インドネシア時事問題

イスラム系団体や労働者がオムニバス法・パンチャシラ法・コロナ法に反対する理由【宗教と既得権益で保たれるインドネシアの政治バランス】


イスラム急進団体である「212同窓会」とイスラム擁護戦線(FPI)

昨日7月16日、国民議会DPR(Dewan Perwakilan Rakyat)前で212同窓会(PA212=Presidium Alumni 212)やイスラム擁護戦線(FPI=Front Pembela Islam)などのイスラム団体、労働者、学生による大規模なデモがあり、機動隊(Pasukan Anti Huru-Hara)はバリケードを張りウォーターキャノン砲で応戦し、警察は催涙弾を発射してデモ隊を後退させ、衝突が落ち着いたのは夜になってからです。

ここでいうイスラム団体の1つである212同窓会とは、2016年9月に当時のジャカルタ特別州知事だったアホック氏(Basuki Tjahaja Purnama)がプラウスリブ(Pulau Seribu)の住民の前で行ったスピーチの中で『ユダヤ教徒とキリスト教徒を指導者としてはならない』とするコーランの一節があるせいでイスラム教徒はクリスチャンである自分に投票できないという趣旨の発言をしたことが宗教冒涜に当たるとして、2016年12月2日にアホック氏の身柄拘束を求めて、イスラム原理主義団体であるFPIと共に20万人規模の大集会を主催したイスラム団体です。

宗教の違いによる価値観の差をどこまで許容できるか

2016年11月アホック知事糾弾デモのためHI前広場に終結した白装束のFPI

2017年4月17日のジャカルタ州知事選挙PILKADA DKI JAKARTA(PemILihan KepAla DAerah)では、当時のアホック知事を破った現職アニス知事を、グリンドラ党(Partai Gerindra)やFPIと共に支援し、アホック知事を刑法(Hukum Pidana)に基づいて起訴し、DPRでHak Angket(調査権)を発動しろと要求しました。

知事選で敗れたアホック氏は宗教冒涜罪で起訴され、2017年5月9日に禁固2年の有罪判決を受け東ジャカルタのチピナン拘置所に即日収監され、収監中の2018年4月に妻のフェロニカさんと離婚し、2019年1月24日に釈放後に前妻フェロニカさんの警護を務めていた元警察官ププットさんと再婚したときは、アホック氏ひいきだった多くの支援者も、吉本新喜劇並みにずこっけたことは想像に難くないわけですが、2019年11月に国営石油会社プルタミナの監査役に就任し、初任給は170jutaだったなどと未だにゴシップネタの対象となっています。

デモの争点となったオムニバス法、パンチャシラ法案、コロナ法

昨日のデモのイスラム団体は明確にジョコウィ大統領弾劾(Makzulkan Jokowi)と闘争民主党の解散(Bubarkan PDIP)を主張しているわけですが、その理由がDPR提出済みのオムニバス法、パンチャシラ法案、5月に法律として成立済みのコロナ法案の3つです。

労働者が反対するオムニバス法(RUU Omnibus Law)

今年2月にジョコウィ大統領がDPRに提出済みのオムニバス法案は、労働法と税制面での規制緩和、行政許認可の簡素化など、企業の投資促進とそれに伴う雇用の創出を目的としており、企業側にとっては投資や事業継続のための追い風となる法案ですが、現行労働法で守られている労働者の権利を死守しようとする労働団体が同法案に反対しています。

産業構造を変えるための国家優先的取り組み事項をプロジェクトとして実現していこうというメーキングインドネシア4.0を推進するために、法人税を現行25%から2025年までに段階的に20%まで引き下げることで、税制面から事業が継続しやすい環境を支援し、巨大な国内市場を背景に海外からのハイテク産業の投資を呼び込むことで、国内で付加価値が創出できるようになり、長年の一次産品輸出国からの卒業を目指すという目的がありますが、国内の労働団体は製造業への外資誘致が優先され、労働法で保護されている労働者の権利が軽視されることを危惧しています。

イスラム団体が反対するパンチャシラ法案(RUU HIP)

1945年に起草された憲法の前文にある建国5原則パンチャシラ(Pancasila)を一言でまとめたのが有名な「多様性の中の統一(BHINNEKA TUNGGAL IKA)」であり、イスラム人口が9割を占める国で、政宗分離、政経分離を実現することでイスラム強硬派勢力と他宗教や民主化勢力との対立を抑えてきた国家イデオロギーの柱ですが、近年インドネシアにて宗教の不寛容さや経済格差が顕著になってきたとしてパンチャシラの精神を再度徹底しようというのがパンチャシラ法案(RUU HIP=Rancangan Undang-Undang Haluan Ideologi Pancasila)であり、先月6月のDPRに最大与党である闘争民主党(PDIP)と同じく与党グリンドラの議員が提出し2020年中に成立させようとしましたが、インドネシア最大のイスラム系組織であるナフダトゥル・ウラマー(Nahdlatul Ulama=NU)やインドネシアのハラール認証機関であるインドネシア・ウラマー評議会(MUI=Majelis Ulama Indonesia)やなど主要なイスラム団体の反対にあい、審議は既に延期されています。

  • いつでも審議できる法案をコロナ禍の今何故?
  • 法案の根拠を示す文献一覧に、共産主義の禁止を明記した1966年の暫定国民協議会決定を記載していない。政権が共産党(PKI)復活を目指しているのではないか?
  • メガワティ氏が最高顧問の「パンチャシラ精神発展委員会」が建国精神に合わないと判断した法律の改正を大統領に要求できメガワティ氏の権力強化に繋がるのではないか?

ジョコウィ大統領は、政府による新型コロナウイルスへの対応が後手に回っていることに対して先月末の閣議で閣僚に対して激怒する動画を公開するも、逆に責任転嫁していると批判され見事に空振りに終わってしまい、今はイスラム保守派とも自身の所属政党である闘争民主党とも関係悪化は避けたいところですが、イスラム保守派としては1965年の9月30日事件でクーデターを主導したインドネシア共産党(PKI=Partai Komunis Indonesia)が、闘争民主党党首メガワティ氏の父親である初代大統領スカルノ氏の最大支援組織であったことから「ジョコウィ政権(闘争民主党)=親共産党」るというレッテルを貼り付けて2024年の大統領選と総選挙に向けて影響力を強めたいのかもしれません。

福祉正義党PKSが反対するコロナ法(UU Corona)

今年5月にDPRはPerppu Corona(法律代行政令Peraturan Pemerintah Pengganti Undang-Undang)を法律で承認し、正式にコロナ法(UU Corona)となりましたが、福祉正義党PKS(Partai Keadilan Sejahtera)は同法案が憲法の「法の下の平等」に違反する可能性があるとして承認しませんでした。

  • DPRによる予算策定の権限がはく奪されるのでは?
  • 政府がコロナ対策予算のすべてを提供する保証がないのでは?
  • コロナ禍で経済的に影響を受けた労働者、解雇(PHK)された従業員、非公式経済部門(Sektor Informal)の労働者の保護への取り組みが記載されていないのでは?

この福祉正義党PKSは2016年のアホック州知事弾劾運動を主導し、2017年4月の大統領選挙でのプラボウォ氏を支持してきたイスラム保守派政党で、ウマラー(Umara 宗教指導者)とウンマ(umma 宗教共同体)に近いイスラム政党として、ジョコウィ陣営を支持したグレース・ナタリー氏率いるインドネシア連帯党(PSI=Partai Solidaritas Indonesia)を、SNSによる情報戦の中で「PSIはLGBT容認の政党」を印象付けることでジョコウィ候補側にダメージを与えました。





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