インドネシアでの生活安全対策と犯罪事例

2017/04/28

ジャカルタ

日本人が普通に生活している分には、凶悪犯罪に遭う可能性は極めて低いです。しかし、ジャカルタではスリや置き引き、強盗などの犯罪者が日常生活のどこにでもいるため、外を歩く際には常に警戒を怠らないほうが良いと思います。

インドネシアの文化、健康、交通、買い物、宗教の全体像を構造化した図解

インドネシアの生活事情まとめ|文化・健康・交通・買い物・宗教まで

インドネシアの文化や生活習慣は日本人にとって馴染みやすいものである。インドネシアではSNSを通じて在留邦人の声が政治に影響を与えることがある。椰子の実ジュースには抗菌効果やアンチエージング効果がある。

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この記事でわかること

  • ジャカルタではスリや置き引き、強盗が日常的に発生します。
  • インドネシアの満員電車やバスではカミソリを使ったスリが典型的です。
  • 日本大使館からも歩道橋付近でのスリ被害について注意喚起があります。
  • MRT開通により危険だった歩道橋が信号付き横断歩道に変わりました。
  • インドネシアでの危険な体験は自業自得であることが多いと感じます。

歩道橋の下で集団強盗に合った思い出

私の部下が電車内でスリに遭い、リュックを20cmほど切り裂かれスマホを盗まれましたが、幸いKTPやSIMの入った財布は無事でした。彼はこれで2回目の被害で、電車内での油断がスリの巧妙な手口に利用されたようです。

インドネシアでは満員電車やバス、モールの人ごみでカミソリを使ったスリが典型的です。以前、バス内で売上金を盗まれたと泣いていたおじさんのリュックも縦に切り裂かれていました。スリや置き引きは軽犯罪ですが、インドネシアではその場で捕まったドロボウを殴ることが許される風潮があります。盗む側も命がけで、実際に工場のインドネシア人が「隣に泥棒が入ったので殴り殺した」と話していたことがあります。

MRT工事が始まる前のThamrin通りのデモの写真
MRT工事が始まる前のThamrin通りのデモの写真。当時はまだ歩道橋がありました。

日本大使館からも歩道橋付近でのスリ被害について注意喚起のメールが届きます。私もインドネシアに来たばかりの頃、Plaza Indonesia前の歩道橋を降りたバス停前で集団強盗に遭いました。CitiBankのATMから現金7jutaを引き出し、ポケットに入れたまま歩道橋を上ろうとしたとき、バス待ちの人々が振り向き、一人に口を塞がれ、足をすくわれ、ポケットに手を突っ込まれました。

事例:そのときは運よく札束の上にエリクソンの携帯電話を入れてポケットをパンパンにしていたため、一銭も取られず、10人ほどの集団が「クモの子を散らすように」逃げていきました。現金は無事でしたが、ズボンが破れ、簡単にひっくり返されたことに屈辱感を覚えました。それ以降、街を歩くときは「外に出れば、七人の敵がいる」と思いながら、周囲を警戒するようになりました。

ちなみに、私が集団強盗に遭ったバス停前の歩道橋は、MRT開通により撤去され、信号付き横断歩道に変わり、見通しも良くなり危険な雰囲気はなくなりました。

インドネシア生活事件簿

この事件は思い出すだけでも胸糞が悪くなりますが、インドネシアに来て早々に集団強盗に合ったのが幸いしてか、その後危険な目に合うことが数えるほどしかなかったと言えるかもしれません。

  1. Mangga Duaでタクシーに乗り込む際にPereman(チンピラ)に囲まれました。タクシーに乗り込む際に縄張りとして仕切っているPremanに5,000ルピア払うのを拒否したら、5~6人に囲まれそうになって小額紙幣数枚ばら撒いて逃げました。
  2. Tanah Abangの按摩屋でPeremanどうしの抗争に巻き込まれました。投石合戦という原始的な戦いに巻き込まれて、飛び交う石がガラス窓を粉々に破壊する様子に生きた心地はしませんでした。
  3. Atma Jaya大学付近の学生デモ見物中に軍が発砲しました。1998年に学生が数人犠牲になった有名な事件で、間近で銃声を聞いたのは初めてだったのでノートPCで頭を隠してビルの後ろに逃げ込みました。
  4. Bali島Sanurのブティックで解雇した従業員の親戚一同に殴りこみをかけられた時、刺されてもいいようにシャツの中に雑誌を入れて、足元に洋服陳列用の鉄パイプを隠していましたが、リアルで一番怖かったのがこれかもしれません。

メイドに仕入代金7juta盗まれたとか、部屋に入れた女の子に色仕掛けで20万ルピアほど盗まれたとか、カーゴ業者にだまされて他人の船代まとめて払わされたとかの詐欺や軽犯罪であれば、これまでに何度経験したか数知れません。

しかし、長年インドネシアに居ながら身の危険を感じる事件が数えるほどしかなく、しかも全部自業自得というのはある意味ラッキーだったと言えるのかもしれません。