インドネシア入国時のVOA(到着ビザ)でできること

ビザ取得と会社設立

インドネシア入国時のVOA(到着ビザ)でできること 【入国時イミグレ手前のカウンターで購入】


EPOで出国、翌日VOAで入国

昔からインドネシアでのイミグレ(入国管理局)関連の手続きがスムーズにいかず、今年もレバラン休みに伴いイミグレオフィスが早々に休館するにあたってKITAS延長手続きが間に合わなくなり、やむを得ずEPO(Exit Permit Only)してシンガポールに出国しました。

EPOの手続きを行うとパスポートに「Return of Imigration document」と記載されたスタンプを押され、文字通りイミグレから発行してもらった一時滞在許可証(Kartu Ijin Tinggal Sementara)を返却したことの証明になり、今回の自分のスタンプの日付は6月20日ですから「within 7 days(7日以内)」である6月26日まで(withinはその日を含む)に国外に出国しなければなりません。

出国時の空港イミグレーションで今回は何故か

  • KITASを見せなさいYO

と言われましたが

  • EPOしたので返却しました。

と答えてOKでした。

シンガポールのチャンギ空港到着後、事前にホテルを予約していなかったためイミグレーションカードの滞在住所に「Orchard」とだけ書いて提出したところ、カウンタのおばちゃんに

  • Orchardは広いでしょ、ホテル名がないとダメ

と却下されてしまい、慌てて空港内のスタバに戻ってスマホからAgodaでOrchardの格安ホテルを予約し入国できました。

シンガポールで一日ぶらぶらした翌朝にジャカルタ行きの便に乗り、今度は30日間有効のVOA(Visa On Arrival)ビザを49万ルピア(35ドル)で購入し、インドネシアに再入国したのですが、予想どおり

  • 帰りのeチケットを見せなさいYO

と指摘され、この場で罰金払うか空港内のエアアジアオフィスでシンガポール行きの最安チケット買うかどっちかしかないなあと覚悟したところ、運良くイミグレ担当者が女性だったからか、まだラマダン期間中だったからか判りませんが

  • 次回はちゃんと帰りのチケットを準備しなさいYO

と無表情でポンっとスタンプを押してくれました。

観光客が帰りのチケットの提示を求められることはないと思いますが、過去にパスポートにEPOのスタンプがある場合には、ただの観光客でないと疑われますので、かと言ってどうしようもないので、運を天に任せてとりあえずはチケットはないけれど「Sightseeing」とか「Meeting」と訴えるしかないでしょう。

VOAとビジネスビザが認める「ミーティング」とは?

インドネシア滞在時のビザのステータスは以下のように分かれます。

  1. ビザなし(30日間滞在、延長NG)
    観光
  2. VOA(30日間滞在、1回限り30日間延長OK)
    観光と展示会などでのミーティング。
  3. B211ソシアルブダヤ(最長60日間滞在、延長NG)
    ウブドゥで絵の勉強するような人が取るビザで、会社のスポンサーは必要なく、インドネシア人(うちの嫁さん)の身元保証人のレターでOKだが、何回もこれで入国すると別室で「仕事しているだろう」と尋問される。
  4. ビジネスビザ
    • B211シングル(最長60日間連続滞在OK、1回出国したら無効になる)
    • B212マルチプル(最長60日間連続滞在OK、1年間有効で何度でも出国OK)
      客先でのノートとペンを使ったビジネスミーティングで、PCを開くと作業とみなされる恐れあり。
  5. C312就労ビザ(6ヶ月または1年、延長可能)
    作業、指導

このVOAビザでも一応はミーティングができることになっていますが、展示会やホテル会議室でのビジネス色の薄いミーティングくらいまでならセーフというようなものであり、実際にそんな目的でインドネシアに来る人は少なく、一般的には客先を訪問するビジネスミーティングであることはイミグレ担当者も分かっているはずですから、本来ならシングルビジネスビザまたはマルチビジネスビザを取得するほうが安全かもしれません。

シングルまたはマルチのビジネスビザはVKU (Visa Kunjungan Usaha)と呼ばれ、VOAのようにインドネシアの空港到着時に取れるものではなく、インドネシアの会社からのスポンサーレターとビザ発給依頼のTelex(VTT)をもってインドネシア国外の大使館(日本やシンガポール)に申請しなければならないものですが、このビザを持ってしても出来ることは客先のオフィスの会議室でノートとペンを使ったミーティングくらいで、建前上PC開いたらアウト、現場に入ったらアウトで、工場のような「作業」や「指導」に直結する場所でのミーティングになると、KITASがないとイミグレ担当者は認めてくれない危険性大です。

ビジネスビザも帰りのチケットを持っていることが必須なので、パスポートにEPOの形跡のある人はチケットの提示を求められ、持っていなければ待ってましたとばかりに言い放たれます。

  • お前は仕事をしているはずだ、罰金払うかチケット買うか決めろ。

要は仕事(作業や指導)をする人は在外インドネシア大使館で発行されたC312就労ビザを元に、インドネシア国内のイミグレで発行されたKITASが必須です。

就労ビザ取得のための出国の前にIMTAを取得すべし

今回KITAS更新が間に合わず、オーバーステイを避けるためにとりあえずシンガポールに出国しましたが、以前はオーバーステイのペナルティは1日あたり30万ルピアで、一昨年12日間オーバーで360万ルピア罰金喰らいましたが、2017年6月現在は事務手続費用1juta+40万ルピア/日と値上がりしているようです。

Gili MenoのAvia Villa Resort

Gili MenoのAvia Villa Resort

今回VOAを取得しイミグレのお姉さんに「観光します」と言って入国したので、せっかくなのでロンボク島の西にあるGili Menoという島で連休を過ごしていますが、この島は西隣のGili Trawanganほど騒がしくなく、美しい白砂のビーチ沿いを歩いて島一周2時間程度で周れるので、心身リチャージするには良いところです。

で、連休明けにはC312就労ビザを取るためにまたシンガポールに行かないといけないのですが、今度は入国時に

  • またお前か、就労ビザ取ったのなら働くんだろ?IMTAを見せろ。

と言われる可能性がありますので、出国前にイミグレに就労ビザ取得の手続きをするのと並行して外国人労働許可証(IMTA=Ijin Mempekerjakan Tenaga Asing)の手続きをしておいたほうがいいと思います。

Gili Meno

ビーチは相当キレイです。

IMTAの申請はイミグレではなく労働局(Kementerian Ketenagakerjaan RI)であり、これで税務署からNPWP(納税者番号)を取得しないと脱税になりかねませんが、イミグレと労働局と税務署のデータは未だに共有されていないようです。

ちなみにB212マルチビジネスビザの場合、あくまでもビジネスミーティングが目的ですから、インドネシアに183日以上滞在すること自体が不自然なわけですが、NPWPの取得並びに所得税の納税義務を税務署から追求されることはないようです。

就労ビザ取得に必要な手続き

RPTKA

RPTKAのステータス状況

まずはスポンサーである会社(PT)は、外国人雇用計画書であるRPTKA(Rencana Penggunaan Tenaga Kerja Asing)を労働移住省(Kementerian Tenaga Kerja dan Transmigrasi)に提出し承認をもらっていることが前提になります。

基本は会社設立後に承認されれば毎年延長手続きをするだけですが、新規に申請した場合のステータスは左のようにオンラインで確認できます。

RPTKA

労働移住省からの推薦状

RPTKAが承認されたら、外国人1人ずつ労働移住省からの推薦状(Rekomendasi TA.01)を申請し、承認されれば技能開発基金DPKK(Dana Pengembangan Keahilan Keterampilan)への1200ドル払い込み後にIMTAが取得できます。

imta

IMTA

このIMTA取得まではスポンサーである会社がRPTKAの承認を得ていればスムーズに進むはずで、以下のC312ビザ(VITAS)発給許可申請のTelex(VTT)取得と並行して行なえば、シンガポールのインドネシア大使館にビザ取得のために出国する際に持参し、インドネシア入国時のイミグレは「IMTA持ってます」とドヤ顔で通過できます。

VITAS

C312就労ビザ(VITAS)の発給依頼書であるTelex(VTT)

法務局出入国管理局(Kementerian Hukum dan HAM RI)から発行してもらったTelex(VTT)をもって、ようやくシンガポールに出国できます。

次にインドネシアに入国する時には、パスポートにC312就労ビザのシールが貼ってあるはずです。





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