観的に、総合的に判断すること)による基準をクリアしたものがスペシャルティコーヒーと呼ばれています。
世界第4位のコーヒー生産国であるインドネシアでは、その生産の70%がスマトラ島で生産されており、全体の90%がロブスタ種であり、スペシャルティコーヒーの対象候補となるアラビカ種はわずか10%しか生産されていません。
苦味強いロブスタ種のコーヒーは、アイスコーヒーのブレンド用に適しており、残りの10%のスペシャルティコーヒーとなりうるアラビカ種のコーヒーが、スマトラ島を中心にインドネシア各地で栽培されています。
そしてジャワ島にも良質なアラビカ種のコーヒー栽培農園が西ジャワのガルングン火山周辺や中部ジャワのスマランの高原地帯に残っています。
ちなみにスペシャルティコーヒーのカッピングの目的は「そのコーヒーが産地の風味の傾向を明確に表しているかかどうか」を評価することであり、コーヒーの甘味、酸味、苦味、余韻などの品質の良し悪しを客観的に総合的に判断する評価基準として有名なSCAA(Specialty Coffee Association of America)の採点基準では、以下の基準に基づいて100点満点で評価します。
- Fragrance / Aroma(飲む前のコーヒーの粉と液体の香り)
- Flavor(コーヒーが口と鼻で感じられる風味)
- After Taste(コーヒーを口に含んだ後の余韻)
- Acidity(コーヒーの酸味)
- Body(コーヒーを口の中で感じるコク)
- Uniformity(味の統一性)
- Balance(FlavorとAcidityとBodyのバランス)
- Clean Cup(雑味の少なさ)
- Sweetness(甘さ)
- Overall(総合評価)
仮に全く同じ産地で同じ時期に同じ条件でコーヒーチェリー(コーヒーの実)が収穫され、同じ条件で洗浄、選別、精製された生豆を、この場で焼いて挽いて淹れれば、高い確率で同じ風味・香味・味のコーヒーを飲むことができますが、実際には私たち最終消費者がコーヒー飲むまでには以下のような長いサプライチェーンの道のりがあります。
- コーヒーチェリーから生豆に精製⇒工場管理者の仕事
- 生豆の保存期間と保存環境⇒バイヤーの仕事
- 焙煎のされ方、焙煎後の保存期間と保存期間⇒焙煎士の仕事
- 粉砕(挽き方)・淹れ方⇒バリスタの仕事
- 淹れる⇒バリスタまたは消費者の仕事
ルワックコーヒーの場合は、産地だけではなく精製する原料が糞100%であることが重要なので、評価するにはいろいろな産地の豆を食べたジャコウネコの糞から精製したルワックコーヒーを飲んで、食べた豆の産地独特の風味だけでなく、ルワック特有のまろやかなアロマがどれだけ強いかが重要になります。
ジャカルタでいろんな産地のルワックコーヒーをカッピング評価してみる
その名もズバリKopi Luwak(中部ジャワSemarang産)
店の名前がそのまんまKopi Luwakですが、これは1969年に設立されたコーヒー栽培総合メーカーPT Java Prima Abadiによって商標登録されたもので、グランドインドネシアやコタカサブランカなど、ジャカルタを中心としたモールにアウトレットを展開しています。
ジャワ島ではロブスタ種の栽培が中心であり、アラビカ種コーヒーはそれほど有名ではないのですが、Kopi Luwakのルワックコーヒーは、スマランにある独自農園で採集したLuwakの糞100%を精製したものであり、店頭では10gの粉末をtubruk式(沈殿式)で淹れたものをRp.89,000で飲めますが、150gの粉をRp.650,000で購入することもできます。
「糞100%」というのがなんともたまりませんが、近年ルワックの名を語ったコーヒーのほとんどが通常のコーヒー豆とのブレンド品なので、糞100%という表現は正真正銘のルワックコーヒーであるという高い評価になるのです。
沈殿式とはコーヒーの粉がカップの上を漂流した状態のままスプーンでかき混ぜて、粉が沈殿するを根気強く待ってから飲むというやつですが、僕の場合沈殿しきれないで中層あたりを回遊しているコーヒーの粉が喉にひっかかるのが気になってしまいます。
この飲み方はバリのコーヒー「バリコピ」とか「コピバリ」で有名であり、実際にバリ島旅行でコーヒー飲んだ人が、これがトラウマになって「バリ島のコーヒーは粉っぽいから嫌だ」と誤解されることがあるのですが、これは単にバリ島の地元の人がフィルタを使わないで飲んでいる飲み方を呼んでいるだけです。
この「かきまぜて2分待つ」沈殿式で淹れたコーヒーは、、豆本来の酸味が十分に出きれず、お湯を注ぐ瞬間に立ち込めるルワックコーヒー独特の芳醇なアロマが出ないので、残念ながら僕にとっては物足りない感じがします。
昔からあるインドネシアのコーヒーチェーン店Excelso(Tanah Toraja産)
Excelsoは1991年にPlaza Indonesiaでオープンしたインドネシアの老舗カフェで、数年前まではサイフォン式で淹れてくれましたが、今は小さめのエスプレッソカップでクッキーが付いて1杯Rp.115,000円で飲めます。
スラウェシ島のタナトラジャにある独自農園で採集した糞100%のルワックコーヒーは、口に含んだときのまろやかさと、トラジャ特有の酸味が残ったパンチの効いたコーヒーですが、ただルワック特有のアロマは強くなく、言われなければ普通のトラジャコーヒーと考えてしまうかもしれません。
ここでも200gの粉末をRp.500,000で購入できますので、1杯10gで20杯分として1杯あたりRp.25,000とお徳です。
街中のKedai Kopi(中部スマトラJambi産)
インドネシア人はコーヒー好きなのでKedai Kopi(コーヒーショップ)が街のいたるところにあり、最近は本格的なカフェだけでなく、道端のKedai Kopiで出してくるコーヒーですら、明らかにレベルアップしており、経済成長著しいインドネシアの中間所得層が分厚くなり、食の面でも豊かになって、インドネシア人の舌が肥えてきていることが分かります。
弊社オフィスは西ブカシのSummareconという開発区画地域にありますが、すぐ近くの完全にインドネシア人の中間層をターゲットとしたKedai Kopiで、本格的なマニュアルブリューのシングルオリジンコーヒーをその場で淹れてくれます。
大半が1杯Rp.20,000程度のインドネシア各地から取り寄せたコーヒーの中に、1杯Rp.40,000のルワックコーヒーがあり、Luwak Sungai Penuhというスマトラ島中央部のジャンビ州(Jambi)2番目の都市のコーヒー農園で精製されたものです。
残念ながら豆の品質というよりも焙煎過程または保存方法が原因で発生したと思われる酸味が強すぎて、何か食べながらでないと胃に流し込むのはキツイと感じました。
やはりルワックコーヒーは自宅で飲むのが一番美味しくコスパが高い
ルワックコーヒーはジャコウネコの体内で発酵される過程での偶然によって生み出された、まろやかで強烈なアロマが最大の魅力であり、口に含んで舌や鼻で感じるフレーバーやアフターテイストは、他のスペシャルティコーヒーのほうが楽しめると思います。
つまり挽き方や淹れ方で差が出るスペシャルティコーヒーとは異なり、ルワックコーヒーの場合は豆の品質と鮮度で勝負が決まるので、僕にとっては南ジャカルタのBlok M Square前のPasar Melawaiの入り口付近にある、Batu Timbanganという店で購入している、100gがRp.140,000のルワックコーヒーを自宅で挽きたて、淹れたてで飲むのが最高という結論に至りました。
松茸もレストランで食べるより、自宅で炭火焼きしながら芳醇な香りを楽しむほうがより贅沢を味わえるのと同じように、ルワックコーヒーも自宅で豆を挽くときと淹れるときの2段階で放たれるまろやかなアロマを楽しむのがいいんじゃないかなと思います。