バリ島の観光と生活に見る文化と時代の変遷

2015/09/29

バリ島の観光と生活における文化と時代の変遷を構造化した図解

バリ島は外国人にとっては異なる文化を体験できる非日常的な場所ですが、ローカル観光客にとっては日常生活の延長として心身をリフレッシュするオアシスです。旅行の楽しみ方も、訪れる人によって異なります。

インドネシアの文化、健康、交通、買い物、宗教の全体像を構造化した図解

インドネシアの生活事情まとめ|文化・健康・交通・買い物・宗教まで

インドネシアの文化や生活習慣は日本人にとって馴染みやすいものである。インドネシアではSNSを通じて在留邦人の声が政治に影響を与えることがある。椰子の実ジュースには抗菌効果やアンチエージング効果がある。

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この記事でわかること

  • バリ島は外国人には異文化体験の場、ローカルには日常のオアシスです。
  • 2007年のジャカルタ引越し時、犬に特別な食事を用意しました。
  • インドネシアのスハルト元大統領は2008年に死去しました。
  • バリ島の観光客は国内旅行者が690万人以上と多いです。
  • 日本人のバリ島旅行者はピーク時の3割から4割減少しています。

2007年ジャカルタへの引越しが近づいて慌しかった時期

うちの犬達が妙に切ない声を出すと思ったら、ある日朝から何もあげていませんでした。水も食料も。急いであげてきましたが、犬達は超興奮していました。お詫びのしるしに、普段はおわん2杯分のドッグフードを1杯分増量し、カルシウム1錠追加、ノンカロリー牛乳、そしてさっき食べたインドミーのスープ付きのスペシャルメニューを用意しました。こんな時間にたくさん食べて大丈夫かなと心配です。

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朝から売れ残りの絵画の売却交渉、広告掲載、銀行などの雑用が続き、帰宅後はハードディスクの状態が悪化するまで次の仕事の準備をしていました。毎日忙しく、犬達と遊ぶ暇がありません。みんな海が大好きで、近くのパダンガラックのビーチに連れていくと大喜びなのですが、本当に申し訳ないです。これからの生活がかかっているので、勝負時です。

ようやくファイルのバックアップが終了しました。翌朝一でPC屋に持っていけば、夕方には出来上がるでしょう。ハードディスク本体と作業量込みで60万ルピアくらいかかりそうですが、自分でやるよりは良いかもしれません。

金運をもたらすという言葉を信じて3年半待ち続けていましたが、結局大きな金運をもたらしてくれなかったアロワナ君達は無事に引き取られていきました。金運は半分冗談で、動物飼育が好きなので飼っていましたが、魚とはいえ3年半も飼っていると情が移ってしまいます。

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つらい選択でしたが、これまで「売りたし」広告を出すたびに暴れだす彼らが今回は全くおとなしかったです。観念したのか、私の経済状況を察してくれたのか、新しい飼い主が気に入ったのか、理由はわかりませんが、いつものようにリビングの中央でダイナミックな水しぶきを立ててお互いに威嚇し合っていた体長50cmオーバーのアロワナ君達が居ない初めての夜です。

大きな水槽がなくなった後のリビングはやたらと広く感じます。(泪)

とにかく長い間ありがとう。サヌールで幸せに暮らしてくれることを願っています。水槽積み込み作業の影響で、手足と腰がガクガクです。

10年目の振り返り(インドネシアに来たきっかけ)

2007年10月にインドネシアに来てから10年が経ちました。その間、バリ島で妻と犬たち、魚たちと暮らしてきました。外から見ると楽しそうに見えるかもしれませんが、実際にはバリ島での生活は大変です。楽しいことも多いですが、その過程では涙ぐましい努力も必要でした。

日本で転職先を探しているときに、偶然「インドネシアで夢を」という言葉に惹かれました。当時はこんなに長く居つくとは思っておらず、予備知識もほとんどないまま期待だけで胸がいっぱいでした。今考えると、軽率で無謀だったと思います。

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バリ島での生活

学生時代、インドに魅了され長期休みの間はほとんどインドにいました。インドは汚くて人が多く、常に干渉される疲れる国でした。何度も長期滞在しましたが、「ここで生きていくのは無理だ」と感じるほどタフな国でした。

それでもアジアの熱気に魅かれ、将来はアジアで仕事をしたいと考えていました。就職活動では、アジアで仕事ができそうな職種を選びました。会社から駐在で行くのではなく、自分の意思で働く場所を選べる仕事を求めました。

文系でもやっていけそうな専門職を考え、システム系の仕事を選びました。選んだ会社は当時不正が発覚し、数年後には倒産すると言われていた某大手銀行の子会社でした。大学で金融のゼミに所属していた私にとっては、最悪の選択でした。

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会社の雰囲気

しかし、この会社は説明会の時から雰囲気が良く、人事担当者ともウマが合いました。初心者がシステムの仕事を始めるにはうってつけの会社だと思いました。第一印象は大事です。就職氷河期と言われた時代に、私はあっさりとこの会社に内定を決めて就活をやめ、またインドに行きました。

事例:周りと違った行動を取ることをかっこいいと思っていた私は、影響された本がまずかったのかもしれません。

要点:周囲と異なる行動を取ることが必ずしも良い結果をもたらすわけではなく、影響を受ける情報源の選択には注意が必要です。

2008年インドネシアの一つの時代の終焉(スハルト元大統領死去)

2008年1月、インドネシアの第2代大統領スハルト氏が死去されました。テレビでは彼の生前の様子と葬式の様子を織り交ぜた特番が流れ続けています。

私がインドネシアに来た1997年10月は、まだ彼が現役の大統領だったため、感慨深いものがあります。大統領職を辞してからわずか10年での死去に、人間の寿命の短さを感じます。

1997年から1998年は激動の時代で、町中がデモ隊であふれ、装甲車がメインストリートを行きかう中、人々は普通に生活し仕事をしていました。インドネシアに来たばかりの私にとっては刺激的な日常で、デモ隊と警察隊のにらみ合いを見物中に警官隊が実弾発砲し、ノートパソコンで頭を隠しながらビルの裏に逃げ込んだこともあります。

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スハルト元大統領の死後、スキャンダラスなニュースが次々と出てきました。

スハルト大王の死後、スキャンダラスなニュースが次々と出てきました。周囲にはそれをゴシップとして話題にする人も多いですが、死者に鞭打つような言動はいかがなものかと思います。それだけ彼が大きな存在感を持っていたということでしょう。

事例:バリ島ではガルンガン(Galungan 迎え盆)とクンニガン(Kuningan 送り盆)という祭日があり、銀行や郵便局が休日だったり半休だったりと非常に不便です。引越し前の身辺整理で公共機関に用事が多いのですが、仕事がはかどりません。やっと開いたと思ったら、ネットワーク障害で受付不可能ということもありました。

要点:地域の祭日や祝日により公共機関の営業が制限されることがあるため、事前にスケジュールを確認し、計画的に手続きを進めることが重要です。

インドネシアでの鳥インフルエンザの死者が100人を超え、これは世界最多です。ジャカルタでもらった風邪が悪化し、まともに声が出ない私としては少々気になりますが、高熱が出ていないので大丈夫だと思います。

ジャカルタ引っ越し直前の出来事(愛犬ミンミンの死)

バリ島生活もあと2週間というときに、象徴的な出来事が発生しました。最愛の愛犬ミンミンが突然死してしまったのです。

ミンミン
ミンミン

ほんのさっきまで元気に昼食を食べていたかと思うと、突然の絶命でした。原因は毒ヘビによる食あたりです。ミンミンはヘビやとかげ、ヤモリなどの爬虫類を捕まえて食べるという奇特な趣味を持っていましたが、これまで絶対に食べなかった黄色いまだら模様の毒ヘビを何故か食べてしまいました。

新しい飼い主を探している最中で、いつも我々の足元で寝そべっているだけかと思いきや、ちゃんと話を聞いていたんですね。我々の手を煩わせる前に自分ひとりだけ逝ってしまったわけです。

ミンミンはメスですが、日本の侍を思わせる潔い死に方でした。その死に方に感動し、ほとんど心が痛まなかったです。

自宅前のマンゴーの木の下に埋葬してから1週間、いまだに異臭も発しません。肥満気味だったので、埋葬したとはいっても相当な死臭が出そうなものなのに、最後の最後まで我々に迷惑をかけたくなかったのでしょう。ホント、かっこいいです。キミはあの世に行ってしまっても、我々の心の中にずっと生き続けています。私もいつかそっちに逝くことになるわけですが、そのときは好きなだけパダンガラックのビーチで一緒に走り回りましょう。

ローカル観光客と外国人観光客のバリ島に求めるものの違い

ジャカルタはビジネス都市であり、国内需要に応じて都市の景観や機能が変化します。一方、国際的観光地であるバリ島も、実際には国内旅行者の数が690万人以上で、海外からの旅行者370万人に比べて圧倒的に多いです。

日本人がバリ島に求めるものはスパやマッサージなどの癒しやマリンスポーツであり、最も大きいのは異文化の雰囲気を楽しむことです。日本人は基本的に無宗教であるため、ヒンドゥーという宗教信仰自体が大きなカルチャーギャップとなります。その土地の文化は宗教を大きく反映しますからね。

一方で、ジャカルタのインドネシア人がバリ島に求めるものも基本的には同じ路線上にありますが、インドネシア人はイスラム教、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教のいずれかを信仰する義務があるため、カルチャーギャップは日本人ほど大きくありません。言葉も共通語のインドネシア語が通じるため、ジャカルタの人々にとってバリ島は「日常の延長上にあるオアシス」という位置づけです。

その人にとって「非日常」か「日常の延長上のオアシス」かを判別する指標として、スマホを使う頻度を見るとわかりやすいです。ジャカルタからの旅行者にとってバリ島は「日常の延長上のオアシス」であるため、ホテルの朝食中にスマホでメールの返信をすることに対して「せっかくバリ島に来ているのにスマホばかり触らなくてもいいのに」と咎めるのはナンセンスです。

ジャカルタの旅行者がバリ島に「癒し」を求めていたとしても、日本人が求めるような気合の入った「癒し」ではなく、その3歩手前くらいのゆるいレベルの「癒し」ですから、旅行の楽しみ方自体が違って当然です。

外国人旅行者の主流はオーストラリア人と中国人であり、日本人旅行者はかつて30万人を超えていた2007年頃に比べて20万人前後にまで落ちています。バリ島全体の観光客は増えているため、バリ島の問題というより日本の国内事情が影響していると思います。今回も日本人観光客かと思いきや、聞こえてくるのは中国語という場面が何度もありました。

日本人のバリ島旅行者がピーク時の3割、4割減まで落ち込んでいる原因として、日本人がバリ島に飽きた、国内景気が停滞して旅行に行く余裕がなくなった、長い休みが取りにくくなったため近場の台湾や中国にシフトしたなど、さまざまな説があります。私の推測では、イスラム過激派による中東やアフリカでのテロの影響でより安全志向が働いているからではないでしょうか。

「連休はハワイに行く」と言っても誰も心配しませんが、「バリ島に行く」と言えば、世界的な観光地であるとはいえ「インドネシア、治安は大丈夫なの?」という心配がどこかで聞こえてきそうです。バリ島とはいえ、やはりインドネシアと言えばイスラムのイメージがあります。

直行便が少なすぎるという説もありますが、行く人が少ないため結果として直行便がガルーダのみになった、というのが自然かと思います。

時代と共に変化し続けるバリ島

かつてバイパスにあった家具屋のギャラリーなどが消え、空き地や空家が目に付くようになりました。これはバリ島が不景気というわけではなく、スクラップアンドビルドの変化の過程です。新しく建てられる建物はモダンで規模が大きいものが多く、バリ島は「神々の棲む島」という神秘性よりも、ハワイのように一ランク上のリゾート地へと脱皮していくのかもしれません。

古いものが新しいものへと形を変えていくのが時代です。「昔ながらの古き良きバリ島が失われていく」という面もありますが、観光地として旅行者の需要に応じて変化していくのは、時代が求めるニーズだと考えるのが自然です。