オフショア開発から見た日本とインドネシアの関係

インドネシアのビジネス環境

オフショア開発から見た日本とインドネシアの関係 【日本の蓄積されたストックをインドネシアの若年労働人口のレベルアップに繋げるようなビジネスの育成】


インドネシアでのオフショア開発

オフショアとは「国または本土の沿岸から遠く離れた地域」という意味です。

オフショア開発と言えば同じ漢字文化圏で日本語を話すIT人材が豊富な中国がメインでしょうが、近年では人件費の高騰が激しくコスト削減のメリットが小さくなっているらしいです。

もっともインドネシアも後追いで同じ状況になっている訳ですが、新興国が発展する過程で同じことが起こります。

中国以外に世界のオフショア基地として名高いのはインドであり、インド人は「ゼロを発明した民族」なのでITの素養が高く人材も豊富という話ですが、僕の知人でインドでオフショア経験のある人曰く「仕事がいい加減で結局自分で全部やり直しになり余計疲れる」とのこと。

昔、派遣先の金融システム会社のボスがとんでもなく優秀な技術営業のインド人で、例えて言えば「壊れた洗濯機もバケツとして売り切る」くらいの勢いがある人でした。

民族的な性格からしてインドでインド人を相手に仕事をするのに比べたらインドネシアは天国かもしれません。

インドネシアのジャカルタも近年オフショア開発の拠点として注目されるようになって久しいですが、アンドロイドやiPhoneアプリなどのモバイル系か、WEB開発が中心です。

インドネシアはスマートフォーン王国なので、この分野の技術者の数というのが多いというのは理解できますし、派手好き、かっこいいもの好きのインドネシア人にとってスマホ技術者は憧れの職業だと思います。

一方でクライアントサーバー型の業務系システムのオフショア開発というのはあまり聞かないのは、開発期間中に日本側とのコミュニケーションの絶対数が多いため委託しにくいのではないかと思います。

インドネシアでのオフショア開発の成否は、日本の仕様をインドネシアの開発者に噛み砕いてブレイクダウンできるブリッジSEの存在の有無であり、要件定義に基づく仕様どおりにインドネシア人技術者が開発できるためのコーディネート能力です。

これには日本語堪能で技術の知識のあるインドネシア人がいれば最強だと思いますが、そんな人材めったにいませんし、それだけ優秀な人は独立して自分でビジネスをやっています。

自分でビジネスを起こすほど優秀ではないが、日本語ができるかIT技術があるかどちらかの人材をブリッジSEとして育成し、文字通り日本とインドネシアの架け橋に育てるようなビジネスができれば最高だと思います。

日本とインドネシアが逆転する日

昨今の好景気に伴うインフレにより優秀なインドネシア人技術者の人件費は高騰し、オフショア開発拠点としての魅力が薄れているのが現実ですが、インドネシア国内向けのWEB・モバイル開発需要に対してリソースの質量ともに供給不足であるので、技術移転という意味も込めてインドネシア人IT技術者育成に繋がるビジネスが日印尼双方にWIN-WINであり理想かもしれません。

2014年の名目GDPは日本が世界第4位、インドネシアが第16位ですが、2024年にはこれが逆転するとも言われています。

そうなったとき果たして日本企業がインドネシアでオフショア開発するという現状が逆転している可能性は十分あるでしょう。

オフショア開発の基本は「人件費の安い国で開発コストを下げる」ですから、下手したら今既にジャカルタの技術者の給料が、デフレ下の日本の会社の給料のよりも高額に跳ね上がっているケースもあるくらいですから。

2014年の日本の一人当たりGDPでも、日本はアジアの中でもシンガポール、香港、ブルネイに続く4位であり、これからもジリ貧になっていくと思います。

新聞や雑誌で「日本が危ない」的な危機感をあおる記事を頻繁に目にすると日本の将来に不安を感じることもありますが、GDPというフローの面だけから見て順位を気にする必要は全くないと思います。

むしろ日本の蓄積された資産や技術力をインドネシアの若年労働人口のレベルアップに繋げるようなビジネスの育成こそが日印の理想的な共存共栄の姿だと思います。

まあ、インドネシアが必ずしも「日本こそが最良のパートナー」と思ってくれるかどうかは未知数な訳ですが。





おすすめ記事一覧

大統領選挙で考えたギャップにハマるということ 1

ギャップにキュンとするというのは人間の本能みたいなもので、ジョコウィの私利私欲のない素朴なおじさん像と、その実強力なリーダーシップを発揮する実務派という内面が、一見普通の人だが実はスゴイというギャップ好きのインドネシア人に大ウケして、大衆は一種の集団催眠状態にあるようです。

情報の質のレベル 2

見える化された結果を共有化することで問題点が共通認識されますが、共有化が進むことで情報の持つ希少価値が薄れて困る人間がいる場合、有益な情報を独占することでポジションを高めようという政治力が働きます。

インドネシアのスタバの店員にありがたい人生の教訓を教わった件 3

いつものスタバでいつものアイスコーヒーを注文していると、だいたいなじみの店員が「今日は珍しい時間に来たねー」とか「今日もいつものアイスでいいのかなー」とか馴れ馴れしくフレンドリーに話しかけてきます。

宗教によって異なる「死んだらどうなる」の考え方 4

キリスト教もイスラム教もともにユダヤ教から派生した宗教であり、それぞれイエス・キリスト(本人が神)またはアッラーという唯一無二の神を信じます。

株価操作なんてインドネシア株では当たり前 5

株価は売り注文と買い注文により変動し、大量の売り注文を買う注文がたくさん入れば、他の投資家達は「俺も俺も」と続くことで株価が上がります。

心臓に毛が生えたインドネシア人のずうずうしい転職活動を応援してみた 6

インドネシア人は秘密の話は誰かに暴露しないと精神の安定を保てない人が多いため、内緒の話に情報の希少性は少なく信憑性も低いことが多いので、「ここだけの話」という枕詞付きで聞かされる話は話半分に聞いておいたほうがいいかもしれません。

日系企業のインドネシアでの存在意義 7

今のまま日本の人口減が続けば、内需は縮小の一途をたどるわけで、そうなると日本国内市場だけで生き残るのは難しいと判断する国内企業が、海外市場に活路を見出そうとするのは必然です。

チャンスはあるが勝てる分野を見つけるのが難しい 8

実際にインドネシアに住んでみて、自分で動いて人と話しをして、現地の事情を少しずつ理解していくにつれて、インドネシアで起業することが意外と手強いことに気づき、その難しさの原因は、高い送料と関税であったりローカル企業との競争であったり、就労ビザ(IMTA)や外国人技能開発基金(DPKK)などのランニングコストの高さであったりします。

インドネシアのシステムインテグレーション業界 9

先日JETRO(日本貿易振興機構)さんと、インドネシアの中小企業のIT投資について意見交換させていただく機会をいただいたのですが、そこで「システム投資のコストメリットはどのように説明できるのか」という、システムインテグレーターの存在価値にも関わる重要な問題提起がありました。

肉体と精神と心と魂 10

「Body and Soul」といえば、昨日の内閣改造に伴う人事で内閣府政務官に内定した自民党の今井絵理子参議院員がメンバーだったSPEEDのデビュー曲であり、インドネシアの老舗女性ファッションブランド名でもあります。

ジャカルタのラーメン市場 11

僕がインドネシアに初めて来たのが1997年10月、インドネシア語は分からないし、仕事は辛いし、周囲の人間は理不尽だし、一時期日本に帰りたくて仕方がない時期がありましたが、当時自分をかろうじてインドネシアに繋ぎ止める心の支えとなっていたのが、協栄プリンスビル(今のWisma Keiai)の日本食レストラン「五右衛門」であり、ここでキムチラーメンを食べることが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんでした。

ブランド力、技術力、資金力の3要素 12

1998年のジャカルタ暴動後、ルピアが暴落し海外からのドル建て債務を抱えた国内企業が利子の支払いに苦しんでいた頃、僕は外貨が獲得できるインドネシアでの新しいビジネスを探していました。

日本とインドネシアの間でのタイムマシン経営が通じなくなっている件 13

先進国と後進国との間にある流行のタイムラグを利用して、先進国での成功例を後進国で実践するビジネスモデルをタイムマシン経営といいますが、インターネットの普及に伴い情報がフラット化してしまい、モノと情報のタイムラグが限りなく小さくなった今、先駆者である中小零細同業他社が乱立し市場が出来上がったところに、後発の大手が参入し先発零細を駆逐していく、という典型的な負けパターンにはまります。

サリナデパートとマクドナルド 14

本日5月10日を最後にインドネシアのマクドナルド第1号店であるサリナデパート店(Sarinah)が閉店になりますが、ジャカルタのショッピングモールが新しいコンセプトでモダンにリニューアルされ続ける中で、僕がインドネシアに来たばかりの20数年前には、若者の待ち合わせ場所の定番でもあったサリナデパートやブロックMのパサラヤ(Pasaraya)などは完全に時代に取り残されてしまいました。

不景気の歴史 15

僕がインドネシアに来てからこれまで何度か経済不況を見てきましたが、今回の新型コロナウィルスの感染拡大により、間違いなく景気後退しますので、数年後にはこれがコロナショックとかコロナ不況とか呼ばれるようになるのかもしれません。

日本のバブル経済崩壊後とインドネシアの通貨危機後 16

自分が大学に入学したのがバブル経済末期の1991年、土地も株価もMAX爆上げして、三菱地所がアメリカの象徴であるロックフェラーセンタービルを買収し、ジュリアナ東京でワンレンボディコン(登美丘高校ダンス部のバブリーダンスみたいなやつ)のお姉さん達が扇子振って踊っている時期でした。

内需と外需の自国経済に及ぼす影響 17

公共事業投資を行っても、お金が企業内や個人の貯蓄に滞留してしまい国内消費が増えないのが日本の状況であり、国内消費は増えても消費材の輸入品比率が高く、国内資産が海外に流出しているのがインドネシアの状況です。

2019年の総選挙を前にインドネシア政治史のおさらい 18

来年の大統領選挙(Pemilu Pilpres Pileg Indonesia 2019)に向けての選挙運動(Kampanye)を解禁するにあたり、投票用紙に印字される順番はジョコウィ現職大統領・マフル副大統領候補組が1番、プラボウォ大統領候補・サンディアガウノ副大統領候補組が2番と決まりました。

コーヒーをもっと楽しくもっと美味しく 19

インドネシアは北回帰線と南回帰線をはさむコーヒーベルトに位置するコーヒー栽培に適した国で、1602年の東インド会社の進出を契機にオランダの植民地支配が300年以上続き、その間アラビカ種のコーヒーが持ち込まれ、気候のいい高原地帯で栽培が開始されました。

インドネシア人の悪魔祓い 20

人間誰しも自分の中に悪魔が潜んでおり、それが何らかのきっかけで表面に出て来るという考え方自体には、背景に宗教が有るか無いかの違いだけで、基本的に理解できる話であり、それを信じるか信じないかは別として、そういう考えがあることを認めることは大切なことだと思います。

-インドネシアのビジネス環境

© 2020 バテラハイシステム Powered by STINGER