日本的経営の終焉と働き方改革の時代変化

2020/08/18

ジャカルタの夜景

バブル時代には、終身雇用や年功序列、企業別組合といった日本的経営の特徴がありました。これらの制度により、長時間労働に見合った待遇が得られていたため、大きな問題にはなりませんでした。しかし、バブル崩壊後はコストカットが進み、待遇が削られる一方で、体育会的な理不尽な風潮を引き継いだブラック企業が残りました。

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スカルノ大統領時代は共産主義政策が推進され、西側諸国からの投資が減少しました。スハルト大統領は西側諸国との関係を強化し、工業化を進めましたが、石油依存から脱却できませんでした。1998年のアジア通貨危機後、インドネシアは民主主義国家と…

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この記事でわかること

  • バブル時代の日本的経営は終身雇用や年功序列が特徴でした。
  • 1999年、カルロス・ゴーンが日産のCEOに就任し、コスト削減を進めました。
  • 日本の一人あたり名目GDPは2018年に世界26位に下落しました。
  • ブラック企業の存在が長時間低賃金労働を社会問題化しました。
  • 護送船団方式の崩壊で金融業界の統廃合が進みました。

日本的経営の終焉と「24時間戦えますか」の時代が生んだ働き方の歪み

1990年の春、大学の入学式を終えて、サークルの新歓コンパで六本木に連れて行ってもらい、初めてカラオケ屋に入りました。関東出身の同級生たちは高校時代からカラオケに慣れており、持ち歌を次々と入れていましたが、私はカラオケのシステムすら理解できずにオドオドしていました。そんな私に気づいた優しい女の先輩が「これなら歌えるじゃーん」と言って入れてくれたのが、当時CMで頻繁に流れていた「リゲインの歌」でした。

田舎から出たてのころ新歓コンパで生まれて初めてカラオケに連れていってもらったものの、何も歌えないので「リゲインの歌」を歌ったのが、「24時間戦えますかー」とかCMで流したらフルボッコなのかなあ。

バブル経済崩壊の足音が忍び寄っていたとはいえ、まだまだ「ジャパニーズビジネスマーン」と誇らしげに歌うことに躊躇はありませんでした。しかし、失われた20年を経て、一人あたり名目GDPが世界5位内から26位(2018年)にまで下落し、世界経済における日本の立ち位置は変わりました。

この地位低下以上に、長時間低賃金労働が社会問題となり、「働き方改革」の旗印の下で働き過ぎが社会の害悪とみなされる風潮が広がりました。これに社会人となったゆとり世代がうまく適応しました。

大学の経営学の講義では、終身雇用、年功序列、企業別組合という三種の神器を軸とする日本的経営が、日本の経済と技術を支える源泉と評価されていました。「Japan As Number One(日本から学べ)」という本が日本でベストセラーになるなど、日本人は外国で評価されて初めて自分を肯定的に評価しがちです。

当時は長時間労働でも賃金が高く、「働いたものが正当に評価される」健全な状態でした。しかし、1999年に日産のCEOに就任したカルロス・ゴーンに象徴されるように、景気低迷でコスト削減が進み、日本的経営の家族的要素が削減され、ブラック企業が残る結果となりました。

私の親族にもパワハラにより適応障害を発症した人がいますし、大手広告代理店や居酒屋チェーン店で自殺者が出る事件は社会問題となりました。ブラック企業は淘汰されるべきですが、その風潮によりがむしゃらに頑張ることに対する否定的な同調圧力が生まれ、社会に閉塞感が漂っています。

事例:1999年に日産のCEOに就任したカルロス・ゴーンは、コスト削減により日産をV字回復させたとされますが、日本的経営の家族的要素が削減されました。

要点:日本的経営の終焉とともに、長時間労働が社会問題となり、働き方改革が進む中で、社会の価値観が変化しています。

ジャカルタ

インドネシアと日本の内需主導型経済の比較と課題

インドネシアの内需主導型経済は消費者人口の増加に支えられています。日本の内需主導型経済は消費者人口の減少により海外資産の金利に依存しています。1995年の日本の就職活動は氷河期と呼ばれ、バブル経済の象徴だったジュリアナ東京は閉店しました。

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日本的経営と護送船団方式の崩壊が示す時代の変化

私がインドネシアに来たばかりの1997年から98年にかけて、山一證券や北海道拓殖銀行が倒産するまでは、銀行不倒神話が存在していました。日本的経営は金融業界においても、行政を中心に業界全体を守る護送船団方式として機能していました。「半沢直樹」の前作で、金融庁の黒崎検査官が東京中央銀行に対して厳しく迫る場面を見ると、時代の変化を感じます。

バブル崩壊後の失われた20年(または30年)で、金融業界はもちろん、通信、交通運輸、商社などで統廃合が進みました。その過程で企業間で待遇の格差が広がり、「勝ち組」「負け組」という言葉が生まれました。終身雇用や年功賃金制、手厚い福利厚生が保証されていた時代には聞かれなかった「負け組」というレッテルは、自分で貼り付けてしまう自虐性に問題があります。

事例:私は「勝ち組」「負け組」という言葉が大嫌いです。銀行は勝ち組、子会社の社員は負け組だと認めていたが、どんな会社にいても、どんな仕事をしていても、自分の仕事にプライドを持ち、達成感を得ている人が本当の勝ち組だと思います。

失われた20年(または30年)後に醸成された社会の閉塞感の中で、リモート化や非接触決済の普及が進む中、自信を失いつつある我々に対して「もっと本気を出せ」と叱咤激励しているかのようです。他人と比較して自虐的にならないためには、勝ち負けの基準は自分に置くしかありません。

事例:イソップ寓話の中で、ロバを売りに市場に行く親子は「ロバに乗らずに歩くなんて馬鹿な」と言われては息子をロバに乗せ、「子供が楽して親が歩くなんて」と言われては父親がロバに乗り、「子供だけ歩かせてかわいそうだ」と言われては2人ともロバに乗り、「痩せこけたロバがかわいそうだ」と言われては親子でロバを担ぎます。自分の基準を持たずに周りの意見に流されると、しまいにはロバが暴れて川に落ちてしまいます。

要点:自分の基準を持ち、他人と比較せずに自分の価値を見出すことが重要です。