インドネシアでのITビジネスは、コロナ禍の影響を大きく受けました。この期間を振り返ると、バリ島爆弾テロやリーマンショックの不景気を乗り越えた経験が役立ったように、今回の体験も次の不況への備えとなるでしょう。
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インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり
感情に流されず合理的な思考を訓練することが重要である。他人と自分を比較しないことで自己肯定感を高められる。理性を働かせることで推論を構築し、過去の経験がその確からしさを裏付ける。
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この記事でわかること
- インドネシアでは2020年3月に初のコロナ感染者が確認されました。
- 労働省からの抜き打ち検査で多くの書類が求められました。
- コロナ禍での業務改革の必要性をウェビナーで議論しました。
- PSBB期間中は背もたれなしの椅子が腰痛改善に役立ちました。
- 日常生活の動きは健康維持に必要な運動と考えられます。
「コロナ禍」という言葉が一般化した
日本で新型コロナウィルスに対する意識が高まったのは、2020年2月4日に横浜港に寄港したダイヤモンドプリンセス号でクラスターの発生が確認された頃だったと記憶しています。「コロナ禍」という言葉が全国各紙で使用され一般的になったのは4月中旬くらいだったはずです。
中国、日本、韓国と感染者が増えていく一方で、インドとインドネシアでは感染者が出ておらず、高温多湿な気候やインドのカレー、インドネシア料理で使われるkunyit(ウコン)が病気の予防に役立っているという説がありました。しかし、2020年3月にインドネシア初の感染者が日本人と接触したのが原因と政府発表があり、在住日本人は「偏見」または「差別」という不安に直面しました。
弊社には3月19日に労働省(Dinas Tenaga Kerja dan Transmigrasi)から、新型コロナウィルスに関する現地調査という名目の不法就労取り締まりのための抜き打ち検査が入りました。3月末にはオフィスを閉鎖して在宅勤務に切り替えるよう指示を受け、4月に入りジャカルタのPSBB(大規模社会制限)が始まる頃が、弊社にとってのまさしくコロナの禍(わざわい)の始まりでした。
朝一で労働省(DISNAKER)から検査が入り直近の出入国日や咳の症状が出た日を調査、以下書類を求められましたのでご参考までに
- 会社設立証明書
- 労働報告義務 WLK
- KTP(家族全員)
- NPWP
- 営業許可書 (SIUPまたはNIB)
- 就業規約PP(従業員10名以上の場合)
- 従業員の給料一覧
- BPJS支払いの証拠
今考えると最初の4月~5月の2か月は、突然事業環境が変化し従来どおりの営業活動で全く成果が出ず戸惑っていた時期であり、次の6月~7月はあの手この手で先の見えない現状を打開するために暗中模索していた時期であり、後半の8月~9月になって過去の自分の考え方を内省していた時期だったように思えます。
4月~5月:魚の居ない池に釣り糸を垂らしているような時期
当時、仕事の引き合いがペンディングになり、新規のIT化案件の話がゼロになりました。メールや電話でのインバウンドのお問い合わせが無くなり、メールでのアウトバウンド営業に対する反応も芳しくなくなるまでの事業環境の変化は、まるでジェットコースターの頂上から一気に底辺に落ちるかのように、あっという間に起こりました。
自分の置かれている状況すらよく理解できず、ただ従来どおりのやり方を続けるだけだった最初の2か月間は、例えて言えば「魚の居ない釣り堀に釣り糸を垂らしている」ような感覚で、先行きの見えない中で焦りと不安だけが募っていきました。
6月~7月:暗がりの中を手探りで進む時期
コロナ禍が終了した後に振り返ってみて、一番辛かったと言えるのがこの時期です。コロナ禍に合わせた業務改革の必要性についてのウェビナーを開催しつつ、自分の会社ではどのように収益改善や業務改善を行うべきか分からないという矛盾を抱えながらも、とにかく何かを試み、やりながら方向修正していくというフォワード志向で暗中模索していました。
事例:コロナ禍で仕事のやり方は変わらざるを得ず、それで効率化が進むのなら良いことだと思いますが、何でやるのか明確に説明できないまま、やった先に何か見えてくるのではないかという宗教的な部分は必ず残ると思います。
私の場合、何か新しいものを生み出すための思考パターンとして、過去の自分の経験やネット上の海外の事例を抽象化し、コロナ禍の中のインドネシアで実現するための具象化を行います。一日中頭をひねって知恵を振り絞っても形(言葉)にならず落ち込むこともありますが、一晩寝たら突然形になることで気分が晴れるという、気分の上げ下げの激しい時期でした。
事例:2002年のバリ島での爆弾テロ後、観光客が忽然と消え、デンパサールとサヌールで開いていたブティックの売上が悲惨な状態となりました。人員カットや、暇している従業員にネックレスを作らせて販売するなどして、なんとか売上を出して店をやりくりした経験が多少なりとも生きていたかもしれません。
8月~9月:内省の時期
厳しい時期に仕事をいただけることのありがたさ、他人の優しさを身に染みて感じた時期であり、バリ島からジャカルタに引っ越すまでの1年間、ニート生活をしていた時期の心境に重なりました。
事例:バリ島での1年間のニート生活で学んだ人生の教訓。一つ目は人間は極端な環境の変化に順応できるほど強い生き物であるということ。二つ目は人間はその場に居るときはありがたさが理解できないこと。三つ目は人間は心細いときほど人の優しさが身にしみるということ。
ITの仕事は「システム屋」という立場でやれば、業務をデジタル化するだけで、それによって生まれる効果を軽視しお金に執着するようになりますが、「問題解決屋」という立場でやれば、お客が抱えている問題をなんとか解決したいという本来の基本姿勢に立ち戻れると考えています。
学生時代にインドでシタールの先生から言われた言葉「演奏のすべては声楽が基本であり、自分の体も楽器の一部であり、たまたまシタールを持っているから自分の歌声がシタールの音色になる」、これはITの仕事でも言えることで、あくまでもシステムは問題解決のためのツールに過ぎないわけです。
制約条件の理論であるTOC理論(Theory Of Constraints)では、問題解決のために一番効果が出るのがボトルネックの改善であると説かれるように、格闘技(パンクラチオン)の関節技では、どこをきめれば相手が倒れるかという理論体系があるように、システムをいかに業務に当てはめるかではなく、業務のどこを改善すれば最大の効果が生まれるかを考え、それをシステムというツールを使って実装するというのが本来あるべき姿です。
問題解決が目的であればツールは何でもよい、そうだとすれば引き出しは多いほうが対応しやすくなるということで、過去の自分の経験と知識の棚卸を行い、業務改善のコンサルに役立つように、知識を体系化する作業を行いました。
事例:バリ島での生活を通じて、極端な環境の変化に順応する力や、人の優しさを感じることができました。これらの経験は、IT業界での問題解決においても重要な教訓となっています。
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バリ島ニート生活で学んだ人生の教訓と感謝
人間は極端な環境の変化に順応できる強さを持ちます。インドビジョンを解約し、自由な生活の快感を得ました。バリ島での生活は、感謝の気持ちを深く理解する機会となりました。
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10月以降:回復の兆しが見え始める
9月14日からジャカルタで再強化されていたPSBBが10月11日に打ち切られ、「健康的で安全、生産的な社会に向けた移行期」が再開されました。これにより、インドネシアの日系製造業も本格的に生産を再開することが期待され、お客様の反応や新規のインバウンドのお問い合わせなど、IT投資への意欲が若干上向きになっている兆候が見られました。
事例:オレンジと白のハイビスカスが織りなすコントラスト。長い活動制限期間中にオンラインで購入した植物達が庭ですくすく成長しており、私自身も随分と植物に詳しくなりました。10月に入って少しずつインドネシアの日系企業によるIT投資も回復しているのを感じるのでこのまま経済活動回っていくように🙏

かつてインドネシアで経験した1997年~1998年の通貨危機(政治的要因)、2002年のバリ島での爆弾テロ(宗教的要因)による不景気、2008年のリーマンショック(金融的要因)に続く今回のコロナパンデミックでの負の経験は、次に来る不景気への対応のために生かすことで元を取るくらいの意気込みで、前向きに乗り越えていくしかないと思います。
インドネシアで経験したコロナ禍から得た教訓
腰痛にはしょぼい腰掛が良い
3月末に強制閉鎖されたオフィスを2か月半ぶりに掃除しに行ったとき、机も床もピカピカに磨かれていて驚きました。弊社の建物管理担当者が男性から女性に交代しており、女性の方が仕事が丁寧だと感じました。
PSBB(Pembatasan Sosial Berskala Besar)期間中は客先訪問もできず、プロジェクトが進まず焦りがありましたが、家に引きこもっていたからこそ見えてきたことが3点あります。
一つ目が腰痛との付き合い方です。2019年までの第2チカンペック高速道工事渋滞で、毎日工業団地まで往復5時間以上運転する日々が続き、座骨神経症の症状がありました。
事例:背もたれなしのしょぼ椅子を使い始めてから腰痛が改善しました。背もたれなし椅子がダメという説もありますが、長時間同じ姿勢がダメということです。しょぼ椅子は自由度が高く、足の体勢を頻繁に変えたのが結果的に腰に優しかったのです。
当初使っていた高価な事務用チェアで長時間作業すると腰が痛くなり、木製ダイニングチェアに変えたところ一時的に軽減されましたが、安い背もたれなしの腰掛に変えたところ調子が良くなりました。背もたれがないため自然と腹筋を使い、下半身の自由度が効くので血流が良くなったと考えています。
日常生活に無駄な動きはない
二つ目は日常生活に無駄な動きはないということです。客先の工業団地に行かなくなったので時間があり、毎朝6時に起きて家中を掃除し、庭の植物に水を撒き、肥料を投与し害虫駆除液を散布する作業を2時間ほどかけてやるようになりました。
事例:日常生活において無駄な動きはありません。掃き掃除もモップ掛けも洗車も、すべての動きは健康的な生活を維持するのに必要な運動です。PSBBの自粛生活で達観しました🙏
イチロー選手が空き時間にストレッチをしていたように、すべての作業は日常生活運動という考え方です。作業の始まりも終わりもなく、仏教的に言うと「無始無終」の状態で無意識にやることで、「面倒臭い」という概念すら無くなります。
立ち止まらずに動くこと
三つ目はどんな状況でも立ち止まらずに動くということです。仕事の実務が減り、外出しないので移動が減り、人と会う機会も減ると、ポストコロナ禍を生き抜くためのアイデアを考えなければと焦りますが、状況が厳しいときは何かをやり続ける過程で打開の糸口が浮かんできます。
在宅勤務の引き籠り期間中、外部との接点はオンラインしかなく、気づきや心の動きをツイートしたり、ブログを書いたり、知識の棚卸のためにリライトしたりしていました。常に何かを発信することを心掛けていました。
ブログ記事は実務やリアルの生活からしかネタが浮かばないものですが、外出自粛生活の中でも、インドネシアの時事問題の理解を深めるために、detikやkompasのツイートを引用し、関連知識を深堀りし、過去の自分の体験を絡めて、メディアの情報を自分の知識に昇華する過程で理解が深まりました。
SNSやブログでは、フォロワーや読者の立場で情報発信することが大切ですが、それ以上に自分が今一番知りたいこと、書きたいことを発信するという、自分本来のオンラインでの人との付き合い方を再確認しました。