ブログを書く目的がアフィリエイトやアドセンスの収益である場合、成果が出ないと継続意欲が失われがちです。長く続けるためには、達成感よりも書くことで頭の中が整理される爽快感や学習感を得ることが重要です。
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インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり
感情に流されず合理的な思考を訓練することが重要である。他人と自分を比較しないことで自己肯定感を高められる。理性を働かせることで推論を構築し、過去の経験がその確からしさを裏付ける。
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この記事でわかること
- ブログを長く続けるためには、収益よりも書くこと自体の学習感や爽快感が重要です。
- インドネシアに移住した理由は、特定の大きな理由ではなく、アジアへの郷愁や音楽からの影響でした。
- 学生時代に習得したキータイピングが、後のシステム開発のキャリアに繋がりました。
- 知識の有機的な連携を意識することで、幅広い知識を基に独創的なアイデアを生み出せます。
- 交渉やコミュニケーションは、言葉で相手の心を揺さぶるゲームのようなものです。
神童も二十歳過ぎればただの人
私は1997年10月に初めてインドネシアに来ました。それ以来、インドネシアに住んでいる年数を意識することはほとんどなくなりましたが、毎月1回は実家の母親に電話を入れるというルーティーンだけは欠かさず続けています。母親からは「せっかく大学まで行ったのに何でインドネシアなんかに行ったのかね」と言われることが多く、少し辟易していました。
小学校から中学生までは、勉強しなくても成績優秀な早熟型の少年時代を過ごしました。身長も小学6年生のときは後ろから3番目だったのが、中学の3年間で周りの同級生にごぼう抜きされ、気が付いたら前から3番目にまで後退していました。運動神経も良く、小学5年生の市内地区リレー大会ではアンカーとして出場し、伝説の3人抜きで劇的優勝をもたらしたのは今でもいい思い出です。
しかし、6年生時の大会では、監督の作戦で2番目を走らされました。自分はアンカーでもっとも力を発揮するタイプだと信じていたのに、前半の2番目とは面白くもおかしくもありませんでした。第一走者の女子からバトンを引き継いだ時点ではまだ勝敗の行方が見えない団子状態で、案の定前を走る他校のランナーが壁になって失速してしまい、本来の力を発揮できずに終了しました。
勉強せずとも成績上位で、高校受験で人生最大の集中力を発揮してしまった結果、実力以上の高校に進学しました。そこでは、ソフトバンクの社長や旧ライブドアの社長などを輩出した九州一円の頭のいい連中が集まっていました。私はシロナガスクジラの群れの中に紛れ込んだツチクジラのような存在で、高校では鳴かず飛ばず、50人のクラスの中で30位~35位くらいという中途半端な位置の常連でした。
そんな私が、科目別順位で一回だけ学年トップをとって校内をざわつかせたことがあります。試験結果の上位者は総合順位と科目別順位で貼り出されますので、総合順位で130位の私の名前が、ただ一科目とはいえ紙の一番上に載っているのを見たときは、嬉しいというよりもただ笑ってしまったことを覚えています。ちなみにその科目は現代文です。
事例:不満の鬱積した人間はどこか屈折したところがあり、その不満の原因を何か斜め上の場所に捜し求めるものです。私の場合は図書館で借りて読んだレーニン「帝国主義論」の中にその答えを見出しました。学力至上主義は間違っている!このシステムを作っているのは誰だ?体制だ。体制を支えているのはいわゆるブルジョアジー(資本階級)だ。労働階級(まだ働いてなかったけど)は闘争しかない。戦え! みたいな・・・・。
そして高校卒業後に東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が壊され、ゴルバチョフ書記長を最後にソビエト連邦も崩壊しました。
当時の友人に嘲笑され、ぐうの音も出なかった苦い思い出があります。
学生時代に見つけたやりたい仕事
大学に入学した頃は、まだバブル経済の余韻が残っていました。有名企業のOBからの潤沢な寄付金を使って、サークルのコンパで渋谷や六本木のカラオケやバーをタクシーでハシゴするという経験をしました。これはラッキーだったかもしれません。
しかし、大学生活の4年間は長すぎました。2年で十分で、一刻も早く社会人になって独立したかったのです。3年目くらいから大学が本当につまらなくなり、4年生の1年間はゼミ以外の講義を受けませんでした。よくあれで単位が揃ったものだと不思議に思いますが、四半世紀経った今でも留年する悪夢を見ます。キャンパスに行かないので試験の日程を知らず、たまたま訪れた構内の掲示板の張り紙を見たら、今ちょうどその試験の真っ最中だった、という夢です。
そんな私でも、学生時代に習得しておかないとヤバいと考えたのがキータイピングでした。まだMicrosoft Windowsが発売される前の時代です。生粋の文系人間の私にとって、パソコンはフェラーリと同じくらい縁遠い存在でしたが、2年生時の選択科目で受講したFORTRAN 77を使ったプログラミングの実習授業で初めて触ったキーボードに打ちのめされました。
間違って押したら何かとんでもない事態が発生するんじゃないかという恐怖心から、人差し指で恐る恐るキーを叩きながら、アルゴリズムのコードをコピーしている私の横で、実習サポートの理工学部の院生に舌打ちされたときは軽く殺意を覚えました。しかし、このキータイピングを華麗にできるようになれば、彼らくらい社会で偉そうにできるんだと確信しました。
小さい頃から郵便局の定額預金に貯めていたお金を全額引き出し、ビックカメラでCanonのワープロを購入しました。付属していたお馬さん競争ゲームでブラインドタッチを練習しました。そして、世の中でキーボードをカシャカシャ叩いている人々が具体的に何をやっているのかよく理解できていなかったにも関わらず、商学部の金融専攻の私が就職活動での希望業種をシステム開発一本に絞ったのは、
という目的があったからです。
苦労して進学した割にはあまり青春をエンジョイした学生生活ではありませんでしたが、軽いノリではあるとはいえ将来なりたい自分像がなんとなく見えてきたのが、唯一の学生時代の収穫だったかもしれません。
何でインドネシアに来たのか
新卒で東京の金融系システム会社で2年半働いた後、インドネシアのシステム会社に転職しました。海外就職が一般的な選択肢として検討される時代ですが、当時はまだ珍しい選択で、退職時の挨拶でも「病気とか犯罪に気を付けてね」といった心配をされるほどでした。
母親からよく言われたこの愚痴に対する答えを考えると、特に大きな理由はありません。1996年にリリースされたPUFFYの「アジアの純真」という歌が好きで、何度も聞いているうちに学生時代に旅行したインドや東南アジアが懐かしく感じられました。特にサビに入る直前の「流れ出たら アジア」という部分に心を揺さぶられました。
学生時代にアジア各国を貧乏旅行したり、日本でインドの楽器シタールを5年ほど勉強していたり、アジアに惹かれる遠因はいくつかありました。しかし、決め手となったのは奥田民生率いるユニコーンが好きで、彼がプロデュースしたPUFFYの歌からアジアへの郷愁が呼び戻されたことです。人生どう転ぶか分からないものですね。
なんでブログを長期間続けていられるのか
2019年9月の第4次安倍改造内閣で環境大臣に就任した小泉進次郎さんの発言は、その独特の言い回しでネット上で話題になりました。私も、彼のように内容のないことをいかにもあるように言い切れる人間になりたいと思っていますが、「なんでインドネシアに来てこのブログを長々と続けているんだろう」と考えてみたところ、理由はブログを書くことによる学習感と頭が整理される爽快感が快感だったからです。
事例:23年後の自分は何歳かなと、インドネシア初渡航時から考えていた。だからこそ、自分は健康でいられれば、23年後に渡航時の初心を忘れずにいれるかどうか、そこの節目を、自分は見届ける可能性のある人間だと思います。
日常生活でインプットされる情報の9割以上が、昔覚えたつもりでも忘れ去ってしまった知識の繰り返しといわれています。せっかく一度覚えたことのある知識でも、「本番」で出てこなければ知らないのと一緒です。
「地頭が良い」「勘がいい」とは、経験や知識に頼らず頭の回転だけで乗り切れる流動性知能の高い人を指します。しかし、それに該当しない大多数の人でも、蓄積された知識が有機的に連携されている結晶性知能のレベルを上げることで、幅広く体系化された知識をベースに独創的なアイデアを生み出すことが可能です。
事例:勘がいいと言われる人は、脳の構造が優れているというよりも、手元にある情報から表面的には見えない背景を考察して次の展開を予測する、ということを無意識に出来る人なので、凡人でも面倒臭がらずに意識して頭を使う習慣を付ければそこそこ勘のいい人になれそうな気がする。
この知識の有機的な連携の網の中に、歯抜けのようにところどころに空いた知識の空白部分を丁寧に穴埋めしていくことで、人と対面したときに何を聞かれても返すネタを持っているという安心感が生まれます。
仕事も男女間の交渉も言葉で相手の心を揺さぶるゲームのようなものであり、頭の中で有機的に連携された知識の網をベースに、既存の知識を融合させることで化学反応を起こし、相手の心を揺さぶる新しい言葉を生み出すことができると考えます。
ブログを書く目的はGoogleアドセンスやアフィリエイトの収入だったり、ビジネスのLP(ランディングページ)だったり、たくさんの人に読んでもらうこと自体が幸せだったりすると思います。しかし、長く続けられるコツとしては、ブログを書くことによって生み出される達成感ではなく、書くこと自体から学習感、言い換えれば自己満足が得られるかどうかにかかっていると思います。