インドネシア政治・経済・社会

社会活動制限後のインドネシアで義務化されるワクチン接種証明

2021/08/15

社会活動制限後のインドネシアの日常ではワクチン接種証明の提示が標準化されつつあり、今後は商業施設、公共交通機関、レストランや美容院・理髪店への入店、ホテルなど宿泊施設やスポーツ施設の利用にも広がっていくことが予想されます。

ワクチン接種証明が義務化される日常

今年5月中旬のイスラム断食明け大祭前後に、大都市と地方都市の間で大規模な帰省とUターン移動が発生し、コロナウィルスの変異種デルタ株がインドネシア全土に拡散したことで、感染拡大を防ぐための社会活動制限が引き続き実施されていますが、8月10日からジャカルタ、バンドン、スラバヤ、スマランの4都市でショッピングモールの営業再開を試験的に認め、一部都市では学校での対面授業を認めるなど規制緩和の試みもなされています。

インドネシアには約20,000人の在留邦人がいますが、日本で8月から開始されている海外からの一時帰国者のためのワクチン接種事業に合わせて、7月21日から運行されている官民連携事業としての特別便を利用した日本人の帰国ラッシュが続いており、当地での立場上帰国することができないいわゆる残留組は、戦国時代のしんがり(退却する見方の最後列で敵を迎え撃つ者たち)の心境にあるかもしれません。

海外在留邦人向けワクチン接種のための一時帰国ラッシュ

日本での海外在留邦人向けワクチン接種のための一時帰国ラッシュが続き、日本人駐在員の一時帰国決定が56%に達しており、担当者不在または多忙につき当地での営業活動に大きな支障が出ています。今インドネシアはかつてないほどリスクの高い国と認識されている厳しい状況です。

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ただでさえ娯楽の少ないジャカルタで、在宅勤務が続きゴルフやマッサージにも行けず精神的ストレスが溜まった残留組も多く、先の見えない状況下で社会活動制限が何度も延長される中、せめてモールだけでも再開することを心待ちにしていた人も多いと思います。

モールが再開したら伸び放題だった髪を切りたい、カフェで優雅に本を読みたいなどと夢想していた矢先に、今回の商業施設への入館あたってワクチン接種証明が義務化されたことで、彼らのささやかな望みが崩れ去ることになりました。

インドネシア日系企業社員でコロナの状況の変化で精神不調を訴える人が51%もいるというのはヤバ過ぎるので、ワクチン接種目的でも一時帰国してリフレッシュしたほうがいい。シンガポールの日系企業から出た「本社の業務怠慢」が要因というのが身につまされる人も多いと思う。

(訂正)正しくは【「新型コロナウイルス禍で精神的な不調を訴える従業員が増えている」と答えた割合は、11カ国・地域全体で13%で、そのうち「精神的な不調は新型コロナによる状況の変化が関連していると思うか」との問いでは、「はい」と答えた割合がインドネシアは51%だった】です。

現在インドネシアのワクチンプログラムで接種可能なのは中国製のシノパック(在庫が少ないアストラゼネカの接種は受けにくい状況)であり、日本を含む主要先進国で有効性が認められていないことから、将来の渡航先での入国時のワクチン接種条件を満たさない可能性があるため、駐在員の残留組はシノパックの接種に二の足を踏んでいるのが現状です。

ワクチン接種証明となる政府の公式アプリ「プドゥリリンドゥンギ(PeduliLindungi)でQRコードをスキャンするとスマホ画面に入館時刻が記録される。

現在ジャカルタのモールに入館するためには、政府の公式アプリ「プドゥリリンドゥンギ(PeduliLindungi)」でワクチン接種証明を取得することが義務付けられているのですが、ワクチンを接種したにもかかわらず接種会場の医療従事者による記録データの未入力、アプリの運営者側によるデータの未更新といった理由でデータが反映されていない事例を耳にします。

ワクチン未接種だが接種証明書となる公式アプリPeduliLindungiをインストールしてみた。医療カテゴリでDL数1,000万回以上のNo1だけあって、DLに3分くらいかかった。「安定しない」「NIKが検索できない」「統計が表示されない」「バッテリー消費しすぎ」など批判コメが多い。

ワクチン接種証明が義務化される日常の到来に合わせて、急ぎで開発されて実運用開始されたアプリであるため、多少の不具合が出るのは仕方のないところで、今後アプリの普及が進んでいく中で改善が進んでいくものと思われます。

アプリPeduliLindungiからダウンロードできるインドネシアのワクチン接種証明書。

8月10日に政府公式アプリでの接種証明以外に、権限のある機関からの証明も有効とする決定がなされたことで、外国で接種済みの外国人に対しては、接種を行った国で取得したワクチン接種証明書がインドネシア国内でも認められる可能性が高まりましたが、念のため身分証もしくはパスポートを持参することが推奨されています。

ワクチン接種圧力が先鋭化していく雰囲気

8月11日に、インドネシア政府は現在医療従事者向けに接種されているモデルナ製ワクチンの一般接種用供給の開始を発表し、8月以降に到着する予定の5,000万回分のファイザー製ワクチンが一般接種用に供給されれば、自国の接種事情に合わないという理由でインドネシア国内でのワクチン接種を見合わせていた外国人の接種も進むものと思われます。

また8月13日には日本での一時帰国者のためのワクチン接種事業でアストラゼネカ製ワクチンの接種が可能となったため、今後インドネシアでアストラゼネカ製の供給が増えた場合に、インドネシアで1回目を接種した後に日本で2回目を接種することが可能となり、これまでのように日本で2回のワクチン接種を完了するために最低3週間滞在する必要がなくなり、ワクチン接種の選択肢が増えることになります。

コロナ禍後のニューノーマル(新しい日常)のために生まれた生活様式として挙げられるのが、マスク着用、公共施設入館時の検温、公共交通機関利用時のPCR検査陰性証明書の提示などですが、レベル4社会活動制限(PPKM Level4)後の日常では、ワクチン接種証明の提示が標準になりつつあります。

(2021年8月24日追記)
ジョコウィ大統領は、新規感染者数の減少などを理由に、ジャカルタ首都圏、バンドン都市圏、スラバヤ都市圏などのレベル4社会活動制限を、24日から30日までレベル3に下げると発表しました。

インドネシア政府によるワクチン接種率向上のための努力自体は評価すべきことであり、今後公共交通機関と商業施設だけでなく、レストランや美容院・理髪店への入店、ホテルなど宿泊施設やスポーツ施設の利用の際にも、ワクチン接種証明の義務化が広がっていくことが予想されます。

一方で国民の間にワクチンの有効性に対する疑念、副作用に対する不安などが一定数あるのも事実であり、医学的見地からコロナ禍を終わらせるためにワクチン接種が必須であることを啓蒙していく必要があるのですが、ジャカルタでは警察によってワクチン未接種の家に警告ステッカーを貼られるべきという、中世ヨーロッパの魔女狩りのような意見が出ています。

2004年のインドネシア初の大統領直接選挙からまだ20年も経っていない今、民主主義国家にそぐわない規制や法律が度々出てきて戸惑うことも多いのですが、差別や偏見を助長しかねない今回の警察発表に対して「諸事情によってワクチンを受けられない人間もいる」「ワクチン未接種は犯罪ではない」という国民の反応が出ていることに、良心的な庶民感覚が感じられ安堵しているところです。