努力と車の進化に見る過程の重要性|思考法と感情制御

2016/10/30

過程の重要性

努力は結果が出ないとやる気が削がれ、あきらめてしまうことがあります。しかし、努力の過程で得られる学習感や満足感に意味があると考えることで、努力を継続することができるのです。結果を出すことにこだわりすぎて達成感が得られないことに嫌気が差し、努力を止めてしまうのはもったいないと思います。

知性と感性

インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり

感情に流されず合理的な思考を訓練することが重要である。他人と自分を比較しないことで自己肯定感を高められる。理性を働かせることで推論を構築し、過去の経験がその確からしさを裏付ける。

続きを見る

この記事でわかること

  • 努力の過程で得られる学習感や満足感に意味があると考えることで、継続が可能です。
  • トヨタ・アバンザVelozは改良を重ねることで進化し続ける未完成のプロダクトです。
  • 結果よりも過程を楽しむことで、努力が報われなくても意味があると考えられます。
  • 努力を努力と思わず、夢中になって取り組むことが重要です。
  • 努力が報われると信じる人は少数派であり、その信念が競争優位を生むことがあります。

車は進化し続ける未完成のプロダクト|改良の積み重ねに見るトヨタ・アバンザVelozの真価

私は2016年型Avanza Velozに乗っておりますが、それ以前に乗っていた2012年型Avanzaと同じ感覚で運転できるとはいえ、微妙に改良されている点がありました。これらの改良は、車が進化し続ける未完成のプロダクトであることを示しています。

  1. ハンドルが軽くなった

    ⇒華奢な女の子でも運転しやすいと思いますが、Tolで時速100km出したらどうなるかちょっと心配。ハンドル回したくないのに回っちゃったみたいな・・・・。

  2. エンジンブレーキが滑らかになった

    ⇒前のは下り坂に差し掛かるとウィウィーーンと重い音がしてギアが無理やり切り替わるので、そのたびに壊れるんじゃないかと心配しました。

  3. 燃費が向上している

    ⇒新車という条件を考慮しても明らかにガソリンがなかなか減りません。

2020年に買い替える予定が、コロナ禍の影響で会社が傾きかけたり、2023年に家を買ってすっからかんになったりと、なかなか新車に回すお金をねん出できずにいるのですが、もし次に乗る車もAvanza Velozだったとしたら「2016年型に比べて最新型は大きくモデルチェンジされて・・・」という記事を書きたいと思います。

考えてみると、車は生産終了の時期が未定であるうちは最終形というのはなく、改良の積み重ねの産物であって、あるべき理想の最終形に達することを目標とするわけではなく、現モデルを改良して消費者はその改良の過程に対して満足したり不満を持ったりするわけです。

努力は報われなくても意味がある|結果よりも過程を楽しむ人が最後に強くなる理由

以前、友人と飲んでいるときに、努力と成果について議論したことを思い出しました。

君ならサボってばかりいるけど結果を出す部下と、努力はするけど結果が出ない部下のどっちを評価するか?

と聞かれて言葉に詰まりました。会社としては結果を出す部下が評価されるのは当然ですが、努力しても結果が出ない部下よりも評価が高いと言えるのか、という疑問がありました。

例えば、工場の間接部門で発生した経費を製品の製造原価に按分する際に、単価が100ルピアの製品と単価が1jutaの製品に対して、単純に生産数量比率で按分すると不公平な結果になるのと同じように、結果を出すために費やす手間も条件も違う2人の部下に対して、評価を結果量比率で按分するのは不公平だと感じます。

ある朝、いつものように嫁さんをCidengの教会に送った後、自宅アパートのデスクでPCのフォルダ構成とファイルの整理をしていると、昔バリ島で仕事をしていたときに、常に忘れないように車の天井に貼ってあった言葉を書いたテキストファイルが見つかりました。

結果よりも過程が大事であり自分が過程を楽しんでいれば誰も同意してくれなくてもいい。

当時、仕事がうまくいかず「努力しても結局報われないと意味がないんじゃなかろうか」というネガティブな気持ちになりがちな自分を奮い立たせるために書いたのだと思いますが、言葉を整理するとこういうことなんじゃないかと思います。

事例:努力とは結果を求めてするものではなく、過程を自己満足するためのものであって、結果が出たから努力して良かったと思うのではなく、過程の中でこれだけ進歩したという喜びのために努力をする。

この言葉は裏を返せば

『努力を努力と思っている時点でダメで、夢中になってやっていればそれは努力とは言わない』

ということであり、

誰にも認められなくても、全然結果もついてこなくても、努力の過程が満足できればそれでいい

のであって、これって車が改良されるのと同じことだと思います。

どんな車もいずれは生産終了になる運命ですが、改良の過程で消費者を満足させたという事実は歴史に残るわけで、もうそれで十分なわけです。

現代のご時世で、『努力が報われる』と考えている人は15%ほどしかいないと言われている中、見方を変えれば

ちょっと努力をするだけでまわりを出し抜ける

わけで、85%の人が勝負する前から降りている状況は、『努力が報われる』と信じている人にとって都合がいいとも言えるわけです。