インドネシアの行列文化と日本人のストレス対処法

2015/12/13

行列待ち

インドネシアではマナー向上により行列の割り込みが減りました。しかし、私は行列待ちが嫌いです。割り込まれることや、店員が割り込みを黙認することへの恐怖が理由です。

インドネシア生活での感情と合理的思考の技術を示す構造化した図解

インドネシア生活で実感した感情に流されない思考の技術と思いやり

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この記事でわかること

  • インドネシアでは略称文化が一般的で、Kota KasablankaモールはKoKaSと呼ばれます。
  • 行列割り込みは月に1~2回経験し、店員の黙認が特にショックです。
  • 行列待ちが嫌いになった理由は、割り込みと店員の黙認への恐怖です。
  • 秩序のある場所でのルール無視は、ダブルで馬鹿にされた気分になります。
  • 最悪の状況を想定して行動すると、気持ちが楽になり最適な行動ができます。

インドネシアの略称文化と行列マナーに見る生活のリアルとストレス対処法

インドネシアでは、場所やイベント、人の名前まで何でも短縮形にする文化があります。私の生活圏内では、Kota KasablankaモールはKoKaS(コカス)、Kuningan CityモールはKunCit(クンチット)、そして誰もが知るMcDonald'sはMcDy(メクディ)と呼ばれています。

近所のメクディで朝食セットを食べようと1分ほど並んでいたところ、バスケ部と思われる女子中学生の集団に横入りされてしまいました。心が折れてJ.CO Donutsに移動しましたが、弱い自分を感じました。

ジャカルタの公衆マナーは向上しているものの、行列割り込みはまだ完全にはなくなっていません。レストランやカフェ、モールのレジなどで月に1~2回は割り込みを経験します。

私は行列待ちが嫌いで、昼食時に「行列のできるうまい店」に並ぶより、まずくはないけどまあまあの店でゆっくり食べたい派です。しかし、日本にいた頃はラーメン二郎に30分並ぶことも普通でした。行列待ちが苦手になったのはインドネシアに来てからです。

行列待ちが嫌いになった理由は、割り込まれるのが怖いからです。さらに、店員が割り込みを黙認したときの絶望感を味わうのが怖いからです。

事例:私は割り込まれたことより、店員さんに黙認されたことのショックのほうが大きいです。だから車の割り込みはあまり腹立たないんですよね。

似たようなケースとして、スーパーのレジ待ち行列で、突然隣のレジがオペ開始した瞬間に、自分の後ろに並んでいた人がスッと離脱して先に会計が始まったときの(えっ、なんで先に並んでいる俺からじゃないの)という店員さんへの恨めしさがあります。こういうときは黙って下を向いてスマホを触っているのが安全です。

インドネシア生活で感じる「横入り文化」と心の折り合い方:秩序を守る日本人の葛藤とストレス対処法

私は特段プライドが高い人間ではありませんが、最悪の状況を想定して生きているところがあります。それにもかかわらず、横入りされてそれが黙認されると、結構傷つきます。学生時代のインド旅行中、チケット売り場に人が殺到し、秩序も何もない状況で茫然自失したことがあります。あれはもともと秩序自体がない場所での出来事なので、単に競争に負けただけという感じでした。

しかし、本来秩序のある場所でルール無視の人に得をさせる当事者になると、自分が馬鹿正直にルールを守っていることを相手からも店員からもダブルで馬鹿にされたような気分になります。だから傷つくのだと思います。インドネシアに住んでいる間、日本のような行列に並ぶことが当たり前の国で育ったためか、横入りされることへの耐性はいまだに培われません。

事例:自分の力ではどうにもならない外的要因が強いときは、最悪の状況を想定して行動したほうが、気持ちが楽になり、体の力が抜けることで、最適な行動ができることが多いように感じます。

最悪の状況を想定して生きているので、例えばある夜、Es teh tawar(無糖のお茶)を注文してEs teh manis(砂糖入りお茶)が出てきたとしても、甘くてもいいや、とすぐに妥協できます。弱いなあと思うこともありますが、これも一つの対処法です。