インドネシアのコーヒー市場の成長と文化の変遷

2020/07/12

coffee

インドネシアのコーヒー栽培は、植民地時代にヨーロッパへの輸出を目的として始まりました。2010年以降、一人当たり名目GDPが3,000ドルを超えたことで、インドネシア国内でも高品質のコーヒーの需要が増え、流通が始まりました。

コーヒー大国インドネシア

インドネシアのコーヒー文化と産地別スペシャルティ豆の魅力とは?

インドネシアのコーヒーはオランダ植民地時代に輸出目的で持ち込まれました。スペシャルティコーヒーは高原地帯で栽培され、風味が異なります。UCC上島コーヒーのマンデリンやキーコーヒーのトラジャは有名です。

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この記事でわかること

  • インドネシアのコーヒー栽培は植民地時代に始まり、ヨーロッパへの輸出が目的でした。
  • 2010年以降、インドネシア国内で高品質コーヒーの需要が増加し、流通が始まりました。
  • J.Coドーナッツは2005年にオープンし、無料ドーナツ戦略で全国に広がりました。
  • インドネシアは世界第4位のコーヒー生産国で、ルワックコーヒーが特に有名です。
  • コロナ禍以降、テイクアウト型のコーヒーチェーンが成長し、消費者の安全性への関心が高まっています。

コーヒー消費市場形成までの黎明期(1997年~2009年)

1997年10月にインドネシアに来る前は、日本でコーヒーを飲むのは朝マックの時くらいで、コーヒー自体への興味が薄い人間でした。しかし、ジャカルタでは仕事明けにインドネシア語の勉強をするために、Plaza Indonesia地下の煙草臭いExcelsoの電源に近い席で、クラブサンドイッチとハウスブレンドコーヒーを注文し、毎日のようにモール閉店時間まで勉強していました。

当時、コーヒーの全国チェーン店と言えばExcelsoくらいしかなく、他にはインドネシア語を教えてもらっていたサリナのマクドナルドや、トッピングが選べるサンドイッチが美味しいオララ(Oh La La Cafe)で女の子と待ち合わせの時にコーヒーを飲んでいた記憶があります。

日本人のおじさん達特有の行動様式として、平日夜にはBlok Mの夜の街に飲みに出る前に、パサラヤ(Pasaraya)地下の日本のキーコーヒー(Key Coffee)で時間を潰し、土日には5階の民芸品売り場の奥にあったカフェトラジャ(Kafe Toraja)で、待ち合わせ時間に必ず遅れてやって来るお姉さんと食事している最中に、隣のテーブルに知らない日本人が同じようにお姉さん同伴でやってきて、たまたまお姉さん同志が知り合いだったりすると、彼女達がお喋りに夢中になっている間、放ったらかしにされた日本人同士の間には嫌な緊張感が漂いました。

Kafe Toraja名物、サイフォンを使ってアルコールランプの熱による蒸気圧で水が上昇し、ランプの火を消したあとにコーヒーの粉と一体化した黒い液体が、地球の重力に抗うことなくゴボゴボと下に落ちる、理科の実験風の光景を眺めるのは、日本で喫茶店にすらほとんど入ったことがなかった私にとってはこの上ない贅沢な体験でしたが、酸味の強いトラジャのコーヒーをサイフォン1個分、ストレートで全部飲み切ることは出来なかったように記憶しています。

事例:インドネシアの老舗カフェExcelsoのランテカルアのKalosi Toraja。酸味が強くサイフォンでやると酸っぱく感じるので、個人的にはフレンチプレスで上からギュッと圧縮して下からムニュっと苦味ごと湧き上がる感じが好きです。価格は上がったものの昔から味も形も変わっていない鉄板メニューのクラブサンドイッチもお勧めです。

理科の実験のようにサイフォンでコーヒーを抽出。インドネシアに来てはじめてサイフォン式でコーヒーを淹れてもらったときはそのエンタメ性に感動したものですが、私よりも少し上の年代の方にとってはサイフォン式がむしろデフォだという感覚のようです。味は濃いのは判るけど薄味好きとしてはお湯で薄めたいところ。

J.Coやミスド(Mister Donut)というドーナッツチェーン店で美味しいコーヒーが飲めますが、当時はダンキン(Dunkin' Donuts)で不味いコーヒーを飲むしか選択肢がなく、何でインドネシア人は砂糖で真っ白、またはチョコでこげ茶色に染まった極端に甘い健康に悪そうなドーナッツが好きなんだろうと不思議に思ったものですが、インドネシア人にとっては「甘い=贅沢なもてなし」という意味が強く、お土産や自分の誕生日のお礼(インドネシアでは誕生日の人が食事を奢ったりドーナッツを買って振舞ったりする)には、甘すぎるくらいのドーナッツが丁度良かったのかもしれません。

その後サロンチェーン大手のJohnny Andreanがクリスピークリーム(Krispy Kreme)のフランチャイズ権をドタキャンして、学んだ製造ノウハウを元にJ.Coドーナッツをオープンさせたのが2005年の話であり、「ドリンク注文でグレーズ1個無料」という戦略が大当たりして、あっという間にインドネシア全土に店舗網を広げていきました。

事例:Rp.20,000のアメリカーノにグレーズドーナツが付いて、WIFI高速環境で電源も取れて、雰囲気もおしゃれなJCOって最高だと思います。ソーシャルディスタンス(jarak sosial)も3m確保できるし、ジャカルタがロックダウンするよりも、ブカシのJ.COが閉まるほうが困ります。

これらはいずれもコーヒーというよりサンドイッチやドーナッツなどのフードを売りにした店であり、本格的なコーヒーチェーン店ブームの到来は、2001年のアメリカ資本のコーヒービーン(The Coffee Bean & Tea Leaf)の進出、2002年にPlaza Indonesiaにオープンしたスタバ(Starbucks)、2005年にインドネシアで生まれたベーカージーン(BAKERZIN)などが先駆け的存在ではないでしょうか。

事例:インドネシアのコーヒー文化は、1997年から2009年にかけて急速に発展しました。ExcelsoやKafe Torajaなどのカフェが人気を集め、サイフォン式コーヒーのエンタメ性が注目されました。また、J.Coドーナッツの成功は、インドネシア全土に店舗を広げるきっかけとなりました。

要点:1997年から2009年にかけて、インドネシアのコーヒー市場は急成長を遂げ、ExcelsoやKafe Torajaなどのカフェが人気を集めました。J.Coドーナッツの成功も市場拡大に寄与しました。

所得水準の高まりに伴うコーヒー消費市場の成長期(2010年~2019年)

インドネシアは、スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島、スラウェシ島、バリ島、ヌサトゥンガラ諸島、パプアといった主要な国土が東西に長く連なり、コーヒー栽培に適した高原地帯が点在しています。これにより、インドネシアはコーヒーベルト地帯と呼ばれています。1602年、東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が始まり、アラビカ種のコーヒーノキが持ち込まれ、プランテーション栽培が行われました。これがインドネシアでのコーヒー栽培の始まりとされています。

インドネシアは植民地貿易の出荷拠点であり、コーヒー栽培は主にヨーロッパへの輸出を目的として行われてきました。しかし、2010年以降、一人当たり名目GDPが3,000ドルを超えると、インドネシア国内市場向けに高品質なローカル産コーヒーが流通し始め、インドネシア人の間で美味しいコーヒーに対する需要が増加しました。

インドネシアのカフェ出店ラッシュは、2010年頃から始まりました。美味しいアテへの需要に合わせて、2005年にJCO、2006年にkrispy kreme、2015年にミスドがオープンしました。それ以前のCikarangではLippo Mallのカラオケでsingkong gorengと粉っぽいkopiで時間調整した思い出があります。

2012年にはスラバヤ通りのGiyanti Coffeeや、2013年にはタムリンシティ横のTanamera Coffee、グランドインドネシアのDjournal Coffeeなどがオープンしました。これにより、これまで主に輸出用に生産されていた高品質なコーヒーが、所得水準が上がった中間層で分厚くなった国内市場に回り始め、本格的なスペシャルティコーヒーで勝負するカフェが南ジャカルタを中心に次々に出店されるようになりました。

ユーミンの「スラバヤ通りの妹へ」で有名な骨董品通りにあるGiyanti Coffee RoasteryのBeaf PieやCheese Browniesが予想外に美味しかったです。

日本を含む先進国のカフェで出されるコーヒーは、主に中南米産やアフリカ産のものが多いですが、インドネシアではジャコウネコの糞から精練されたルワックコーヒー(Kopi Luwak)が生産されており、これが世界中のメディアで喧伝され、コーヒー愛好者の間でブームが起きました。インドネシアはアジアではベトナムに次ぐ世界第4位のコーヒー生産国としての知名度が高まりました。

Kopi LuwakでRp.89Kのルワックコーヒー、スマランのアラビカ種農園(養殖)産。封を開けて賞味期限と香りチェックの儀式の後、saring(ろ過式)ではなくtubruk(沈殿式)で、かき混ぜて蓋をして2分待って飲む。芳醇さと酸味が弱いが、吉岡里帆似のお姉さんが丁寧に説明してくれました。

一時期、日本からのお客さんから「ルワックコーヒーを飲んでみたい、お土産に買って帰りたい」という要望を受けることがありました。そういう時は店の名前がズバリそのままのKopi Luwakにお連れしましたが、ジャカルタの多くの主要モールで見られるこのチェーン店は、2002年にスマランでオープンした老舗であり、世界的なルワックコーヒーブームで最も恩恵を受けた店かもしれません。

インドネシアのコーヒーベルト地帯

インドネシアのコーヒー産地と風味の多様性

インドネシアは世界第3位のコーヒー生産国で、スマトラ島が生産の70%を占めます。インドネシアのコーヒーは90%がロブスタ種で、アラビカ種は10%に過ぎません。インドネシアのコーヒーは産地ごとに異なる風味を持ち、特にアラビカ種は高地で栽…

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コロナ禍後の新しい生活様式に合わせた発展期(2020年以降)

2018年頃から、台湾発祥のタピオカドリンクがインドネシア中を席捲しました。Chatime、KOI Kafe、幸福堂、Tigar Sugarなどのブランドが人気を集め、シーリングされたカップの蓋を太目のストローで突き刺して飲むスタイルは、ジャカルタを中心とした都会の若者にとって利便性が高く、インスタ映えすることからも支持されました。この成功のロールモデルに影響を受けたローカル系スタートアップ企業のコーヒーチェーン店では、テイクアウェイ(持ち帰り)の売上を重視したビジネスモデルを採用しています。

Kopi Kenanganはテイクアウェイ客をターゲットにした低価格路線の店で、タピオカブームに便乗してどこでもこぼさず飲めるようにカップのシーリング方式を採用していました。これがコロナ禍では清潔なコーヒーを密にならない安全な場所で飲めるという消費者の信頼獲得に繋がりました。

Kopi Kenangan、FORE、JanjiJiwaの3つは最も勢いのあるローカル系スタートアップコーヒーチェーン店です。コロナ禍でのPSBB(大規模社会制限)下では、店内インテリアの雰囲気を楽しむイートイン型カフェが売上減に苦しむ中、GoFoodやGrabFoodのデリバリー経由の売上を重視したテイクアウト型の小店舗は成長を遂げています。消費者の商品に対する安全性への関心が高まる中、この傾向はしばらく続くと予想されます。

前から違いが分からなかったけど、Ottenはコーヒー関連グッズの販売、Foreはドリンク販売です。Roasted Latteは甘過ぎて二口目でギブしたがカップのデザインと質感は最高。インドネシアではコロナ禍で持ち帰り前提型のカフェビジネスが大きく躍進しました。

イスラエル・パレスチナ情勢への関心が高いインドネシアではスタバがボイコットの対象となり、客足が遠のく一方で、IndomaretのPoint coffeeやAlfamartのBean spotなどのコンビニコーヒーの品質が向上しています。消費者の安くて美味しいコーヒーを求める傾向が高まっています。

事例:インドネシアローカルコーヒーが売りのJanjiJiwaは、栽培農家から豆を買い付け丁寧に精練、焙煎しているらしいですが、味はスタバの3割引きです。しかし、Rp.15,000でノンシュガーのアイスアメリカーノが飲めるので見かけたら速攻買うのがおすすめです。個人的にはEs Madu YuzuRp.25,000がお勧めです。