インドネシアの首都移転計画とその背景

2019/05/05

インドネシアのオラウータン

インドネシアは2024年に、ジャカルタにある一部の政府機関を東カリマンタン州のバリクパパンまたはサマリンダ近郊に移転し始めています。新しい首都はヌサンタラと名付けられ、自然災害が少なく国土の中央に位置することが選定の理由です。

インドネシアの政治・経済・社会の成長構造と戦略を示す図解

インドネシアはなぜ発展するのか?政治・経済・社会を支える構造と成長戦略

スカルノ大統領時代は共産主義政策が推進され、西側諸国からの投資が減少しました。スハルト大統領は西側諸国との関係を強化し、工業化を進めましたが、石油依存から脱却できませんでした。1998年のアジア通貨危機後、インドネシアは民主主義国家と…

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この記事でわかること

  • インドネシアは2024年に首都をジャカルタからヌサンタラに移転します。
  • 新首都ヌサンタラは東カリマンタン州に位置し、自然災害が少ないことが選定理由です。
  • インドネシアの首都移転計画はスカルノ大統領時代から浮上していました。
  • ジャカルタの交通渋滞による経済損失は年70億4000万ドルに達します。
  • カリマンタン島は地震が少ないが、洪水のリスクがある地域です。

浮上しては消滅することが多いインドネシアの経済政策案

「最低でも県外」というのは2009年7月に鳩山総理が普天間基地移転先問題について演説の中で述べた迷言ですが、2019年4月29日にインドネシア政府は首都をジャカルタから「最低でもジャワ島外」へ移転する方針を発表しました。

移転有力候補のカリマンタン島は最大のオランウータン生息地
スカルノ初代大統領時代からの首都移転先の有力候補地だったカリマンタン島パランカラヤ

以前には、首都の移転先はジャカルタから50kmほどの距離で、移転費用も節約できる西ジャワのカラワン(Karawang)だ、いや古くはマタラム王国分裂後にジョクジャカルタ王国が成立し、独立戦争時の臨時首都とされた中部ジャワのジョクジャカルタ(Yogyakarta)こそがふさわしい、とか首都移転計画はこれまで何度か話題になったことがありますが、明確に「ジャワ島以外」が強調されて報道されたのは初めてのことです。

インドネシアでは政治経済活動に重大な影響を及ぼしうる基本計画案が浮かんでは消えてきた経緯があります。例えば2012年5月には、当時3つあるタイムゾーン、ジャワ島で適用されるWIB(Waktu Indonesia Barat GMT+7)、バリ島で適用されるWITA(Waktu Indonesia Tengah GMT+8)、パプアで適用されるWIT(Waktu Indonesia Timur GMT+9)、これらをシンガポールや香港と同じWITAに統一すると経済調整相が発表しました。

インドネシアにはWIB、WITA、WITの3つの標準時があるので、年末の年越しカウントダウンも3回あります。
インドネシアにはWIB、WITA、WITの3つの標準時があるので、年末の年越しカウントダウンも3回あります。

シンガポールや香港より1時間早くインドネシア証券取引所とインドネシア商品先物取引所で取引開始されてしまうことが機会損失に繋がっているということで、経済活動上の利便性と経済効果の向上を狙ったものですが、資本市場のパフォーマンスの向上はタイムゾーンに影響されるものであってはならず、会社の生産性、効率性、信頼性の向上によって発展すべきものであり、現にニューヨーク市場とロンドン市場の間には5時間の時間差があるにもかかわらず、2つの資本市場は非常に良い成長を遂げているという意見のほうが優勢のようです。

インドネシアでは1998年の金融危機(Krisis moneter)時のインフレ率はなんと58%でした。
インドネシアでは1998年の金融危機(Krisis moneter)時のインフレ率はなんと58%でした。

なによりも首都ジャカルタを含むジャワ島全域で1時間ずれることによる、お祈りの時間への影響、通学と通勤時間への影響、とりわけシンガポールや香港に比べて安全と言えないインドネシアで子供たちは暗い時間から通学しなければならなくなるという問題も提起されています。

タイムゾーン統一案以外にも、桁が増えたルピア紙幣の下3桁をカットして、市中に溢れるルピア紙幣を新札に交換することでインフレを抑制するデノミネーション案も過去に何度も浮上してきましたが、インドネシアのインフレ率は3.5%前後と比較的落ちついた推移をしているためか、あまりトピックに上がらなくなってしまいました。

インドネシアの首都移転決定までの顛末

莫大な経済損失を生むジャカルタの渋滞

2019年4月29日、インドネシア内閣官房(Sekretariat Kabinet Republik Indonesia)のTwitter(X)公式アカウント@setkabgoidで、ジョコウィ大統領の言葉として次のように連投されました。

  • 1. 首都移転計画はスカルノ大統領の時代から大統領が変わるたびに浮上してきましたが、計画的かつ成熟的に進められなかったため消えていきました。
  • 2. この問題の議論においては短期的または狭義的に考えてはなりません。国益と国際競争の中の大国として長期的利益について議論されなければなりません。
  • 3. 先進国になる過程で最初に回答すべき質問は、将来ジャカルタは首都として、政府・公共サービスそしてビジネスセンターという2つの負担を負うことができるか?ということです。
  • 4. マレーシア、韓国、ブラジル、日本などのように首都移転によって自国の発展を予測している国もあります。それでもう一度大統領は国の発展のためにビジョンを考えるよう促しました。
  • 5. 首都移転には慎重かつ綿密な準備が必要です。移転場所はインフラ支援と資金の準備を考慮の上、政治的視点と地理的視点から選択する必要があります。
  • 6. しかし大統領は、最初から十分に準備されていれさえすれば、この壮大な計画は実現できると信じています。

インドネシア内閣官房のサイトを見ると、首都移転方法として考えられる3つの代案があるようです。

  1. 首都はジャカルタのまま、大統領宮殿とモナス周辺地域は政府機関専門区域とする。
  2. ジャカルタから50~70 kmの距離に移転。たとえばスハルト大統領の時代に議論された西ジャワBogorのJonggolまたはBantenのMaja地域。
  3. GDPの58%を占めるジャワ島以外へ移転。

国家開発計画相から「ジョコウィ大統領も3番目を支持している」と発表されたことで、ジャワ島以外への移転案がより有力になったことは間違いありません。

ただしインドネシアの場合、2019年4月に開通したばかりのジャカルタMRT南北線も、2004年に着工され2014年に中止が決定されたモノレールプロジェクトの前例があるため、重大な影響を及ぼしうる経済政策がたびたび覆されてきた歴史があります。今回ジョコウィ大統領が再選したタイミングで、任期5年の中で具体的に移転を進めることができるかどうかが注目されます。

ジャカルタ在住日本人ならジャカルタが抱える問題を日々体感していると思いますが、毎回首都移転案が浮上するたびに取り上げられる理由はおおよそ決まっています。

交通渋滞による経済損失が年70億4000万ドルにのぼること、雨季の洪水を受けやすく被害を防ぎようがないこと、ジャカルタは世界でも地盤沈下が最も激しい都市であること、人口の一極集中で国の発展が妨げられていることなどです。カリマンタン島のパランカラヤ(Palangka Raya)など数カ所を候補地として調査中で、最大466兆ルピア(約3.6兆円)の費用が必要で移転には5~10年かかる見通しです。

首都移転最有力候補として挙げられているのは、カリマンタン島の中部カリマンタン州の州都パランカラヤです。首都移転後を見越して既に土地価格が上がりつつあるようですが、カリマンタン島の熱帯雨林はオランウータンの最大の生息地であり、自然破壊による影響を心配する声も出ています。

大インドネシアを象徴するBundaran Besar
大インドネシアを象徴するBundaran Besar

パランカラヤは実はスカルノ初代大統領が1957年に首都をジャカルタから移転する計画を提示していたため、それを見越してインドネシアの8大島であるジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島、カリマンタン島、バリ島、ヌサ・トゥンガラ諸島、ニューギニア島を表す8本の道路が交差する大環状交差点(Bundaran Besar)がシンボルとして作られています。移転するとしたらパランカラヤになる可能性は高いのではないでしょうか。

「ジャワ島以外」という具体的な形で言及された首都移転問題ですが、ジャカルタにある中央政府がカリマンタン島に移転したとしても、経済活動で必要になる許認可等の問題はジャカルタ地方政府でできれば問題ないわけで、経済活動にそれほど支障が出るとは考えにくいです。それよりも大統領宮殿を含む政府関連施設が保護区や博物館になって、ジャカルタの歴史的魅力を押した観光地化が進み、渋滞が緩和されることで市民生活がより快適になるメリットのほうが大きいのではないかと考えます。

ジャカルタLRT

ジャカルタLRT開通で交通渋滞緩和と都市再開発促進

ジャカルタのLRTは2023年8月に正式運行を開始しました。LRTJabodebekはブカシとチブブールから都心部を結びます。MRT南北線は2019年4月にジャカルタ市内で開通しました。

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カリマンタン島が首都移転先に選ばれた理由

インドネシアはユーラシアプレートの一部であるスンダプレートの下に、インドオーストラリアプレートが潜り込むことによって、たびたび大きな地震が発生する地震大国です。その中でも環太平洋火山帯とプレートの沈み込み帯から外れた場所にあるため、圧倒的に地震が少ないのがカリマンタン島であり、これが首都移転先に選ばれた一つの理由ではないかと考えられます。

インドネシアの地震と活火山の分布。線はプレートの沈み込み帯で海溝になっている(東京大学地震研究所

上の地図を見てもカリマンタン島の地震の少なさが際立っていますが、その一方で川が多く熱帯泥炭湿地帯が広いため、開発された地域ではたびたび洪水の被害を受けています。2021年1月には南カリマンタンにて2万戸が住宅浸水する大規模な洪水が発生しました。

事例:南カリマンタンの洪水も伝統的な高床式住居だったら浸水しなかったのではと考えると、地盤が緩い高温多雨地域の建築技術は優秀だと思います。昔ランプンで「ゲストハウスは客室からのシービュー優先で海岸線に平行に建てるが、津波に耐えるには交差させないと危ない」と言っていたおっちゃんを思い出しました。

2024年には首都移転作業が開始される予定ですが、首都機能整備に必要な都市開発と、森林破壊による動物生態系への影響や河川氾濫地帯では避けられない洪水という、開発とリスクのバランスの保ち方が問われることになります。

最大の首都移転有力候補地だったパランカラヤからヌサンタラへの変更

2019年8月8日にジョコウィ大統領が首都をカリマンタン島の中部または東部、南部へ移転すると表明しました。そして8月26日に首都移転先を、東カリマンタン州クタイカルタネガラ県と北プナジャムパスル県の両県にかかる地域と発表し、2022年1月に新首都名がNusantara(ヌサンタラ=インドネシアの島嶼群)と発表されました。

今回の新首都名決定のニュースは海外メディアで大々的に報じられる一方で、国内メディアでの取り扱いはそれほど大きなものではなく、国民の関心もニュースの社会性の大きさに比べるとそれほど大きくないように感じました。

日本で首都が東京から福岡辺りに移転し、新首都名が「島嶼群」ならぬ「列島群」とか名付けられたら大騒ぎになると思われますが、特に福岡の名前に愛着を感じていた人々から反発が出るかもしれません。

インドネシアという国家を形成する列島群の全体像を意味するヌサンタラは、多くの企業名や商品名で使用されていることから、これを首都名にすることで混乱が生じるのではないかという懸念も出ています。

新首都となる場所は、東カリマンタンkutai kartanegara地区のSambojaという地域であり、ジャカルタの中央政府からNusantaraという名前の都市に強制変更させられることへの反発の声は現地住民の間から聞こえてきませんが、一部には現地住民のアイデンティティを尊重した命名と開発という視点が欠けているのでは、という指摘の声が上がっています。

私が中学生の頃に、パプア(Papua)地域はイリアンジャヤ(IrianJaya)と習った記憶があるのですが、この「偉大な東の地」という名前はスハルト政権下での国家統治政策上命名されたものであり、2007年に元の名前であるパプアに戻され、インドネシア領西パプア州となっています。

同じように古くはタイ南部、マレーシア、シンガポール、インドネシア列島、ブルネイからフィリピン南部にかけての島々を、ジャワ島以外という意味のジャワ語でヌサンタラと呼んだという歴史的経緯があり、中央政府の意向に沿った政治色の強い名前であるという解釈もされることがあり、新首都名としてふさわしくないのでは、という意見もあります。

国語にムラユ語を採択し、ジャワ人中心の国家ではなくパンチャシラを軸とした民族融和路線が後世になって評価されているように、ヌサンタラという首都名も、会社名や商品名に多用されていることからくる混乱よりも、融和路線継続を表明する英断だったと後世で評価されればいいなあと思う。

中央政府が都市名や道路の名前を決定する際には政治的意図があることは普通のことであり、それが地元民にも受け入れられ愛され定着していくかどうかは、今後の政権の在り方次第と言えるわけで、外国人である私達が口を挟む問題ではないのかもしれません。

カリマンタン島が首都移転先に選ばれた理由

インドネシアは地震大国であり、ユーラシアプレートの一部であるスンダプレートの下にインドオーストラリアプレートが潜り込むことで、たびたび大きな地震が発生します。しかし、カリマンタン島は環太平洋火山帯とプレートの沈み込み帯から外れているため、地震が少ない地域です。この地震の少なさが、首都移転先に選ばれた理由の一つと考えられます。

上の地図を見てもカリマンタン島の地震の少なさが際立っていますが、その一方で川が多く、熱帯泥炭湿地帯が広がっているため、開発された地域では洪水の被害を受けやすいです。2021年1月には南カリマンタンで2万戸が浸水する大規模な洪水が発生しました。

事例:南カリマンタンの洪水も伝統的な高床式住居だったら浸水しなかったのではと考えると、地盤が緩い高温多雨地域の建築技術は優秀だと思います。昔ランプンで「ゲストハウスは客室からのシービュー優先で海岸線に平行に建てるが、津波に耐えるには交差させないと危ない」と言っていたおっちゃんを思い出しました。

2024年には首都移転作業が開始される予定です。首都機能整備に必要な都市開発と、森林破壊による動物生態系への影響や河川氾濫地帯で避けられない洪水という、開発とリスクのバランスの保ち方が問われることになります。

最大の首都移転有力候補地だったパランカラヤからヌサンタラへの変更

2019年8月8日にジョコウィ大統領が首都をカリマンタン島の中部または東部、南部へ移転すると表明しました。そして8月26日に首都移転先を、東カリマンタン州クタイカルタネガラ県と北プナジャムパスル県の両県にかかる地域と発表し、2022年1月に新首都名がNusantara(ヌサンタラ=インドネシアの島嶼群)と発表されました。

今回の新首都名決定のニュースは海外メディアで大々的に報じられる一方で、国内メディアでの取り扱いはそれほど大きなものではなく、国民の関心もニュースの社会性の大きさに比べるとそれほど大きくないように感じました。

日本で首都が東京から福岡辺りに移転し、新首都名が「島嶼群」ならぬ「列島群」とか名付けられたら大騒ぎになると思われますが、特に福岡の名前に愛着を感じていた人々から反発が出るかもしれません。

インドネシアという国家を形成する列島群の全体像を意味するヌサンタラは、多くの企業名や商品名で使用されていることから、これを首都名にすることで混乱が生じるのではないかという懸念も出ています。

新首都となる場所は、東カリマンタンkutai kartanegara地区のSambojaという地域であり、ジャカルタの中央政府からNusantaraという名前の都市に強制変更させられることへの反発の声は現地住民の間から聞こえてきませんが、一部には現地住民のアイデンティティを尊重した命名と開発という視点が欠けているのでは、という指摘の声が上がっています。

私が中学生の頃に、パプア(Papua)地域はイリアンジャヤ(IrianJaya)と習った記憶があるのですが、この「偉大な東の地」という名前はスハルト政権下での国家統治政策上命名されたものであり、2007年に元の名前であるパプアに戻され、インドネシア領西パプア州となっています。

同じように古くはタイ南部、マレーシア、シンガポール、インドネシア列島、ブルネイからフィリピン南部にかけての島々を、ジャワ島以外という意味のジャワ語でヌサンタラと呼んだという歴史的経緯があり、中央政府の意向に沿った政治色の強い名前であるという解釈もされることがあり、新首都名としてふさわしくないのでは、という意見もあります。

中央政府が都市名や道路の名前を決定する際には政治的意図があることは普通のことであり、それが地元民にも受け入れられ愛され定着していくかどうかは、今後の政権の在り方次第と言えるわけで、外国人である私達が口を挟む問題ではないのかもしれません。

事例:2001年から7年近く運営していたバリ島の会社はDARIBALI NUSANTARAと言いまして、会社名を決める時に最初からNusantaraを含む前提で名前を考えたくらい好きな単語です。

国語にムラユ語を採択し、ジャワ人中心の国家ではなくパンチャシラを軸とした民族融和路線が後世になって評価されているように、ヌサンタラという首都名も、会社名や商品名に多用されていることからくる混乱よりも、融和路線継続を表明する英断だったと後世で評価されればいいなあと思う。