インドネシア人は、会社以外の副業からの収入を持つことが一般的です。車や不動産といった高額な資産に対する購買意欲も高まっています。2020年から2021年にかけてのコロナ禍でも、日銭を稼いで生き延びようとするインドネシア人の生活力は、日本人が見習うべき点だと思います。
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インドネシア人の性格・民族・宗教観|多様性に生きる国民性とは?
インドネシアの人口は2億8千万人で、ジャワ島に4割が集中しています。ジャワ人は45%、スンダ人は15%を占め、イスラム教徒が9割です。ジャワ人は幸福と調和を重視し、バタック人やマドゥーラ人は気性が激しいとされます。
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この記事でわかること
- インドネシア人は副業を持つことが一般的で、生活力が高いです。
- インドネシアでは相続税や贈与税がなく、親からの資産授受が容易です。
- 2020年のコロナ禍でもインドネシア人は副業で生計を立てる力を示しました。
- インドネシアの最低賃金は過去10年でほぼ4倍に上昇しています。
- インドネシアの熱帯気候は自給自足を容易にし、生活力を高めます。
「副業×知恵」で生き抜く力|インドネシア人に学ぶサバイバル生活術とは?
私が住んでいるアパートから徒歩圏内にあるGrand Indonesia Mallで昼食をとり、買い物をし、台湾スイーツで一息つくと、週末に飛んでいくお金の額は驚くほどです。そこでふと思ったのですが、普通のインドネシア人は1ヶ月どのように生計を立てているのでしょうか。
私の部下たちは、平均的なインドネシア人に比べれば高給取りに分類されると思いますが、インフレ傾向にあるジャカルタの物価水準の中で生活するには、決して贅沢ばかりはできない金額です。彼らは副業を持っており、会社の仕事が本業なのか副業なのか分からないほどの人もいますが、その一方で安く生活する知識と知恵も持っています。これを生活力と呼ぶならば、インドネシア人の生活力は日本人よりも高いと感じます。
アパートの部屋にはランドリーのお兄さんがシャツを届けに来ますが、20代前半と思われるこのお兄さんは零細経営ながらスタッフ1人を雇用してランドリービジネスを営んでいます。教養や収入、資産の面では私の方が上かもしれませんが、もし世界が崩壊したとき、より長く生き抜くのはこのお兄さんの方だと思います。
組織の中で守られた環境で仕事をしていると、仕事の成果は自分一人で成し遂げたように錯覚しがちですが、その成果を生み出すために他の構成員が歯車のように連動して役割を果たしています。ただし、心のどこかで不安を感じています。
インドネシア人に学ぶ“生活力”|学歴よりも実践力がモノを言う時代へ
私の妻はインドネシア大学の日本語学科出身ですが、大学では工学部や経済学部が花形で、日本語学科はマイナーな存在でした。経済学部の学生からは「何のために日本語なんて勉強しているの?何の役に立つの?」とよく言われたそうです。
この言葉には大きな力があります。妻は家庭教師で収入を得ていましたが、経済学部の学生は自分でお金を稼げていたのでしょうか。組織を離れたときに自分の生活力を試されることになります。アパート賃貸収入や株式投資、フリーランスでの仕事など、独力で収入を確保することは非常に重要です。
年齢や学歴はあまり意味がないかもしれません。生活力を測るには、組織を出たときにどのように生活していけるかをシミュレーションする必要があります。インドネシア人はその点で生活力が高いです。インドネシアの熱帯気候では、そこら辺にバナナやカンクンが生えており、日本よりも飢え死にのリスクが低いです。そのため「とりあえず何かやってみようか」と自分で背中を押しやすい環境にあるとも言えます。
日本人が学ぶべき?収入源を複数持つインドネシア人の賢い生き方
2020年4月からインドネシアでは新型コロナウィルス感染拡大防止のため、PSBB(大規模社会的制限)が施行されました。これにより消費者の購買意欲が制限され、業績を悪化させた企業が事業縮小を断行した結果、4月までに解雇PHK(Pemutusan Hubungan Kerja)された従業員の数は700万人に達すると言われています。このまま企業の事業縮小が続けば職を失う人々が増える可能性があるため、経済へのマイナス影響が深刻であるという判断の下で、6月からPSBBが段階的に緩和されてきました。
しかし、7月13日の新規感染者数は1,282名と依然として1,000人を超える勢いで、ジャカルタのPSBBは延長が必至とされ、ジャカルタ特別州知事のアニス氏は状況が改善されなければ「PSBBからの移行期間(masa PSBB transisi)」から元の「社会的制限」に再強化する可能性も示唆しています。
このような先の見えない状況下で、SNS上でインドネシア人による「ブラウニーの販売始めました」「レンタル自転車始めました」という副業プロモーションを頻繁に目にするようになりました。
事例:以前は副業で「携帯電話売ってます」「アボカド売ってます」と聞くたびに、インドネシア人の生活力の強さに感心していましたが、「車5台でレンタカーやってます」「日本人にアパートの部屋貸してます」といったスケールの大きい話を普通に聞くようになり、時代が変わったと感じます。
日本もインドネシアも従業員10人以上雇用する会社は就業規則(PP=Peraturan Perusahaan)の作成が必要です。日本の場合、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」には「許可なく他社の業務に従事しない」という記述があり、副業は好ましくないという雰囲気がありましたが、2018年1月から働き方改革の一環として、副業に関する規定を追加したことで副業を解禁する民間企業が増えました。
一方でインドネシアでは、会社勤めしているインドネシア人でもほとんどが副業を持っていると言っても過言ではありません。「インドネシア人は給料が安いのに何で家とか車とか買えるんだ?」という在住日本人の疑問に対して、考えられる理由はインドネシアには相続税や贈与税がないため親からの資産の授受が容易に行われること、そして会社からの収入以外に副業からの収入があるケースが多いことです。
インドネシアのGDP成長率は2019年までは5%程度を維持しており、最低賃金は長期でほぼ4倍に上昇しました。車や不動産といった高額な資産に対する購買意欲は日本人を凌駕するほどになりましたが、2020年の第1四半期のGDP成長率は前年同期比2.97%に減速し、消費市場は冷え込み企業の業績悪化が続く中で、会社からの給料に頼ってばかりはいられないインドネシア人の副業熱は益々高まっています。
2020年当時、税務署による個人所得に対する監視が厳しくなっているとはいえ、所得税に対する意識はまだ低いため、副業からの売上はほぼイコール収入となるのはインドネシアならではのメリットです。2020年から2021年にかけてのコロナ禍下でも、何とか日銭を稼いで生き延びようとするインドネシア人の生活力の強さは、日本人が真摯に見習うべき点だと思います。
靴下から野菜まで売る!インドネシア人の柔軟な働き方とビジネスの知恵
インドネシア人の生活力には感心させられることが多いです。1998年から1999年の通貨危機の際、某日系邦銀に出入りしていた時、システム部のスタッフたちは日常業務の合間にブラウニーやチョコレートキャンディー、靴下などを同僚に販売していました。システム部のルームは戦時下の闇市のようでしたが、インドネシア人のマネージャーもそれを当然のことのように黙認していました。
2020年から2021年にかけてのコロナ禍でも、解雇や自宅待機になった人々が自家製のスポンジケーキやローストビーフなどを販売していました。通貨危機時と異なるのは、GoSendやGrabSendなどのデリバリーシステムが利用でき、個人のサイドビジネスの商圏が広がっていることです。
事例:ボゴールの夫婦が15万ルピアの元手で近隣住民向けに売り始めたmanisan terong unguは、オンラインに乗せたことで1日当たり2~3jutaの売上を出すビジネスに発展。味はクルマに似ているらしい。
コロナ禍で収入が減り、自給自足を目指すために自宅の庭で野菜を育てていた主婦たちが、新鮮野菜を売りにして外部に販売を始めた事例があります。
事例:空いている自宅の庭で直径30cmのポリバッグでトマト、ネギ、唐辛子、キャベツなどを育てて販売する36人の主婦達が3ヶ月で18juta獲得。一番高額なのがRp.8,000/kgのネギ、一番成長が早いのがレタスで20日で収穫、自治体の支援を受けて観光名所化の予定もあるとはすごい。
別の地域では計画的に村の住民が野菜を育てて販売する試みもなされましたが、栽培のノウハウに乏しく気候が合わないなどの要因でとん挫した事例もあります。しかし、この地域の主婦は野菜を育てることに慣れていたことと、もともと自宅で食べる分に作っていたのがたくさん出来たので売ってみようという自然な流れが成功の秘訣かもしれません。
また、農村部でミーアヤム(mie ayam)の屋台をやっていた人が、所得水準の高い都市部に移動し、コロナ禍に合わせて極限まで価格を下げることで、他店が参入しづらい低所得者層向けの商売を行い大繁盛している事例があります。
事例:低所得者層をターゲットとした一杯Rp.5,000のミーアヤム、レシピは独学、田舎から購買力の高いジョクジャの市街地に移転、コロナ禍に合わせて値下げした結果、売上Rp.2juta/日。インスタを見て旅行者も立ち寄るほどの繁盛店に。
かつて有名な経営コンサルタントの大前研一さんが、人間が変わるためには3つの方法しかないと言っていました。
- 時間配分を変える
- 住む場所を変える
- 付き合う人を変える
故郷のソロ(Solo)からジョクジャカルタ(Yogyakarta)に移転して商売を立ち上げ直すことは、生活環境もビジネス環境も一新され、ゼロからの再スタートであり、大変な苦労があることは容易に想像できます。しかし、鳴かず飛ばずだった商売から、低所得者層向けビジネスというコロナ禍での新しい試みにチャレンジするには、それくらいの変化が必要なのかもしれません。
私もかつてバリ島で小売り(服・アクセサリー)をやった経験からすると、小売り商売は在庫管理と陳列管理、接客など日々の作業で疲れてくると、儲かっていても儲かっていなくても値上げしたくなるものです。「利益は薄いがお客が一杯だから損はない。価格が高ければ客は少ない。高いのは損だ」という確固たるマイクロビジネスの信念はなかなか真似できるものではありません。
コロナ禍下当時は、弊社を取り巻く環境も厳しいものでしたが、こういう知恵で逆境を乗り切る事例の中に、ビジネスのヒントが隠されているような気がしてなりません。