デカルトの方法序説と現代社会の真理探求

2018/03/17

デカルト

他人が書いた人生標語や企業理念に違和感を感じないのは、真理が多様性の中にある唯一無二のものであるからです。真理を見出すための具体的方法として、デカルトの「方法序説」の4つの規則があります。

インドネシア生活での感情と合理的思考の技術を示す構造化した図解

インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり

感情に流されず合理的な思考を訓練することが重要である。他人と自分を比較しないことで自己肯定感を高められる。理性を働かせることで推論を構築し、過去の経験がその確からしさを裏付ける。

続きを見る

この記事でわかること

  • デカルトの『方法序説』は真理を見出すための4つの規則を提供します。
  • 企業理念は法人のスローガンであり、社会的役割を追求した結果として導き出されます。
  • オンラインの情報はポジショントークで粉飾されている可能性があり、真贋を見分けるには現実世界での経験が必要です。
  • インドネシアでは宗教が生活の一部であり、神の存在は絶対的無二のものとされています。
  • デカルトは書斎を出て外の世界で人と話すことで唯一無二の真理を見出そうとしました。

多様性の先にある唯一無二の真理

小中学生の頃、部屋の壁に「やればできる」とか「絶対あきらめるな」といったスローガンを貼っていた人は多いでしょう。私も、ネットから拾った大切な言葉や行動指針をEvernoteにメモしています。これを1年後に読み返すと、時には自分で赤面することもありますが、かつては部屋の壁に貼っていた言葉を、FacebookやTwitterで公開する人も多く、他人が何を考えているかが垣間見えて興味深いです。他人の格言が自分にも当てはまるのは、同じ社会生活を送る中で、多様性の先に唯一無二の真理があるからだと考えられます。

フランスの哲学者デカルトの「方法序説」を紹介されたのは、予備校生時代でした。薄い文庫本だからすぐ読めると思ったものの、難しくて打ちのめされた記憶があります。「方法序説」では、真理を見出すための4つの規則が説かれていますが、これらはインドネシアでの仕事でも必要な事柄です。

  1. 明証性の規則:明確なエビデンスを根拠とした判断が重要。偏見やガセネタに惑わされず、注意深く判断すること。
  2. 分析の規則:複雑な問題もモジュールに分割して考えると判りやすくなる。
  3. 総合の原則:簡単な問題から考え、少しずつ全体像を把握すること。
  4. 枚挙の規則:漏れがないかの最終レビューの重要性。

これらの規則の理解は、生活環境や仕事環境に応じて咀嚼され、人生経験に応じて解釈が変化します。デカルトの「方法序説」は、生き方に深く影響を及ぼす良書です。

最終到着地に神が存在するか否か

現代は激しい変化の時代であり、企業も個人も変化し続けなければ生き残れない時代です。名だたる大企業でさえ、設立当初の商売と収益の中心が全く異なることは珍しくありません。例えば、ソフトバンクや楽天の収益の中心は投資事業と金融事業です。

企業にとって変化して良い部分はビジネスプランであり、その奥には慎重に修正すべきビジネスモデルがあります。ビジネスモデルは企業がどのように収益を上げて持続可能な経営を行うかという戦略です。そのさらに奥には、企業が社会にどのように貢献し、どんな社会を創り上げたいかという企業理念があります。

企業理念は法人にとってのスローガンであり、社会の中で企業がどのような存在でありたいかを表現したものです。企業の社会的役割を追求した結果として導き出される企業理念は、すべての企業にとっておおよそ似たものになるはずです。法人にとっても個人と同様に、真理は唯一無二のものであり、異なる真理が得られるとすれば、それは最終到達地点に神が存在するか否かの違いしかないと思います。

事例:日本人同士が集まる飲み会で、基本無宗教の日本人と宗教ありきのインドネシア人についての話が出ました。日本人からすれば、インドネシア人が宗教ありきの生活をするのはなかなか信じられないという意見がありました。

インドネシア人が神の存在証明をした上でイスラム教やキリスト教を信仰しているとは限りませんが、私の妻(クリスチャン)も含めて、神は絶対的無二の存在であり、神こそが真理です。ここに無宗教の日本人が議論をふっかける大儀はありません。

我思う、ゆえに我あり

この有名な言葉は、真理を追究する過程にあり、未だ真理に到達できていない自分が、完全なる神の存在を認識できているということは、自分自身が完全なる神から創造されたものであるからに他ならない、という神の存在証明を表現したものです。

神の存在証明の必要性については、私の周りのインドネシア人全員が神の存在を当然のものとして生きている環境に置かれているからこそ、無宗教の日本人である私ですら、その必要性について理解はできるのかもしれません。

旅をする理由

デカルトは、真理の追究を書斎の中だけで行うことに限界を感じ、外の世界に出て人と話すことで、唯一無二の真理を見出そうとしました。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」も同様で、現代社会ではインターネット中心のオンラインの世界に生きる人々が、インターネットは情報収集に便利だが、そこに真理はないと気づき、現実世界に出るようなものです。

オンライン上の見栄えのいい仕事や儲け話は、ポジショントークで粉飾されたレッドオーシャンの中にある可能性が高いです。重要なのは、そこに社会に貢献するプロダクトやサービスがあるかどうかです。真贋を見分けるために必要な能力は、オンラインではなくオフラインの現実世界での経験からしか磨くことはできないと考えます。