インドネシアで発令される行動制限

インドネシア時事問題

インドネシアのPSBBとロックダウン【大臣が発令し地方政府の要請に応じて中央政府が施行】


大規模社会制限(PSBB)実施までの経緯と都市封鎖(Lockdown)との関係

3月中旬から下旬にかけて中部ジャワのテガール(Tegal)やジョクジャカルタ(Yogyakarta)などの地方都市が独自で入境制限を設け都市封鎖するというニュースが出回り、ジャカルタのアニス知事もジャカルタのロックダウンの可能性を示唆していましたが、3月16日にジョコウィ大統領からロックダウンの権限があるのは中央政府のみであると明確に否定されました。

3月28日にアニス知事は中央政府にジャカルタのロックダウン要請を行うも拒否されたことに対し、人命軽視の経済優先政策だと批判しましたが、当初から中央政府の方針はあくまでのソーシャルディスタンシングによる感染拡大阻止で一貫しており、ニューヨークやイタリアの都市で採用されたようなロックダウン措置には否定的でした。

しかし最終的には地方政府からの要請にこたえる形で、4月3日付けでPSBB(Pembatasan sosial berskala Besar)の指針に関するインドネシア保険相令「Peraturan Menteri Kesehatan Nomor 9 Tahun 2020(大規模な社会的規制のガイドラインに関する保健大臣規則2020年第9号)」が施行され、ジャカルタにて4月10から実施されましたが、あくまでも公衆衛生を保ち、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急対応という位置づけでありロックダウンを前提としたものではありません。

  • 学校や職場の行動制限。
  • 宗教活動の制限。
  • 公共の場所や施設での活動制限。

そして先日ジャカルタのPSBBが4月24日から5月21日までの28日間延長され、僕が住んでいる西ブカシを含むブカシ県やボーゴール市やデポック市なども、4月29日から5月12日までの14日間延長されました。

今回PSBB延長と合わせて24日からのMudik(帰省)禁止措置により、Tol(高速道路)や地方への幹線道路に検問が設けられ越境行為の制限、国内便の停止と国際便の制限によって物理的な都市の封鎖が行われることと同じになりますので、延長PSBBは、実質的にJabodetabek(Jakarta / Bogor / Depok / Tangerang / Bekasi)のロックダウンに近い措置となりました。

日本の緊急事態宣言とインドネシアの市民緊急事態(Darurat Sipil)

日本の緊急事態宣言(4月8日~5月6日)は国民に密閉・密集・密接の「3つの密」を避ける行動を求めることで感染拡大を防ぐことが趣旨でしたが、インドネシアの初回PSBB(4月10日~4月23日)はソーシャルディスタンシングの意識を高めることで感染拡大を防ぐという意味で、両者は近いものだと思います。

本来インドネシア国内政治のトピックが日本語で「緊急事態宣言」と翻訳される場合は、非常事態(Keadaan Darurat)か市民緊急事態(Darurat Sipil)が発令された時であり、実はPSBB発令の前にジョコウィ大統領が、今はまだ市民緊急事態を宣言するには時期尚早だと発言するほど、この大統領令は強い強制力を持ちます。

市民緊急事態は1998年の暴動時の首都警戒や、2004年のスマトラ沖地震に伴う津波被害時の対応のように反乱、暴動、自然災害、戦争など国家を揺るがす危機的状況で発令されるものであり、基本は軍(TNI)に出動命令が出されます。

今回のPSBBは保険大臣によって発令され、実務にあたるのは保健省から要請を受けた警察と運輸省(DISHUB=Dinas Perhubungan)、労働省(DISNAKER=Dinas Tenaga Kerja dan Transmigrasi)であり、軍(TNI)の姿を街中で見かけることはありません。

今回ほどの大規模な行動制限措置が発令されたのはジャカルタでは1998年の暴動の時以来であり、当時は軍(ABRI=Angkatan Bersenjata Republik Indonesia)が道路を封鎖し2日間くらい外出禁止令が出されましたが、今回は軍(TNI=Tentara Nasional Indonesia)の姿が一切見当たらず、殺伐とした雰囲気を一切感じません。

 

(注)ABRIは陸(TNI-AD)・海(TNI-AL)・空(TNI-AU)の国軍の管轄下の警察が置かれていたが、民主化に伴う改革の一貫として2000年1月に警察は分離された。





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