インドネシアの自動車産業

インドネシア時事問題

インドネシアの自動車産業の潜在能力【原材料の現地調達率向上と生産の高付加価値化で輸出競争力を高める】


インドネシア国内自動車市場の潜在能力

コロナ禍によるPSBB(大規模社会制限)実施前の1月から3月までの自動車出荷台数の累計は、前年同期と比べて15.9%下落した260,804台で踏みとどまっていましたが、PSBBの施行後の4月に至っては、前年同月比で90.7%減の7,871台となり、2020年の年間自動車出荷台数目標が108万台から60万台まで引き下げられました。

2020年の東南アジアのGDP成長率予測はカンボジアの6.8%、ミャンマー6.7%、ベトナム6.5%、フィリピン6.1%、ラオス5.8%、インドネシア5.1%、マレーシア4.5%、タイ2.7%というように、インドネシアは下から数えたほうが早いくらいで「潜在的巨大市場」としてもてはやされることの多いインドネシアですが「本当にそれに見合うポテンシャルがあるのか?」という疑問の声が出てもおかしくない状況だと思います。

しかしインドネシアの国内自動車市場の潜在能力を知るための指標として分かりやすいのが「インドネシアの全人口2億6千9百万人のうち、わずか3.7%に過ぎない9百9十万人のジャカルタにおいて、国内自動車出荷台数の約2割が占められている」という事実であり、生産年齢人口が従属人口の2倍以上ある人口ボーナス状態が2030年まで続くという予測と掛け合わせると、ジャカルタ以外の潜在的購買層がいかに厚いかが分かります。

特に全人口の6割が集中していると言われているジャワ島のジャカルタ以外の地域の潜在購買能力は非常に高いと考えられます。

ジャボデタベック(JaBoDeTaBek)域内の人口

    • ジャカルタ:9.900,000人
    • ボゴール:5.800,000人
    • デポック:6.700,000人
    • タンゲラン:5.800,000人
    • ブカシ:4.500,000人

合計32,700,000人

インドネシアでは車やバイクの購入は、日本以上に資産形成的意味合いが強く、現在はPSBBで外出機会が減ったことや将来に対する先行き不安感から需要が減っており、企業や個人の金策手段としての車の売却が増えたことで中古車価格が下落中ですが、コロナ禍前の感覚では大衆車の新車は1年目で10%価格が落ち、それ以降は5%ずつ落ちていくというもので、日本では廃車になるような10万~15万Km走った車も中古車市場で普通に売られています。

この調子で廃車になることなく中古車市場に流れ続けていけば、いずれ街中の道路が車で飽和しそうなものですが、上記のとおりジャカルタ以外の地方や他島に受け皿はいくらでもあることが分かります。

僕もインドネシアで中古車を4回買ったことがありますが、2007年にジャカルタで買ったジープCJ-7(1980年製)は、走行中にブレーキとラジエーターが壊れ、クニンガンのRasuna Said通りで大事故を起こしそうになったことがありますので、古い車種や洪水被害が大きかった年に売り出される水没車には十分気を付ける必要があります。

自動車輸出の潜在的競争力

東南アジアの中でインドネシアの人口は2億6千万人を超えダントツに多いのですが、フィリピンが既に1億人を超えており、ベトナムが9,000万人超え、ミャンマーが6,000万人超えと、近隣諸国にも有望な市場が成長していますので、年間100万台以上を輸出するタイに比べて、年間30万台前後という脆弱な輸出競争力が高められれば、インドネシアの自動車出荷台数は飛躍的に増える可能性があります。

僕は学生時代の旅行も合わせて何度もタイを訪問したことがありますが、インドネシアで石を投げればToyota AvanzaかDaihatsu Xeniaに当たるというくらいMPV車が多いのに比べて、タイでは荷台後部に「TOYOTA」とか「ISUZU」とかの文字を強調したピックアップトラックが多いのが印象的でした。

国内向けに多く製造される車種は生産コストが下がりますので、それがそのまま輸出競争力に反映された結果、タイの輸出車の50%近くをピックアップトラックが占め、インドネシアの輸出先の60%近くがアジア向けであるのに対し、タイの輸出先はアジアのみならず、オーストラリア、中東、ヨーロッパなどに程よく分散されているのが特徴です。

幸いなことにインドネシアの自動車製造体制の強味であるMPV車の需要が、近年アジアやオーストラリアで高まる傾向があり、オーストラリアとの距離がタイよりも近く地理的な優位性があることを考えると、領海問題やインドネシア国内でのオーストラリア人の薬物犯罪者への死刑執行など、政治的な軋轢が発生しやすい間柄とはいえ、物流コストの低減を売りにMPV車の輸出を推進していく余地があります。

インドネシアの現在の年間自動車生産能力は220万台あると言われており、今後の自動車産業のxEV産業化に伴い、内燃機関(ICE=Internal-Combustion Engine)の生産高度化による輸出拠点化を実現し、2035年までに生産400万台、輸出150万台を目標としていますが、生産現場の生産性はタイに比べて20%も低く、インドネシアで生産するメリットが低いのが現状です。

インドネシアの国家優先事項の10個の指針である「メーキングインドネシア4.0」の中1つである「原材料フローの改善(Perbaikan Alur Aliran Material.)」とは、川下側(材料調達側)で材料部品の現地調達化により材料コストを下げることで粗利益率(限界利益率)を高め、川上側(完成品側)は国内加工による付加価値創出により、両方向での利益追求のアプローチを進めるということです。





おすすめ記事一覧

大統領選挙で考えたギャップにハマるということ 1

ギャップにキュンとするというのは人間の本能みたいなもので、ジョコウィの私利私欲のない素朴なおじさん像と、その実強力なリーダーシップを発揮する実務派という内面が、一見普通の人だが実はスゴイというギャップ好きのインドネシア人に大ウケして、大衆は一種の集団催眠状態にあるようです。

情報の質のレベル 2

見える化された結果を共有化することで問題点が共通認識されますが、共有化が進むことで情報の持つ希少価値が薄れて困る人間がいる場合、有益な情報を独占することでポジションを高めようという政治力が働きます。

インドネシアのスタバの店員にありがたい人生の教訓を教わった件 3

いつものスタバでいつものアイスコーヒーを注文していると、だいたいなじみの店員が「今日は珍しい時間に来たねー」とか「今日もいつものアイスでいいのかなー」とか馴れ馴れしくフレンドリーに話しかけてきます。

宗教によって異なる「死んだらどうなる」の考え方 4

キリスト教もイスラム教もともにユダヤ教から派生した宗教であり、それぞれイエス・キリスト(本人が神)またはアッラーという唯一無二の神を信じます。

株価操作なんてインドネシア株では当たり前 5

株価は売り注文と買い注文により変動し、大量の売り注文を買う注文がたくさん入れば、他の投資家達は「俺も俺も」と続くことで株価が上がります。

心臓に毛が生えたインドネシア人のずうずうしい転職活動を応援してみた 6

インドネシア人は秘密の話は誰かに暴露しないと精神の安定を保てない人が多いため、内緒の話に情報の希少性は少なく信憑性も低いことが多いので、「ここだけの話」という枕詞付きで聞かされる話は話半分に聞いておいたほうがいいかもしれません。

日系企業のインドネシアでの存在意義 7

今のまま日本の人口減が続けば、内需は縮小の一途をたどるわけで、そうなると日本国内市場だけで生き残るのは難しいと判断する国内企業が、海外市場に活路を見出そうとするのは必然です。

チャンスはあるが勝てる分野を見つけるのが難しい 8

実際にインドネシアに住んでみて、自分で動いて人と話しをして、現地の事情を少しずつ理解していくにつれて、インドネシアで起業することが意外と手強いことに気づき、その難しさの原因は、高い送料と関税であったりローカル企業との競争であったり、就労ビザ(IMTA)や外国人技能開発基金(DPKK)などのランニングコストの高さであったりします。

インドネシアのシステムインテグレーション業界 9

先日JETRO(日本貿易振興機構)さんと、インドネシアの中小企業のIT投資について意見交換させていただく機会をいただいたのですが、そこで「システム投資のコストメリットはどのように説明できるのか」という、システムインテグレーターの存在価値にも関わる重要な問題提起がありました。

肉体と精神と心と魂 10

「Body and Soul」といえば、昨日の内閣改造に伴う人事で内閣府政務官に内定した自民党の今井絵理子参議院員がメンバーだったSPEEDのデビュー曲であり、インドネシアの老舗女性ファッションブランド名でもあります。

ジャカルタのラーメン市場 11

僕がインドネシアに初めて来たのが1997年10月、インドネシア語は分からないし、仕事は辛いし、周囲の人間は理不尽だし、一時期日本に帰りたくて仕方がない時期がありましたが、当時自分をかろうじてインドネシアに繋ぎ止める心の支えとなっていたのが、協栄プリンスビル(今のWisma Keiai)の日本食レストラン「五右衛門」であり、ここでキムチラーメンを食べることが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんでした。

ブランド力、技術力、資金力の3要素 12

1998年のジャカルタ暴動後、ルピアが暴落し海外からのドル建て債務を抱えた国内企業が利子の支払いに苦しんでいた頃、僕は外貨が獲得できるインドネシアでの新しいビジネスを探していました。

日本とインドネシアの間でのタイムマシン経営が通じなくなっている件 13

先進国と後進国との間にある流行のタイムラグを利用して、先進国での成功例を後進国で実践するビジネスモデルをタイムマシン経営といいますが、インターネットの普及に伴い情報がフラット化してしまい、モノと情報のタイムラグが限りなく小さくなった今、先駆者である中小零細同業他社が乱立し市場が出来上がったところに、後発の大手が参入し先発零細を駆逐していく、という典型的な負けパターンにはまります。

サリナデパートとマクドナルド 14

本日5月10日を最後にインドネシアのマクドナルド第1号店であるサリナデパート店(Sarinah)が閉店になりますが、ジャカルタのショッピングモールが新しいコンセプトでモダンにリニューアルされ続ける中で、僕がインドネシアに来たばかりの20数年前には、若者の待ち合わせ場所の定番でもあったサリナデパートやブロックMのパサラヤ(Pasaraya)などは完全に時代に取り残されてしまいました。

不景気の歴史 15

僕がインドネシアに来てからこれまで何度か経済不況を見てきましたが、今回の新型コロナウィルスの感染拡大により、間違いなく景気後退しますので、数年後にはこれがコロナショックとかコロナ不況とか呼ばれるようになるのかもしれません。

日本のバブル経済崩壊後とインドネシアの通貨危機後 16

自分が大学に入学したのがバブル経済末期の1991年、土地も株価もMAX爆上げして、三菱地所がアメリカの象徴であるロックフェラーセンタービルを買収し、ジュリアナ東京でワンレンボディコン(登美丘高校ダンス部のバブリーダンスみたいなやつ)のお姉さん達が扇子振って踊っている時期でした。

内需と外需の自国経済に及ぼす影響 17

公共事業投資を行っても、お金が企業内や個人の貯蓄に滞留してしまい国内消費が増えないのが日本の状況であり、国内消費は増えても消費材の輸入品比率が高く、国内資産が海外に流出しているのがインドネシアの状況です。

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい 18

来年の大統領選挙(Pemilu Pilpres Pileg Indonesia 2019)に向けての選挙運動(Kampanye)を解禁するにあたり、投票用紙に印字される順番はジョコウィ現職大統領・マフル副大統領候補組が1番、プラボウォ大統領候補・サンディアガウノ副大統領候補組が2番と決まりました。

コーヒーをもっと楽しくもっと美味しく 19

インドネシアは北回帰線と南回帰線をはさむコーヒーベルトに位置するコーヒー栽培に適した国で、1602年の東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が300年以上続き、その間アラビカ種のコーヒーが持ち込まれ、気候のいい高原地帯で栽培が開始されました。

インドネシア人の悪魔祓い 20

人間誰しも自分の中に悪魔が潜んでおり、それが何らかのきっかけで表面に出て来るという考え方自体には、背景に宗教が有るか無いかの違いだけで、基本的に理解できる話であり、それを信じるか信じないかは別として、そういう考えがあることを認めることは大切なことだと思います。

-インドネシア時事問題

© 2020 バテラハイシステム Powered by STINGER