インドネシア市場で安売り競争を回避するためのランチェスター戦略

2020/01/28

ジャカルタのパンチョラン

インドネシア市場の難しさはコストであり、先駆者は後発の大資本の安売り戦略に駆逐されるので、ターゲットとなる分野と顧客層を限定して(局地戦)、生産能力を極限まで向上させ(武器効率)、安易な多角化はせずに愚直に得意分野を攻め続ける(局所優勢)のが有効だと考えます。

先駆者が後発大資本に食われる

僕がインドネシアに初めて来たのが1997年10月、インドネシア語は分からないし、仕事は辛いし、周囲の人間は理不尽だし、一時期日本に帰りたくて仕方がないホームシックにかかりましたが、当時自分をかろうじてインドネシアに繋ぎ止める心の支えとなっていたのが、協栄プリンスビル(今のWisma Keiai)の日本食レストラン「五右衛門」であり、ここでキムチラーメンを食べることが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんでした。

その後、南ジャカルタを中心に多くのラーメン屋さんがオープンし、今では最近の人気店の話題に全くついていけないほどキャッチアップできていないのですが、僕の中でジャカルタの歴代最強のラーメンは、プラザインドネシアに2012年にオープンした北海道ラーメン「山頭火」であり、心の中に伝説の一杯として生き続けています。

特に「最後の一滴まで飲み干す」ことを前提として開発された辛味噌スープの味は、後にも先にも他店では再現不可能ではないかと思うくらい愛して止まなかったのですが、2015年に敢え無く撤退してしまいました。

そして現在、お隣のグランドインドネシアの西館地下LG階には、ローカル系ラーメン屋の「一喰堂いち」があり、同じく西館3A階(4階)には日本が世界に誇るラーメンチェーン「一風堂」があります。

一風堂は2014年に第一号店をパシフィックプレイスにオープンしましたが、それよりもっと前の2011年に博多発とんこつラーメンの先駆けとして、彗星のごとく北ジャカルタのプルイット(Pluit)に登場したのが「博多一幸舎」であり、イスラム教徒が87%を占めるインドネシアで、敢えて豚で勝負するという気概、さらにジャカルタ中心部のモール内ではなく、中国系インドネシア人が多く住む日本人には馴染みの薄いプルイットという意外なロケーションでも大きな話題となりました。

この戦略が見事に的中し、店は連日の大繁盛、店舗を構えるMuara Karang通りに路駐する車が引き起こす渋滞に、近隣住民から苦情が出るまでとなり、程なくして同じく北ジャカルタのクラパガディン(Kelapa Gading)に2号店を出店しました。

当時は情報漏洩を心配した店側の対策として、日本人客に限って秘密保持契約書にサインをし事前登録しないと食べられないという異常な雰囲気もありましたが、その後ローカル大手資本が博多一幸舎側の内部スタッフを引き抜き、2014年に「一幸舎」と「一風堂」を掛け合わせたような「一喰堂いち」という変ちくりんな名前のラーメン屋をPantai Indah Kapuk(PIK)にオープンしました。

「一喰堂いち」のラーメンは、ニンニクの効いた甘口スープが特徴であり、インドネシア人の舌に極限まで合わせようという努力の痕跡が見られ、その後資本力にモノを言わせて低価格路線でジャカルタの主要ショッピングモールに連続店舗展開した結果、ジャカルタのラーメン市場で一躍大きな存在感を示すようになりました。

ラーメンに限らずこういう後発大資本が先駆者を食う例は、インドネシアではよくある話であり、アメリカ系ドーナッツチェーンのクリスピークリームがインドネシアに展開する際に、サロンチェーン大手のJohnny Andreanがフランチャイズ権を買った後、土壇場でキャンセルをかけて、クリスピークリームから学んだ製造方法を参考にしてJ.Coドーナッツを立ち上げたという黒歴史があり、今やそのJ.Coドーナッツはインドネシア全土に店舗網を広げています。

J.Coがこれだけ成功した理由は、一重に「ドリンク注文でグレーズ1個無料」という戦略であり、ドーナッツやドリンクの価格はライバルと同じでも「満足度÷価格」で他を上回るという戦略が的中したことだと考えます。

安売り競争が避けられないインドネシア

あの非の打ちどころのない完璧な辛味噌スープを擁する山頭火の撤退は、僕の中では大きな事件でしたが、同時にインドネシアのローカルをターゲットとした事業では、基本は価格を安くしないと売れないということを確信しました。

近年ショッピングモール内で多くのインドネシア人客で賑わっているレストランというのは、味の良さもあるのでしょうが、それ以上にとにかく安いのです。

インドネシア市場の難しさはやはりコスト問題であり、クオリティは求めないのでとにかく価格を下げてほしいと言われたはずなのに、やっぱりうるさくクオリティを求められるのもインドネシアです。

今でこそインドネシアの輸入ガジェットや家電製品が割高なのは知られていますが、20年以上前は情報通信技術いわゆるICT(Information and Communication Technology)サービス全般について「インドネシアなのにどうしてそんなに高いの」と日本人からも言われたものです。

インドネシアで高コストの日本人や優秀な技術者を、好不況の波に揉まれながら維持していくためには大変なコストがかかるのですが、富士山の8合目にある自動販売機のジュースが400円するのは理解できても、インドネシアでの日本人のサービスが割高になることは、日本人にすら理解されませんでした。

現在のインドネシアローカル市場では、先駆者が苦労して開発した成功モデルに大資本がただ乗りして、利ザヤを薄く大量に安く販売することで市場を制圧するので、資本力で劣る先駆者が安売り合戦に巻き込まれると非常に不利な状況に陥ります。

数年前に企業間の営業・販売競争に勝ち残るための理論と実務の体系として「ランチェスター戦略」というのが流行りましたが、小が大に勝つ原則は以下の3つと言われています。

  • 奇襲の原則(一騎討ち戦、局地戦、接近戦といったゲリラ戦)
  • 武器の原則(武器効率を極限まで高める)
  • 集中の原則(局所優勢となるよう兵力を集中し各個撃破する)

インドネシアローカル市場での日系企業の立場もそれぞれですが、一部の例外大企業を除いて、安売り競争を前提とした戦略を立てるのであれば、ターゲットとなる分野と顧客層を限定して(局地戦)、生産能力を極限まで向上させ(武器効率)、安易な多角化はせずに愚直に得意分野を攻め続ける(局所優勢)やり方が正しいのかもしれません。