ジャカルタの観光地としての魅力は、その歴史にあります。地政学的にヨーロッパや周辺アジア諸国との交易上、重要な役割を果たしていました。旧市街地コタ地区はオランダ統治時代の商業の中心地で、ファタヒラ広場付近にはバタビア時代のコロニアル様式の建造物が多く残っています。
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インドネシアの歴史年表と時代区分|王朝・植民地支配・独立・大統領政権の全体像
5世紀頃、中部ジャワに仏教のシャイレーンドラ王朝やヒンドゥ教のマタラム王朝が誕生し、ラーマーヤナやマハーバーラタが文化として浸透しました。1602年、オランダは東インド会社を設立し、植民地支配を拡大しました。行政の中心地バタビアは現在…
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この記事でわかること
- ジャカルタの旧市街地コタ地区はオランダ統治時代の商業中心地でした。
- モナスは1975年に完成し、インドネシア独立の象徴として知られています。
- イスティクラルモスクは世界で3番目に大きいモスクです。
- ファタヒラ広場には17世紀から20世紀初頭の歴史的建造物が多く残っています。
- スンダクラパは14世紀から貿易の玄関口として重要な役割を果たしました。
モナス・モスク・大聖堂──ジャカルタ中心部で訪れるべき代表的観光スポット
インドネシアの観光地としてはバリ島やジョクジャカルタが有名ですが、首都ジャカルタも見逃せないスポットがあります。特にスカルノ初代大統領が提案し1975年に完成したモナス(Monumen Nasional 独立記念塔)は、インドネシアの独立の象徴として知られています。高さ137mの塔は、頂上に14mの青銅製の炎があり、35kgの純金メッキが施されています。


事例:ジャカルタに出張する際、観光案内を頼まれることがあります。モナスや、世界で3番目に大きいイスティクラルモスク、そしてその対面にあるジャカルタ大聖堂は、歴史的価値が高いものの、観光設備は整っていないため、車中から眺めるのが無難です。
要点:ジャカルタの観光地は歴史的価値があるが、観光設備が整っていないため、訪問時には注意が必要です。
イスティクラルモスクやジャカルタ大聖堂は宗教施設であり、観光客の見学を受け入れていますが、無宗教の日本人にとっては入り辛さを感じることもあります。
ジャカルタ旧市街・コタ地区の歴史散策:バタビア時代の面影残るファタヒラ広場とスンダクラパ港
ジャカルタの北部に位置する旧市街地コタ地区は、オランダ統治時代にバタビアと呼ばれた商業の中心地でした。特にコタトゥアと呼ばれるエリアには、コロニアル様式の建造物が多く残るファタヒラ広場があり、保全工事が進められています。

事例:ファタヒラ広場周辺には、オランダ統治時代の歴史的建造物が多く残っています。ジャカルタの観光地としての魅力は、ヨーロッパやアジア諸国との交易上の重要性にあり、コタ地区を歩くとオランダ東インド会社が統治していた時代の街の光景を想像できます。
要点:コタ地区は、バタビア時代の建造物が集中しているファタヒラ広場周辺と、跳ね橋や海洋博物館があるスンダクラパ地区が観光の中心です。
- 14世紀:ジャカルタ周辺はスンダクラパと呼ばれていた。
- 16世紀にはジャヤカルタと呼ばれるようになる。
- 1602年:東インド会社の進出によりオランダ領東インドとなり首都バタビアと呼ばれる。
- 1943年2月:日本軍の侵攻によりオランダ植民地統治が崩壊し日本の軍政下に入る。
- 1945年8月15日:天皇陛下による玉音放送で終戦。
- 1945年8月17日:インドネシアが独立を宣言(独立記念日)
- 1945年:再進してきたオランダ軍・イギリス軍との独立戦争
- 1949年:名実共に独立。
インドネシアの歴史の中で、17世紀から20世紀初頭までの約350年間、オランダ領東インドのバタビア時代に建造された建物が保全されることで、ジャカルタの観光地としての価値は高まります。
歴史と文化が息づくジャカルタ旧市街:ファタヒラ広場と周辺のおすすめ観光スポット

ファタヒラ広場周辺は、17世紀から20世紀初頭までのオランダ領東インドの街並みを感じられる場所です。日本で知られる「じゃがたらお春」が訪れた寛永2年(1625年)には、バタビアの中心として栄えていました。歴史的建造物が多く、訪れる価値があります。


















ファタヒラ広場を取り囲む歴史的建造物
- バタビアカフェ(Cafe Batavia): 1850年に東インド会社提督管理事務所として建設され、1993年にカフェとして開店。
- ワヤン博物館(Museum Wayang): 1640年にオランダ旧教会として建設され、1808年の地震後に1975年に博物館として再建。
- 歴史博物館(Museum Fatahillah): 1707年にバタビア市庁舎として建設され、1974年に歴史博物館となる。
- 絵画陶磁器博物館(Museum Seni Rupa dan Keramik): 1870年に司法会議所として使用され、1976年に博物館となる。
- ファタヒラ広場郵便局(Kantor Pos Jakarta Taman Fatahillah): 1929年に建設されて以来郵便局として使用。
事例:バタビアカフェは日本からの出張者に人気で、階段の踊り場には幽霊の目撃情報もあります。ワヤン博物館の周辺では自転車と麦わら帽子のレンタルが盛んです。
要点:ファタヒラ広場周辺には、歴史的な建物が多く、観光客にとって魅力的なスポットが集まっています。
クルクット川(Kali Krukut)に面した建造物
クルクット川沿いには、戦前に多くの日系企業が入居していたコロニアル様式の建物が残っています。船会社や保険会社のオフィスとして利用されています。
ファタヒラ広場の南側にある建造物
- インドネシア銀行博物館(Museum Bank Indonesia)
- マンディリ銀行博物館(Museum Bank Mandiri)
- コタ駅(Stasiun Jakarta Kota)
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じゃがたらお春とジャカルタの歴史的変遷
じゃがたらお春は1625年にバタビアに追放され、成功を収めました。ジャカルタの地名は16世紀のJayakartaから1945年にJakartaに変わりました。オランダ領東インド時代、多くの日本人が商業活動を通じて現地社会に関与しました。
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港町スンダクラパの歴史を辿る:コタインタン橋と海洋博物館周辺の見どころ

14世紀、ジャカルタはスンダクラパと呼ばれ、オランダ領東インドのバタビア時代以降も港周辺の貿易の玄関口として重要な役割を果たしました。ファタヒラ広場からカリブサール通りを川沿いに北に10分ほど歩くと、メルキュールホテルを過ぎたあたりでコタインタン橋が見えてきます。さらに川沿いに北に進むと、VOC Galangan Cafeや海洋博物館が現れます。








- コタインタン橋(Jembatan Kota Intan):1628年にオランダ領東インド政府によって作られた跳ね橋。
- VOC Galangan Cafe:1628年に大型船の修理工場として建設。
- 海洋博物館(Museum Bahari):1652年から1771年にかけて東インド会社によって建てられた倉庫。
事例:海洋博物館のチケットを購入すると、Menara Syahbandarに入って上まで登ることができます。館内にはオランダ東インド会社(VOC)の倉庫があり、コーヒーや香辛料を支える太い柱と梁が印象的です。赤レンガ屋根と上方が半円形の扉が特徴的な建物で、2階には当時のヨーロッパやインド、アラブとの交易の様子が展示されています。
要点:スンダクラパは歴史的に重要な貿易拠点であり、その歴史を感じられる場所が多く残っています。