『多様性』という言葉は、これまで少数派として不利益を被ってきた人々に対して認めるべきものです。しかし、一時の感情のもつれによってこれが拡大解釈され、相手の言論を封じ込むための手段として使われる危険があります。
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インドネシアはなぜ発展するのか?政治・経済・社会を支える構造と成長戦略
スカルノ大統領時代は共産主義政策が推進され、西側諸国からの投資が減少しました。スハルト大統領は西側諸国との関係を強化し、工業化を進めましたが、石油依存から脱却できませんでした。1998年のアジア通貨危機後、インドネシアは民主主義国家と…
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この記事でわかること
- 2021年の東京オリンピックでインドネシアはバドミントン女子ペアが金メダルを獲得しました。
- インドネシアの重量挙げ選手たちは、女子49kg級で銅、男子61kg級で銀、男子73kg級で銅メダルを獲得しました。
- オリンピック開催に反対する意見は、コロナ対策を優先すべきという現実的なものでした。
- 多様性は少数派の権利を認めるものであり、差別的な意見を認めることではありません。
- インドネシアでは多様性の中の統一を国是とし、言論の自由を尊重することが求められています。
インドネシアの社会制限下での金メダル獲得ニュース
2021年、コロナ禍によりインドネシアでは政府が社会活動制限を繰り返し延長しました。このため、弊社も客先訪問ができず、在宅勤務が増えた結果、VPNを通じてオリンピック観戦を楽しむ機会が増えました。
東京オリンピックでは、インドネシアの重量挙げ選手たちが大活躍しました。女子49kg級ではウィンディ・アイサー選手が銅メダル、男子61キロ級ではエコ・ユリ・イラワン選手が銀メダル、男子73キロ級ではラハマット・エルウィン・アブドゥッラー選手が銅メダルを獲得しました。インドネシア人は骨格が頑丈で体幹が強い人が多いように感じます。
さらに、バトミントン女子ペアのグレイシャ・ポリイ選手とアプリヤニ・ラハユ選手が金メダルを獲得しました。この快挙は、オリンピックにあまり関心のないインドネシア人の間でも大きな話題となりました。バトミントンはインドネシアの国技とも言えるスポーツであり、この金メダル獲得は国民にとって非常に誇らしい出来事でした。
Selamat Greysia Polii dan Apriyani Rahayu atas raihan medali emas pertama ganda putri Indonesia di Olimpiade Tokyo 2020. #GanbareIndonesia 🇮🇩 (NOC Indonesia) selengkapnya dInstagram.com/kbritokyodpic.twitter.com/eC4pOkaL3R 3R

— Indonesia in Japan(@KBRITokyo)Mon Aug 02 07:31:05 +0000 2021
東京オリンピックの開催は、コロナ禍の中で賛否両論がありましたが、インドネシア国民にとっては社会活動制限下での金メダル獲得が気分を明るくする出来事となりました。このニュースは、インドネシアにとってオリンピックが開催された意義を感じさせるものでした。
多様性と自由のはざまで──意見の対立がもたらす社会的ジレンマ
東京オリンピックが無観客での開催が決定した際、IOC会長への嫌悪感も相まって、世論調査では過半数以上が開催に反対していました。SNS上では反対派が多く、「オリンピック開催賛成」と言うと批判される雰囲気がありました。しかし、実際に始まると柔道や卓球、ソフトボール、フェンシングなどで日本の金メダルラッシュが続き、世論も「やって良かった」という空気に変わりました。反対派に対して「せっかく盛り上がっているから白けるようなことを言うな」という雰囲気も出てきました。
オリンピック開催に反対する意見は、「利権にまみれ商業主義化したオリンピック自体を廃止しろ!」というものではなく、「デルタ株が蔓延する中でオリンピックに金をかけるよりもコロナ対策を優先すべきだ」という現実的な意見が多かったです。議論が荒れるのは、相反する意見を持つ人の意見を封じ込めようとしたり、その人の人間性を批判し始めた時です。「多様性の中の統一」を国是とするインドネシアで暮らしながら、言論の自由、表現の自由を尊重することの難しさを感じました。
少数民族やLGBT(性的少数派)を差別しないことが多様性を認めることだということに、異論を挟む人はほとんどいません。しかし、意見の対立する人同士が議論する際に、どこまでが許容範囲で、何を言ったら多様性を否定していると捉えられるのかは難しい判断です。多様性という言葉は『いままで少数派として不利益を被ってきた人々』に対して認めるものであり、「多様性を主張するのであれば、LGBTを差別する自分の意見も認めろ!」というのは屁理屈です。
最終的には賛成派の希望が通り開催されましたが、反対派にとっては望まない結果となりました。期間中にも反対し続けた人々の意見に対しては、「決まったことをいつまでも言うな」という反発ではなく、「気持ちはわかるが、オリンピックは2週間半で終わるから我慢してくれ」と頭を下げるくらいで丁度バランスが取れたのではないかと思います。
新型コロナウィルスの蔓延を危惧し、貧困層の拡大が社会問題化することを心配し、一刻も早い収束を願う気持ちは誰もが同じです。しかし、人間は思考と感情のバランスを取りながら行動する生き物であり、一時の感情が行き過ぎると一線を越える言動をすることもあります。私のようにそのリスクを負いたくないと考える人は、公の場での政治的な発言を慎むという選択をすることになります。