仏教的教えで学ぶ感情コントロールと煩悩対策

2015/05/02

ラーマヤナ

他人の幸福を羨む気持ちを抑えるには、他人の幸福や不幸は自分に何らプラスマイナスの影響を及ぼさないと理性的に考えることです。相手の言葉に感情的にカッとならないためには、別に嫌われてもいいや、馬鹿にされてもいいやと気楽に考えることです。

インドネシアにおける宗教の歴史と文化的共存を示す構造化した図解

イスラム教徒が多数派のインドネシアで宗教と共に生きる|文化・習慣・歴史から学ぶ信仰の実態

インドネシアでは多様な宗教的出来事が日常的に見られる。5世紀からの宗教の歴史的変遷が地域ごとの独自の宗教色を形成。民主化の進展とシャリーアとの共存がインドネシアの特徴。

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この記事でわかること

  • 他人の幸福や不幸は自分に影響を与えないと考えることが重要です。
  • 煩悩は人間の本質であり、完全に抑えることは難しいとされています。
  • 感情的になった時は自分に『お前はもう負けている』と語りかけます。
  • 感情をコントロールするためには相手をかわいそうだと思うことが有効です。
  • 嫌われることを恐れず、心の余裕を持つことで感情を制御できます。

煩悩との向き合い方|仏教的教えに学ぶ感情コントロールと心の整え方

実家での祥月命日の法要で、いつものお坊さんからこんなことを言われました。

  • 人間は犬や猫とは違って、生きている意味を考える生き物です。犬や猫は喜怒哀楽はあるけど自分が何のために生きているのかといったことは考えない。そこで人間の中には煩悩が生まれるが、これは仕方のないことです。

煩悩とは仏教の教義の一つで、身心を乱し悩ませ智慧を妨げる心の働き(汚れ)ですが、人間である限り煩悩を押さえ込むことはできないとされています。

事例:私はインドネシアで仕事をする中で、理不尽なことを言われるたびに「なんでお前ごときにこんなことを言われなければいけないんだ」といった差別とも傲慢とも言える思いに襲われます。これが浮かぶたびに「いかん、自分は何て未熟な人間なんだろう」という自己嫌悪に陥ります。

要点:煩悩を完全に抑えることは難しいが、その存在を認識し、自己嫌悪に陥らないようにすることが重要です。

  • だってにんげんだもの(みつを風)

日常生活で煩悩が発生するのを事前に阻止するのは難しいですが、発生した煩悩を別室に離隔してクールダウンさせる必要があります。私の場合、感情的になった時点で「お前はもう負けている」と自分に言い聞かせます。

相手が感情的になっても自分が感情的にならないための方法として、相手をかわいそうだと思うことが一つの解決策です。

ヒンドゥ教のサドゥー

仏教と一神教の信仰観の違いと悟りの意味

仏教では現世での努力と実践が重要とされます。一神教では神は超越した存在であり、直接会うことはできません。日本の神道は自然界のすべてに神が宿ると信じられています。

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煩悩を誘う人との向き合い方|怒りに支配されず感情をコントロールする思考法

敵は内にも外にも存在しますが、自分の煩悩を誘発する人には共通の特徴があります。

  1. 理屈抜きに敵意をむき出しにする人
  2. サシで話すときと徒党を組んで話すときの内容が変わる人
  3. 努力の痕跡なく無条件に頼ろうとする人

嫌われるのを恐れることは、自分が好かれていると思っている傲慢さの証拠です。まずは自分が最初から嫌われている、バカだと思われていると考えることが大切です。

事例:どうせ嫌われているのですから、相手に怒ること自体がナンセンスです。逆に相手の境遇がかわいそうに思えてきて、心の余裕が生まれます。これにより、自分から手を差し伸べる行動に繋がります。

要点:感情的にならず、相手に譲る心の余裕を持つことで、感情のコントロールが可能になります。

「嫌われてもいいや」「笑われてもいいや」と考える時間を減らすことで、気持ちが楽になり、感情的になることを抑止できます。