人前で話すのが上手な人

インドネシア生活

人前で話しをする苦手なシチュエーションを克服する方法【前もって準備したシナリオを即興のように話す】


大勢の聴衆の前にしたセミナーでのプレゼン【試合は前夜の事前準備段階から始まっている】

人前で話すのが得意だとドヤ顔で言える人はそうもいないと思われますが、話すことに対する苦手意識というものは、間違うのが恥ずかしいからとか、話がつっかえて恥をかくのが怖いからなど、自らのプライドを他人から傷つけられたくないという防御本能から来ています。

そんな自分でもここ10年間くらい、年3~5回のペースでチカランやカラワンの工業団地でのセミナーの登壇者として話が出来るようなったきっかけは、以前僕がプレゼンの名手と尊敬している方の登壇の様子を観察したとき、流れるようなトークとは裏腹に、手揉みしながらひたすら緊張を押し隠している様子が見受けられ「ああ、あんな話術の持ち主でも緊張するんだ。自分だけじゃないんだ。」と安心したことです。

さらにその人は、縦横無尽に流れるようなトークを展開しているように見えて、実はすべてがパワーポイントのNotesに書いた文章を読み上げているだけであり、そこには笑いを取るためのボケとか、聴講者への問いかけとか、詳細なシナリオが準備されていました。

要はプレゼンが上手くなるには、緊張せずアドリブでトークが出来ないとダメだと勝手に勘違いしていたのです。

イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルは、聴衆の心に響く演説の裏には入念な事前準備があったことを打ち明けていますし、引退した島田紳助さんは視聴者に自分が博識だと勘違いさせるために、各分野のマイナーな知識を深堀して記憶していると話していました。

単純な話、事前に準備した知識やシナリオを抑揚をつけて読み上げれば、それを聞いている人からすれば名演説者、名司会者になれるのです。

アウェーでの初対面の人との面談【具体化と抽象化の往来】

昔から場の空気を盛り上げることに対して苦手意識があった自分でも、工業団地を訪問し、初対面の見込み顧客とある程度の話が出来るようになったきっかけは、Youtubeのビジネス系チャンネルで、話術が巧みなインフルエンサーが、対談の場では空気を取り繕うために、無理してぎこちないトークをしていることに気づき「こんな有名インフルエンサーでも対談では苦労するんだ。自分だけじゃないんだ。」と安心したことです。

業務システムの仕事では、初対面の見込み顧客のシステムに関する悩み事を聞いて、的確な提案が出来なければ仕事が貰えませんが、僕は対談の場において話が盛り下がらないように無理して空気を取り繕うことは恥ずかしいとか申し訳ないとか、勝手に思い込みをして気遅れしていたのです。

またプレゼンの準備と同じように、相手が抱えるシステム上の問題に対する提案にも、入念な事前準備の有無が成否を左右し、実はこのブログの当初の目的は、見込み顧客との質疑応答の公開シミュレーションであり、シナリオに沿って概念的な話を具体例で提示したり、具体的な事象を抽象化して、別の事象に対しても本質的な提案をができるのです。

  1. ブログにシステム開発と導入の現場で経験した具体的な事象を記事にし、発生と原因を抽象化済み。抽象化とは言い換えると汎用化、最大公約数化、事象の本質の抽出。
  2. 訪問先で相手から聞いた内容は過去のブログの内容に類似しているので他社の事例として紹介。
  3. 事象の本質である抽象化された記載を元にシステム化による解決の提案を行う。

ブログ記事を書く上で最も意識していることは「事象の抽象化と具体化」であり、当ブログはコンテンツマーケティングとして弊社へのお問い合わせの窓口の役目を持つだけでなく、自分が対面で相手の問題の本質を捉えて適切な提案をするための営業ツールとしての役目も持っています。

そしてこれは蛇足ですが、僕の場合は通常の精神状態の延長ではテンションが上がらないので、初対面のお客さんと話をする直前に、胸に付いている「気合のスイッチ」をONにして「あなたの話をもっと聞きたいんです」「あなたともっと話をしていたいんです」という自己暗示を掛けます。

大人数の立食パーティ【極力避ける】

僕にとってはセミナーでのプレゼンや初対面の人との面談以上に苦痛なシチュエーションが、大人数での立食パーティ(座席指定の場合はOK)であり、その理由は以下のとおりです。

  • プレゼンや客先面談のように事前にシナリオが準備できず不安。
  • 大縄跳びの輪に入る時のようなタイミングの取り方が分からずオロオロする。
  • せっかく相性の良い相手と話始めてもすぐに別の人に取られてしまいポツンと取り残される。

とにかく周囲の話の輪に入っていけず、孤立して寂しい思いをすることが多いので、インドネシアで結婚式とか開所式とか、仕事上やむを得ず出席せざるを得ない場合には、なんとか嫁はんに同伴をお願いして話相手になってもらいますが、そもそも君子危うきに近寄らず、立食パーティへの参加は極力避けるようにしています。

最初から負け試合を避けることは僕にとっての生存戦略の一つです。





おすすめ記事一覧

大統領選挙で考えたギャップにハマるということ 1

ギャップにキュンとするというのは人間の本能みたいなもので、ジョコウィの私利私欲のない素朴なおじさん像と、その実強力なリーダーシップを発揮する実務派という内面が、一見普通の人だが実はスゴイというギャップ好きのインドネシア人に大ウケして、大衆は一種の集団催眠状態にあるようです。

情報の質のレベル 2

見える化された結果を共有化することで問題点が共通認識されますが、共有化が進むことで情報の持つ希少価値が薄れて困る人間がいる場合、有益な情報を独占することでポジションを高めようという政治力が働きます。

インドネシアのスタバの店員にありがたい人生の教訓を教わった件 3

いつものスタバでいつものアイスコーヒーを注文していると、だいたいなじみの店員が「今日は珍しい時間に来たねー」とか「今日もいつものアイスでいいのかなー」とか馴れ馴れしくフレンドリーに話しかけてきます。

宗教によって異なる「死んだらどうなる」の考え方 4

キリスト教もイスラム教もともにユダヤ教から派生した宗教であり、それぞれイエス・キリスト(本人が神)またはアッラーという唯一無二の神を信じます。

株価操作なんてインドネシア株では当たり前 5

株価は売り注文と買い注文により変動し、大量の売り注文を買う注文がたくさん入れば、他の投資家達は「俺も俺も」と続くことで株価が上がります。

心臓に毛が生えたインドネシア人のずうずうしい転職活動を応援してみた 6

インドネシア人は秘密の話は誰かに暴露しないと精神の安定を保てない人が多いため、内緒の話に情報の希少性は少なく信憑性も低いことが多いので、「ここだけの話」という枕詞付きで聞かされる話は話半分に聞いておいたほうがいいかもしれません。

日系企業のインドネシアでの存在意義 7

今のまま日本の人口減が続けば、内需は縮小の一途をたどるわけで、そうなると日本国内市場だけで生き残るのは難しいと判断する国内企業が、海外市場に活路を見出そうとするのは必然です。

チャンスはあるが勝てる分野を見つけるのが難しい 8

実際にインドネシアに住んでみて、自分で動いて人と話しをして、現地の事情を少しずつ理解していくにつれて、インドネシアで起業することが意外と手強いことに気づき、その難しさの原因は、高い送料と関税であったりローカル企業との競争であったり、就労ビザ(IMTA)や外国人技能開発基金(DPKK)などのランニングコストの高さであったりします。

インドネシアのシステムインテグレーション業界 9

先日JETRO(日本貿易振興機構)さんと、インドネシアの中小企業のIT投資について意見交換させていただく機会をいただいたのですが、そこで「システム投資のコストメリットはどのように説明できるのか」という、システムインテグレーターの存在価値にも関わる重要な問題提起がありました。

肉体と精神と心と魂 10

「Body and Soul」といえば、昨日の内閣改造に伴う人事で内閣府政務官に内定した自民党の今井絵理子参議院員がメンバーだったSPEEDのデビュー曲であり、インドネシアの老舗女性ファッションブランド名でもあります。

ジャカルタのラーメン市場 11

僕がインドネシアに初めて来たのが1997年10月、インドネシア語は分からないし、仕事は辛いし、周囲の人間は理不尽だし、一時期日本に帰りたくて仕方がない時期がありましたが、当時自分をかろうじてインドネシアに繋ぎ止める心の支えとなっていたのが、協栄プリンスビル(今のWisma Keiai)の日本食レストラン「五右衛門」であり、ここでキムチラーメンを食べることが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんでした。

ブランド力、技術力、資金力の3要素 12

1998年のジャカルタ暴動後、ルピアが暴落し海外からのドル建て債務を抱えた国内企業が利子の支払いに苦しんでいた頃、僕は外貨が獲得できるインドネシアでの新しいビジネスを探していました。

日本とインドネシアの間でのタイムマシン経営が通じなくなっている件 13

先進国と後進国との間にある流行のタイムラグを利用して、先進国での成功例を後進国で実践するビジネスモデルをタイムマシン経営といいますが、インターネットの普及に伴い情報がフラット化してしまい、モノと情報のタイムラグが限りなく小さくなった今、先駆者である中小零細同業他社が乱立し市場が出来上がったところに、後発の大手が参入し先発零細を駆逐していく、という典型的な負けパターンにはまります。

サリナデパートとマクドナルド 14

本日5月10日を最後にインドネシアのマクドナルド第1号店であるサリナデパート店(Sarinah)が閉店になりますが、ジャカルタのショッピングモールが新しいコンセプトでモダンにリニューアルされ続ける中で、僕がインドネシアに来たばかりの20数年前には、若者の待ち合わせ場所の定番でもあったサリナデパートやブロックMのパサラヤ(Pasaraya)などは完全に時代に取り残されてしまいました。

不景気の歴史 15

僕がインドネシアに来てからこれまで何度か経済不況を見てきましたが、今回の新型コロナウィルスの感染拡大により、間違いなく景気後退しますので、数年後にはこれがコロナショックとかコロナ不況とか呼ばれるようになるのかもしれません。

日本のバブル経済崩壊後とインドネシアの通貨危機後 16

自分が大学に入学したのがバブル経済末期の1991年、土地も株価もMAX爆上げして、三菱地所がアメリカの象徴であるロックフェラーセンタービルを買収し、ジュリアナ東京でワンレンボディコン(登美丘高校ダンス部のバブリーダンスみたいなやつ)のお姉さん達が扇子振って踊っている時期でした。

内需と外需の自国経済に及ぼす影響 17

公共事業投資を行っても、お金が企業内や個人の貯蓄に滞留してしまい国内消費が増えないのが日本の状況であり、国内消費は増えても消費材の輸入品比率が高く、国内資産が海外に流出しているのがインドネシアの状況です。

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい 18

来年の大統領選挙(Pemilu Pilpres Pileg Indonesia 2019)に向けての選挙運動(Kampanye)を解禁するにあたり、投票用紙に印字される順番はジョコウィ現職大統領・マフル副大統領候補組が1番、プラボウォ大統領候補・サンディアガウノ副大統領候補組が2番と決まりました。

コーヒーをもっと楽しくもっと美味しく 19

インドネシアは北回帰線と南回帰線をはさむコーヒーベルトに位置するコーヒー栽培に適した国で、1602年の東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が300年以上続き、その間アラビカ種のコーヒーが持ち込まれ、気候のいい高原地帯で栽培が開始されました。

インドネシア人の悪魔祓い 20

人間誰しも自分の中に悪魔が潜んでおり、それが何らかのきっかけで表面に出て来るという考え方自体には、背景に宗教が有るか無いかの違いだけで、基本的に理解できる話であり、それを信じるか信じないかは別として、そういう考えがあることを認めることは大切なことだと思います。

-インドネシア生活

© 2020 バテラハイシステム Powered by STINGER