日本とインドネシアの1人あたり名目GDPの差が縮まり、インドネシア人の自国に対する自負心が強まっています。これにより、日本人とインドネシア人はお互いに得体の知れない期待感を抱かなくなり、ビジネスにおいて対等な共存共栄の関係になったことを表しています。
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インドネシア人の性格・民族・宗教観|多様性に生きる国民性とは?
インドネシアの人口は2億8千万人で、ジャワ島に4割が集中しています。ジャワ人は45%、スンダ人は15%を占め、イスラム教徒が9割です。ジャワ人は幸福と調和を重視し、バタック人やマドゥーラ人は気性が激しいとされます。
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この記事でわかること
- 日本とインドネシアの1人あたり名目GDPの差が32分の1から5分の1に縮まりました。
- インドネシアの2019年の出生率は2.3で、日本の1.36を大きく上回っています。
- インドネシアでは韓国のEV車IONIQ5が普及し始め、政府の支援も進んでいます。
- インドネシアの若者はK-POPや韓国ドラマに魅了され、自国に対する誇りを持っています。
- 日本の音楽ユニットYOASOBIはインドネシアのフェスで独自の旋律を披露しました。
「来れば何かある」はもう通用しない?インドネシア進出に求められる明確なビジョン
1997年10月、私は東京のIT会社でプログラマーをしていましたが、突然インドネシアに行くことを決め、両親にショックを与えないよう手紙を書きました。今振り返ると、その手紙は青臭さ満載で自分でも読むのが辛いですが、学生時代に計画していたことを3年後に実行し、スハルト政権下のインドネシアに行くことになったのは意外と筋の通ったものでした。
私は「自分を成長させる大きなチャンス」と表現しましたが、同じようにインドネシアでの仕事を夢見る人々も、インドネシアに対して「得体の知れない期待感」を持っているでしょう。しかし、日本とインドネシアの1人あたり名目GDPの差がかつての32分の1から5分の1に縮まるなかで、その期待感に含まれるギャンブル性は小さくなっていると考えられます。
事例:アジアの経済発展には無限の可能性があり、成熟して安定期に入った日本(主に東京)よりも大きな魅力を感じていました。自分を成長させる大きなチャンスがあると期待していました。
要点:アジアの経済発展は無限の可能性を秘めており、成熟した市場よりも成長の機会を求める人々にとって魅力的に映ることがあります。
事例:学生時代から東南アジアで仕事をしたいと夢見ていました。大学3年の晩秋には、将来それが現実になるような仕事に就きたいと考えていました。
要点:学生時代に抱いた海外でのキャリアの夢は、具体的な計画と行動を通じて現実に近づけることができます。
事例:私は27歳で、思い切った行動をとれるぎりぎりの年齢だと思っていました。早い時期に現地に行って仕事を通して自分を向上させたいと考えていました。
要点:若いうちに海外での経験を積むことは、自己成長のための重要なステップとなり得ます。

2019年の日本の出生率は1.36に対してインドネシアは2.3と高い水準を維持しています。2030年にはGDPで日本を追い抜く可能性があるインドネシアの将来は明るいとされています。明確なビジネスモデルを持ってインドネシア市場で勝負しようとする人は希望に胸躍るでしょうが、明確なビジョンもなく「来れば何かチャンスがあるはずだ」という考えの人にとっては物足りなさを感じ、インドやアフリカなどに向かうかもしれません。
インドネシアにおける日本人の存在感の変化と、国際的な立ち位置の移り変わり
1997年にジャカルタに来た当初、私は非常にモテていました。銀行の窓口のお姉さんから逆ナンされたり、カフェの店員からデートに誘われたりと、素人からのアプローチが多かったのです。カラオケ屋などのプロのお姉さんからの誘いも激しかったですが、これは単なる昔話ではなく、2020年に初めてインドネシアに来た場合、同じようにモテるかどうかという話です。
かつてのジャカルタ在住日本人の中には、金の力で自分を偉く見せようとし、問題を起こす人もいました。例えば、カラオケ屋のお姉さんとトイレでの不適切な行動がPosKotaの記事になったり、レンタルビデオ店の店員を恫喝して警備員を呼ばれる事件もありました。しかし、2020年ではそのような話はほとんど聞かなくなりました。
若くて魅力的な日本人駐在員が増えていますが、1997年の私のように銀行の窓口で逆ナンされた経験を持つ人は少ないでしょう。この変化は、銀行のコンプライアンスが改善され、個人的な取引が禁止されたこともありますが、インドネシア人が豊かになり、彼氏に求める条件が変わったことも影響しています。日本人に対する期待度が下がり、「日本人の彼氏=逆玉」という発想がなくなったのかもしれません。
1997年はサッカーフランスW杯のアジア最終予選で、日本代表がイランと戦い、岡野のゴールで初出場を決めた年です。中田英寿がイタリアセリエAに移籍し、ユベントスから2ゴールを奪ったことで、日本人は「オー、ナカタ」と歓迎されました。
1999年から2000年にかけて、インドネシアでは総合格闘技が放映され、桜庭和志の名前が知られるようになりました。バリ島に引っ越したばかりの私は、ハードロックカフェのスタッフや空港のイミグレーション担当官から「オー、サクラバ」と握手を求められたことを覚えています。
それから20年以上経ち、日本人の有名人の名前で握手を求められることはなくなりました。これは、日本人のスポーツ界からインドネシアで人気のスター選手が生まれなくなったこともありますが、経済成長により自国に対する自負心が強まったことが大きいでしょう。
第二次大戦時の日本の南方作戦で、インドネシアに進駐した日本軍が民衆に多大な傷を負わせた史実を正当化するつもりはありませんが、当時のインドネシア人が日本軍をアジアの代表として歓迎した気持ちは、「ナカタ」「サクラバ」と呼んで握手を求めたインドネシア人の気持ちと近いものがあると想像します。
インドネシアの若者の間ではK-POPや韓国ドラマが大人気です。しかし、インドネシア在住韓国人駐在員が韓流スターの名前を呼ばれて握手を求められる現象は少ないでしょう。インドネシアの女の子は、BTSのパフォーマンスに魅了され、ファンとして憧れるのであって、「世界のミュージックシーンで戦えるアジアの代表」といった見方をしないのは、インドネシアの国力が上がり、自国に対する自負と誇りを持ったからだと考えます。
事例:昔は日本人だと分かるとナカタと言われる時期があって、その後サクラバと呼ばれることもあったが、その後10年以上有名人の名前で呼ばれたことがないのは寂しい。あるとき久しぶりに老人からタカシムラと言われた。
要点:国際的な有名人の名前で呼ばれることが減少する背景には、経済成長による自国への誇りの高まりが影響している場合があります。
韓国・中国の台頭で薄れる日本の存在感と、インドネシア市場での今後の可能性
インドネシアの経済発展と日本のデフレ不況により、両国の経済力の差が縮まっています。さらに、日本が得意としてきたサブカルチャーの分野でも、韓国や中国の存在感が増し、韓ドラやK-POPが人気をさらう状況です。このため、インドネシアにおける日本の存在感が弱まっていると感じます。
2022年には韓国ヒュンダイのEV車IONIQ5が街で見かけられるようになりました。政府主導でのEV産業の高度化を目指し、公用車のEV車利用奨励やEV購入者への現金給付計画などが進められています。これにより、インドネシアの未来のモビリティを韓国のEV車が牽引する可能性があると感じます。
一方で、日本はかつて携帯電話や家電製品でガラパゴス市場を形成しました。この「オタク気質」が無二の強みであり、世界的にEV車シフトが加速するという意見には懐疑的です。インドネシアの日系自動車産業は、トヨタとスズキが進めるハイブリッド車の生産増強に合わせ、内燃機関をベースとした省エネルギー、脱炭素化を目指すモビリティ社会への対応を進めるべきだと考えます。
事例:さっきブカシで初めて見たHYUNDAIのEV車IONIQの国内生産台数は当時の集計で674台、一方でSUZUKIのHV車ERTIGAが3,328台、TOYOTAもHV車の国内生産開始を予定していました。EVで日系は出遅れている印象もあるが個人的には極めて現実的な路線を選択していると思う。
要点:EVで出遅れに見えても、インドネシアの日系メーカーがHVを軸にする判断には合理性があります。
事例:インドネシアのフェスに参加した日本の音楽ユニットYOASOBIのライブ動画を見ました。流行りのリズムを強調する量産型の音楽とは異なり、複雑なコード進行で情緒的なメロディを奏でる日本的な旋律は、長期的視点から世界で勝負できる音楽であると感じました。
要点:日本の音楽は、流行に流されず独自の旋律や複雑なコード進行を持つことで、長期的な視点で国際的に競争力を持つ可能性があります。